刀狩り組手の行③
「いい加減落ち着け坊主」
「だったらいい加減殴られてください!!」
ちくしょう!
のらりくらりと一刻近く僕の拳をかわしやがって!
長男の癇癪を一発ぐらい受けて立とうって気は無いのかこの父様は!!
「しつけーんだよ。見ろこの有様を」
そう言って父様が手を広げて見せたのは、ズタズタボロボロに荒らされた道場の床や壁。
僕らの屋敷の一番奥に位置するこの道場は、刀衆の定期稽古や里の寄り合いなんかにも使われていて、僕も小さい頃から稽古をしてきた馴染みの場所だ。
「ほとんど父様が荒らしたんでしょうが! 床を踏み抜いたり僕を叩きつけたりして!」
「酔ってんだから加減なんざできねぇよ馬鹿野郎」
だから何故酔ってんだアンタは!
ついこの間怒られたばかりじゃないか!
「よっと、まあ良いから座れ」
「はぁ、はぁっ! なんの要件ですか!?」
促されて、父様と同じように道場の床に腰を落とす。
本来なら父様の言葉は正座で聞くものだけれど、さっきの今でそんな態度を取れるほど僕は大人じゃない。
胡座をかいてドンと構え、正面で片膝を持ち上げて行儀悪く座る父様を正面に見据えた。
「昨日の昼から年寄会のジジイどもと話し合ってたんだけどな。三年後のお前とナナカの話だ」
「僕と、ナナカさんがなんです!?」
治らぬ怒気を精一杯押さえ込みながら、僕は返事を返す。
なるほど!
寄り合いと言う名目の酒盛りだったわけですね!?
母様達は年寄会の人達には何も言わないようにしてるから、これ幸いと酒を持ち込んだわけだ!
卑怯者め!
「怒りながら聞く奴がいるかよ。お前も知っての通り、この里では十五になった奴は旅に出ることになっている」
「知ってますよ! 出立の儀でしょう!?」
今朝もガッくんやヤエモン達と話し合ったばかりだ。
勿論知っている。
「一応は修行という名目で旅立たせてる訳だが、本来の目的は嫁・婿探しの旅だ。自分の伴侶は自分で捕まえて来いってこったな」
「ふぅ、ふぅ。でも、僕はもうナナカさんを
深呼吸二回でなんとか怒りを鎮めて相槌を返す。
「そこんとこがな、ちょっとどうすっか分かんなくて揉めてたんだわ。なにせ久々だからなぁ」
正しく定められているわけではないけれど、一度旅に出たら最低でも十年は戻れないのは暗黙の規律だ。
次に旅立つのは僕より二つ年上のガッくんこと、
あと一年で十五となるガっくんは、来年この里から旅立つことになっている。
僕の兄貴分であり、兄弟子でもある幼馴染は里にとって少しだけ特別な子だ。
純粋な鬼の子として、五十年ぶりに産まれた奇跡の子と呼ばれてたりする。
ガッくんより年上の人達は、みんな里の『外』から父様が連れて来た人達が殆どで、『後から鬼に成った』人達だ。
つまりガッくんは、里の人達全員が長年待ち望んでいた待望の男の子。
彼が産まれた時の里は、そりゃあもう大変な賑わいだったらしい。
ガッくんが産まれて二年後に僕、さらに翌年にはトウジロウにサエにヤエモン、キサブロウと四人も立て続けに産まれたもんだから、『ガリュウが友達を連れてきた!!』だの、『ガリュウの後を追って子供達がやってきた!!』だのと酒盛りの場では持て囃されるぐらいだ。
この『出立の儀』と言うしきたりは、里で産まれた子のみが行うしきたりなので、ここ五十年ぐらい誰も旅立ってはいない。
つまり、亜王院一座––––––ムラクモの里にとっても久々すぎる行事なのだ。
「んでまぁ、『出立の儀』の元々の目的って奴を––––––お前とナナカに課すことになった」
「元々って言うと……『赤鬼』探しですか?」
「ああ、もう何百年も諦めてたことなんだが。先日のスラザウルの件、あれに『
太古の邪鬼……つまりそれは我らが亜王院家の初代様に滅っせられた邪鬼の王、その血縁に連なる災禍の一族の生き残り。
邪鬼王の死滅と共に深淵異界の奥深くに封じられた、邪鬼共の首魁供。
「『女』を媒介にして餓鬼供を培養するのは『瑠璃姫』のやり方だ。あの程度の被害で済んだって事はまだ深淵異界の扉は完全に開いちゃいねえって事なんだろうが、扉を再び閉ざすには『亜王院』の力じゃ無理だ。我ら青鬼が戦鬼ならば、『
そうは言っても……朱御一族と亜王院一座はもう数千年単位で別たれていて、この大陸での捜索は打ち切ったも同然じゃないか。
魔導式飛翔要塞テンショウムラクモがこの大陸を円を描くように飛び回り、亜王院一座が
遥か昔に突然途絶えた僕らの同胞の行方を探すために、亜王院は昔から情報を掻き集めていた。
それを半ば諦めてしまうぐらいずっと昔からだ。
「僕ら二人だけで朱御一族を見つけろだなんて、また無茶な」
「ところがどっこい。無茶ってわけでもないんだわこれが」
父様が自分のももにパァンッと手のひらを打った。
その音が道場に響き渡り、僕の耳の奥に残響が響く。
「––––––ナナカは、朱御一族と縁あるウズメの一族の末裔だ。俗世を離れ、人界と隔絶した場所で暮らしてきたかの一族は、朱御の波動を感じ取ることができるはず。しかも巫女姫の直系。もし朱御の者が近くに居れば、交信することすら可能かも知れん」
「ウズメの––––––一族ですか?」
その名前は聞いたことがない。
「そう、かつて邪鬼王がこの人界を滅ぼそうと暗躍した時、朱御一族はウズメの巫女姫の助力を得て––––––血を混ぜた」
「…………えっ!?」
ただの人と、鬼が!?
力に負けて『鬼』に成らず、力を持った『人』のまま!?
「元々ウズメの一族ってのは、この天地が開闢された頃の副神の末裔だ。祈祷や踊りによって神々を鼓舞した芸の神。それがウズメ神。代を経るごとにその力は弱まってはいるものの、本質は失っていないらしい」
んなアホな。
天地開闢なんて億じゃ効かないぐらい大昔の話だ。
例え神の血が混ざっていようと、現存してる筈がない。
「そ、その根拠は?」
「俺ら亜王院は朱御一族を探す際、まずはじめにウズメ一族の行方を探し始めたんだ。だがその足取りはついぞ掴めなかった。いいか? 『乱破衆を要する我ら亜王院一座が、何千年もかけて見つけきれなかった』んだぞ?」
「––––––あ」
おかしい。
亜王院一座の乱破衆は、剣の腕こそ刀衆に及ばないものの、その情報収集能力は他の追随を許さない。
鬼術、法術は無論のこと––––––比喩でもなんでもなく千里を一晩で駆ける乱破の者が、何千年もかけてただ一つの一族を見つけきれなかったなんて、あり得るのだろうか。
「スラザウルの保有していた別邸––––––ナナカが育った屋敷だな。そこに残されていたムツミ殿の私物の中に、ほぼ効力の切れかけていた呪具を見つけた。我らをして恐ろしいほど精度の高い、感知阻害の呪具だ」
「ムツミ様の……」
「そしてこれは一昨日報告を受けたばかりなのだが、アルバウス家に残されていた書物からムツミ殿の生まれた島を割り出したところ––––––その島は我らの『地図』に乗っていない場所にあった」
それもおかしい。
僕らは空からこの大陸を測量している。
「つまり、僕ら『鬼』の力を持ってしても感知できないように––––––保護されていた?」
「そうだ。邪鬼と我らは元は同じ『鬼』。用いる術は自然と似た構成となる。ウズメ一族が隠れ棲んでいたのは、邪鬼の目から逃れるためだったのだろうな。その力を朱御一族が施したのか、それともウズメ一族が本来持っていた力なのかは今は定かではないが、な」
なるほど……。
「父様は––––––だからナナカさんを僕に娶らせたのですか?」
それは––––––なんか嫌な感じだ。
あの
「半分は––––––そうだ」
迷いのない答えと、まっすぐなその目に少し胸が痛んだ。
父様は、亜王院一座の頭領だ。
だから善悪に関係なく、亜王院一座の益となる事を成す。
それはもう––––––とっくの昔に理解していたはずなのに。
「もう半分は?」
腹の底から湧き上がる不快感を押さえ込みながら、僕は父様の目をじっと見る。
この人はいつもいい加減で、ふざけてばかりだ。
その態度は、『頭領たる者常に余裕であれ』という亜王院の教えを体現しているから。
里の長が動揺したり、悲観したり、余裕を無くせば––––––里の民が不安がる。
だから父様は、常に余裕を前面に押し出して受け答えをする。
––––––いや、持って生まれた性格なのもあるけれど。
「…………憐れんだ、からだ」
「––––––そう、ですか」
それもまた、聞きたくなかった答えだ。
同情も、憐れみも。
全ては持つ者が持たざる者に向ける感情。
そんな俗な感情は––––––あの姉妹の今までに向けていいものじゃない。
それは僕の感傷でしか無いけれど、分かってはいるのだけれど。
「タオジロウ」
父様に、名前を呼ばれた。
その声はとても重く、そして深く僕の心に響いてくる。
「ナナカとヤチカの事に、結果良ければ––––––などとは言わん。あの二人の過去がそんな言葉で飾られて良いとは、俺も思っていない。過程は確かに非道かった」
父様はゆっくりと立ち上がり、道場入り口から見える中庭を眺める。
朝が過ぎ、昼を迎え始めたその日光が庭を明るく照らしている。
「俺はナナカも、そしてヤチカも救ったつもりはない」
腕を組んで、父様はもう一度僕を見る。
「あの二人を暗黒から拾い上げ、そして救ったのは––––––お前だ」
––––––僕が?
「話し合ったのだろう? そしてお前が、あの子に嫁に来いと言ったのだろう? ヤチカを助け出したのもお前だ。一番その身を案じているのもまたお前だ。結果あの二人はこの里に来たが、まだ幸せになったなどとは口が裂けても俺には言えん」
そうだ。
僕がナナカさんに言ったんだ。
僕と『夫婦』になってくださいって、僕がこの口で告げたんだ。
「大事なのは過程でもない。結果でもない」
父様は珍しく、口の端を持ち上げて微笑んだ。
「お前がナナカと作る––––––『これから』が大事なのだ」
僕がつくる––––––
そう、だよね。
ナナカさんと、ヤチカちゃんの幸せは……僕が作らないとダメなんだ。
「さて、そういうわけでだ。話を本題に戻そう」
父様は僕の周りをぐるりと歩き始める。
組んだ腕を人差し指でトントンと叩きながら、ゆっくりゆっくりと道場の床を踏んだ。
「三年後、お前とナナカには朱御一族捜索の旅に出て貰う。もちろん、お前の武者修行も兼ねて、な」
うん、まぁ納得はできた。
二人で出ろと言うのなら、それもまた良いだろう。
お嫁さんを置いて旅立つより遥かにマシだと思うし。
でもヤチカちゃんは……どうしよう。
「だが、この大陸はもう殆ど探すところなぞない。ウズメの呪具を技師衆が解析できれば、感知阻害の術も意味は無くなるだろうからな」
という事は、この大陸から出ろって事か。
テンショウムラクモはこの大陸中心から円を描くように飛び回っていたから、大陸の外に出た事は無い。
だから朱御の鬼達が居るとしたら、海の向こうって事になる。
「だが、今のお前のままだと––––––大陸の外をナナカを連れて歩きまわるにはちと不安が残る」
「あ、あと三年もあります。きっともっと強く––––––」
「––––––抜かせ。足らんわ」
ドスの効いた、腹の底が冷えるような声。
父様が、何故か怒っている。
「確かに初陣でのお前の働きは見事だった。アレは褒めても良いだろう。だが、それはあくまでも初陣での働きだったからだ」
そう言いながら父様は、道場の壁に備えられていた一本の木刀を手に取る。
「今のお前のまま三年––––––今までと同じように鍛錬に励んでも、スラザウル程度に育った邪鬼にすら手も足も出ないのは明白である」
「そっ、そんな事は––––––」
無いとは……言えない。
アルバウス伯爵が受肉した邪鬼は、僕より遥かに強かった。
見ただけで理解できるほど、僕とあの邪鬼の力は遠くかけ離れていただろう。
確かに、あと三年がむしゃらに修行したとして。
僕は果たして、あの邪鬼に勝てるのか。
「だからこそ––––––より過酷にして、効果のある修行をお前に課す」
ビュン、と。
父様が木刀を片手で振り下ろす。
道場の床に散らばっていた木片が、その剣風によって全て庭へと吹き飛ばされた。
「お前はあと三年で––––––」
ニヤリ、と。
父様が笑う。
「––––––ムラクモ刀衆、百八名全員を打ち負かせ」
出来て当然と言わんばかりに、父様はそう僕に告げたのだ。
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