天衝叢雲の里②
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「おかえりなさーい!!」
「頭領!! お勤めご苦労様でした!」
「若様達が
「タオジロウ様! 見事な初陣だったそうで!!」
「祝いの席もばっちし用意してまさぁ!!」
「若様の奥様ってのはどこだい!?」
「あのお方だよ! はぁー綺麗な子だなぁ!!」
「アンタっ!! 若様の奥方様に鼻の下なんか伸ばすんでないよっ!!」
「ごっ、誤解だよ母ちゃん!!」
な、なんだこの騒ぎは!?
テンショウムラクモの飛翔機関の下部、
留守を任せていた刀衆や乱破衆、大工衆や鍛治衆や
皆酒樽を取り囲み、僕らがラーシャから降りてくるのを今か今かと待ち構えている。
「頭領! 言われた通り里中の酒を片っ端から用意しておきやしたぜ!」
「でかしたウスケぇ!! タオの初陣から婚姻、それにヤチカの歓迎会だ! 今日は夜通し騒ぐぞお前ら!!」
「「「「おおーっ!!」」」」
この人達は本当に!!
ただお酒を呑む口実が欲しいだけじゃないか!!
「あらあらあら……うふふふふ」
我先にとラーシャから飛び降りた父様見下ろして、母様が静かに笑う。
あの馬鹿親父……また母様を怒らせたじゃないか……。
「聞いてませんよこれは。ええ、私は聞いてませんとも。うふふふふふ」
「あの人は本っ当に……頭痛いわ」
怒りのあまり鬼力で空間を歪ませる母様の隣で、トモエ様が頭を抱えている。
「トモエ、私はあの愚か者達からお酒を取り上げてきますので、先に荷物を降ろしてナナカ達を屋敷へ案内してください」
母様の綺麗な黒髪がふわふわと浮かび上がる。
この怒り方は久々に見たなぁ。
父様、骨は拾ってあげますから。成仏してください。
「ええ、お願いね姉様」
「お酒と言えども里の大切な食料です……こんな無計画に消費させるなんて言語道断––––––」
ムラクモの里の食料をまとめて管理しているのは、食料長である母様だ。
お台所様と畏敬の念で呼ばれている母様にとって、こんな無意味な宴会は悪でしかない。
「––––––うふふふふ。悪い人達……」
目は笑ってるのにとっても怖い母様が、父様の後を追ってラーシャから飛び降りた。
音もなく着地すると、着物の袖をまくってどんちゃん騒ぎを始めた父様達へと静かに近寄っていく。
あ、父様が捕まっ––––––うわ、投げた!?
うわぁ……倒れた所をまた掴まれて何度も何度も投げられてるぅ……。
あれ、父様死んだんじゃないかな。
その光景を固まってみていた浮かれた大人達が、ぐるりと振り向いた母様の瞳の光を見て蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
無理だ。
逃げられるわけない。
あの状態の母様から逃げるには、それこそ父様やウスケさん並みの速さが必要になるんだ。
あの人達では絶対に無理。
唖然と見下ろす僕らの目の前で、大人達が次々と投げ捨てられていく。
ぽんぽんと景気良く、まるでそういうおもちゃみたいに、どこか愉快な光景が次々と繰り広げられる。
南無。
全ては母様を怒らせた貴方達が悪いのです。
「ほら、タオ坊。ボーッとしてないでアンタも荷降ろし手伝って」
「あ、はい」
トモエ様に促されて、麻紐と太い荒縄で括られた荷物を解いていく。
「トウ坊、そっちはアンタ達がガゥレーンで仕入れた食料でしょ?」
「はい。野菜や果実が入ってます」
「サエ、足の早そうな食料を見繕っててちょうだい。後でコマチを連れてくるから、一緒に食堂の保冷庫に運んでね」
「わかったわ母様」
「テンジロウ、キララと下に降りてヤジロウの馬鹿を探してちょうだい。手が足りないから働け馬鹿って母様が言ってたって伝えて」
「ヤジロウ
「探せば絶対居るわ。あの飲兵衛が宴会すっぽかすわけないもの」
テキパキとした動きで、トモエ様は僕らに指示を出す。
流石は里の
食料長補佐だ。
仕事が速い。
「タオ坊、こっち先に降ろしてちょうだい」
「かしこまりましたー」
指示された木箱を担いで、ラーシャから飛び降りる。
着地と同時に木箱からガチャリと重たい鉄の音がした。
金属音がするってことは装飾品かな。いや、武具かもしれない。
トウジロウ達はあの村に来る前、仕入れでガゥレーンという海の国にいた。
あそこは腕の良い傭兵を輸出する事で栄えた国だ。
それ故に多くの武器や鎧が運び込まれ、質の良い物から出来の悪い粗悪品までなんでも揃う。
目利きの修行にはもってこいの場所である。
緩衝材が入ってないってことは、こっちは安物か。
ならあんまり気を使う事もないな。
「よしっと」
乱暴に木箱を降ろして、またラーシャの背中に飛び移る。
沢山あるんだよなあ。
何往復したら終わるんだろうか。
「あ、あの。タオ様、私もお手伝いを」
「おてつだい、します」
忙しなく動く僕らを見ていられなくなったのか、ナナカさんとヤチカちゃんが手伝いを買って出た。
「手伝いって言われても……」
困った。
ナナカさん達が持ち運びできそうな荷物が見当たらない。
「ナナカ、貴女達は休んでなさい。ただでさえこの里は空気が薄いのよ? 結界の中とは言え、まだ慣れていない貴女達では歩く事も一苦労なはず。今は深呼吸して里の空気に慣れるのが、貴女達の仕事なの」
そうそう。そういえば。
高々度を常に飛空しているテンショウムラクモの内部は、下界と同じような環境を保つために結界が施されている。
それは空気だったり、重力だったりと色んな面を補佐してくれているが、結界内の微細な鬼力が身体に馴染めばの話だ。
おそらく丸一日程度、ナナカさん達は動くだけで著しく体力を消耗するだろう。
「少しでも疲れたら言うのよ? 貴女は癒術の心得があるらしいけれど、アレは自分の身体の生命力を増幅させて他者に分け与える術。自分の身体は癒せないわ」
そ、そうなのか。知らなかった。
流石はトモエ様。
法術や鬼術に関しては里で一番の使い手であり、知識も豊富だ。
「わ、わかりました……」
「そう焦んないの。どうせ明日からたっくさん仕事も覚える事もできるんだから、今日はゆっくり里の中を見物しときなさい。ヤチカも! 分かった?」
トモエ様はニコニコ笑いながらヤチカちゃんのおでこを人差し指でぐりぐりと押し込む。
「わ、わかりましたトモエかあさま」
「よろしい。素直ないい子だ」
真っ白な髪を綺麗に揺らして、トモエ様は胸を逸らした。
「そのかわりタオ坊には頑張って貰うからね? アンタ、ナナカの旦那なんだから」
「か、かしこまりました!」
母様とはまた違った意味で、トモエ様には逆らえない。
この人はとっても明るくて、そして柔らかな人だ。
白い髪と白い肌は下手したら病弱に見えるかもしれないけれど、とんでもない。
この人ほど元気で
僕ら家族の中心には、間違いなく母様とトモエ様がいる。
父様なんか味噌っかすもいいところ。
普段のあの人は本当に頼りないからなぁ。
「というわけで、ナナカさん達は下で待っててくださいね」
「は、はい。すみません……」
落ち込んだ顔で梯子を降りていく二人を見送って、木箱をまた一つ担ぐ。
うーん。
やっぱりあの二人、気を使いすぎなんだよなぁ……。
何か二人の気を紛らわせることができる物はないだろうか。
ラーシャの背中から飛び降りながら、危なっかしく梯子を降りる二人を視界の端に捉える。
その顔はやっぱり、どこか浮かない表情。
あとでトモエ様に相談してみるか。
そのためにもさっさと荷降ろしを終わらよう。
格納庫の中では、未だ母様に投げられている大人達の悲鳴が響いていた。
聞き苦しい声だこと。
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