タオのわさわさ大作戦①

「お待たせしました」


「お疲れ様です。タオ様」


 荷降ろしを終えた僕は、格納庫の隅っこで手持ち無沙汰そうに座っていたナナカさんとヤチカちゃんの所に向かった。


 さっきまで大騒ぎしていた大人達は今は地面に伏してピクリともせず、静かに深呼吸をするかか様だけが立っている。


「シズカおかあさま……すごい……」


 その光景をずっと見ていたヤチカちゃんが、ぼそりと呟いた。


「タオ坊。アタシらは先にこの食材運んで来るから、アンタはナナカ達を屋敷に案内してやりなよ」


「はい。お願いします」


 トモエ様が抱えている籠には、いっぱいに野菜や果物が詰められている。

 これは里の人全ての食材。

 早く保冷庫に入れないとあっという間に腐ってしまうだろう。


 ムラクモの里でも畑で野菜を育ててはいるが、なにせテンショウムラクモは風に任せて流れている。

 育てられるのは急激な気温の変化に負けない強い野菜、主に芋だ。


 霊峰・ムラクモで採れる作物はあくまでも緊急用。

 腐り落ちる前に収穫はするものの、率先して取り尽くしてしまうと山に失礼。

 山の恵みは僕らのためだけじゃなく、鳥や獣達のためでもある。

 だからムラクモの里では、外から食料を仕入れている。


 僕らが代々旅商の一座キャラバンなんかをしてるのは、半分以上は食材を購入するためでもあるんだ。


「じゃあ行きましょうか。苦しくないですか?」


 先刻テンショウムラクモは下降し始めたようで、さっきより高度は低いはず。

 それでも下界より空気は薄い。


 ナナカさん達はあまり頑丈な身体をしていないから、今の高度でも辛いはずだ。


「だ、大丈夫です」


「無理はしないでください。辛かったらおぶりますから」


「い、いえ。本当に大丈夫ですから」


 ううん。

 そう言われても、この女性ひとは辛かったり苦しかったりしても僕に気を遣って言わない気がする。


「じゃあ、ヤチカちゃん。今から沢山階段を昇るから、僕が抱っこしてあげるね?」


「だ、だっこ」


 ヤチカちゃんは髪を大きく揺らしながら、僕とナナカさんを交互に見やる。

 ナナカさんはそんなヤチカちゃんに微笑み、その手を取った。


「良いのよヤチカ。タオ義兄にい様に抱っこして貰いなさい?」


「あ、あの。でも」


 人に甘えることに慣れていないのだろう。

 アルバウス家ではナナカさん以外はヤチカちゃんの敵だったし、ナナカさんもそれどころでは無かったから、そもそも甘えると言う事を知らないのかも知れない。


「––––––そーれ」


「きゃっ」


 オロオロと狼狽えるヤチカちゃんの両脇に思い切り腕を差し込み、勢い良く抱きかかえた。


「遠慮することないんだ。抱っこぐらいいつでもしてあげるからね」


「た、タオおにいさま……」


 ヤチカちゃんは少しだけ考え込んで、意を決して僕の首に腕を回した。


「お、おねがいします」


「任せなさい!」


 こう見えて僕は抱っこの達人だ。

 トウジロウもサエも、テンジロウやキララだって僕に抱っこされて育って来たと言っても過言ではない。


 刀衆を引き連れて亜王院の稼業で各地を飛び回る父様や、里の仕事で忙しい母様やトモエ様の代わりに僕が弟達の面倒を見てきたからね。


 大きくなって滅多な事では抱かせてくれなくなったトウジロウやサエはともかく、キララは未だに僕に抱きついて抱っこをねだる。


 テンジロウは少しマセてきたから口では『抱っこなんてカッコ悪い!』と言うけれど、本当はして欲しいのは表情でバレバレである。


「さぁ、行きましょうか」


「はい」


 片方の手でナナカさんの手を掴み、僕らは格納庫を後にする。


「……だっこ」


 ヤチカちゃんが僕の首筋に顔を埋めたまま、こそりと呟いた。


「えへへ。タオおにいさまに、だっこしてもらっちゃった……」


 その独り言は、ばっちり僕の耳に入っていた。

 ヤチカちゃんの顔は見えないけれど、多分笑っている。


 嬉しそうに足をバタバタしながら、ヤチカちゃんは上機嫌だ。


 喜んでもらえて嬉しい。

 こんぐらいだったら、毎日してあげるのに。



 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 テンショウムラクモの下部。


 僕らが今居るこの魔導式飛翔要塞は全八十二階層からなる大規模な遺跡だ。


 中央にある大型魔導炉は半年に一度、変換器を介して父様の鬼力を魔力に変換して稼働し、一度も地上に降りる事なく何千年も飛び続けている。


 魔導炉や各種兵装は失われた技術である『魔法』によって作られていて、現在の僕らの技術では修理は出来ても一から作る事は不可能だ。


 ご先祖様である初代様がどういう経緯でこの要塞を手に入れたかは全く謎に包まれており、父様ですら知らないらしい。

 かつては地上にあったであろう霊峰ムラクモや神山アマテラス、劔の峰がなぜテンショウムラクモに乗って飛んでいるのかは、ムラクモの里最大の謎なのだ。


 つまり何が言いたいかと言うと、この要塞は僕らにとって唯一無二の宝であり家であるという事。

 決して失ってはいけない物なのだ。


 そのためムラクモの里には技師衆という、テンショウムラクモの整備や修理を専門にする集団もある。

 一日中魔導具弄りをしている人達だから、まあ変な人が多い。

 トウジロウは小さい頃から魔導具が大好きでそのせいか技師衆の人達と仲が良く、たまに魔導炉の前で小難しい話で盛り上がってたりもする。


 ほんの少しだけ、弟の将来が心配だ。少しだけね?


 技師衆の技術力は本物だけれど、ちょっと性格に問題が……。


 いやいや、悪い人達ではない。

 どっちかというと凄い人達なんだ。


 その証拠がコレ。


「ふわぁ…………」


 僕の腕に抱かれながら、ヤチカちゃんが感嘆の声を漏らした。

 僕の半纏の襟元をギュッと掴み、外の景色を見て惚けている。


「凄いですね……どういう仕掛けなんですか?」


「詳しい事は僕も難しくて分からないんですが、なんでも魔導炉から漏れ出す余剰魔力を循環させてるとか」


 そう説明はされたんだけど、実際のところ半分も理解はしていない。


 トウジロウなら興奮しながら食い気味で解説してくれると思う。


「さっき僕らが居たのが七十階層です。この移動部屋エレベーターは十五階層直通なんで、階段で昇るよりとても楽になったんですよ?」


 まるで存在しないと錯覚するぐらい透明で綺麗な硝子に囲まれた、筒状の部屋に僕らは居る。


 眼下にはテンショウムラクモの中心部である魔導炉が見える。


 魔導炉のある薄暗い部屋は要塞の中心を四十階層分くり抜いたとても大きな吹き抜けになっていて、いくつもの動力路パイプがうねうねと張り巡らされている。


 所々にボヤけた灯りが点灯していて、見ようによっては星の輝く夜空のようにも見える。


 移動部屋エレベーターはそんな光景を見ながら、上へ上へと昇っていた。


「そ、そんなに昇るんですか?」


「はい。十階層から上は居住区です。亜王院本家の屋敷もそこにあります」


 霊峰ムラクモの裾野にある入り口近辺は芋畑や稽古場になっていて、殆どの里の住人が要塞内部で暮らしている。


 今朝まで居た村を軽く四つは納められる規模の部屋がいくつも存在し、その中で家を建てたりしているのだ。


 テンショウムラクモにはまだ開けられた事のない部屋がかなりの数残っていて、技師衆の人達が日々少しづつそれを解放している。

 それでも三十五階層から五十五階層には未だ開けられそうに無い部屋とかあったりして、僕ら里の人間ですら要塞の詳しい構造が把握できていない。


 特に二代目様の頃から禁忌とされている部屋にはいくつもの強固で不思議な錠が施されており、中から不気味なうめき声が聞こえてくるなんて噂話まで出回る始末。


 兵装関連の絡繰からくりは、全体のおよそ二割程度しか解明できていないが、それでも国一つぐらいなら楽に攻め落とせる武力がある––––––と言うのも、恐ろしい話である。


「十五階層から先はまだ動く移動部屋エレベーターが無いので、階段になります」


「本当に驚くばかりです……」


 無理もないよね。

 定期的に開かれている衆会。

 そこでたまに発表される、テンショウムラクモの新しい機能には僕らですら度肝を抜かれる事もあるのに、アルバウス領から出た事の無いナナカさんやヤチカちゃんから見たらまるで『魔法』のように見えるだろう。


「おっと、そろそろ着きますね」


「ふぁああ……」


 大きく口を開けたままのヤチカちゃん。

 初めて見た光景に驚いているんだろう。


 しかしこれからだ。


 屋敷に着いたら、ヤチカちゃんはきっともっと驚いてくれるはず。


 その顔を想像し、なんだか楽しくなってきた。

 ナナカさんだってきっと気に入ってくれるはずだ。


 十五階層を抜けて、十三階層。


 そこは、僕の大好きな場所だから。

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