夫婦の契り④

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「よしっ、と」


 披露宴会場に設置されていた円卓を細かく分解し、紐で一括りにまとめて肩に担ぐ。


 流石はムラクモの職人が作った木工細工。

 簡単に小さくできて、持ち運びも楽チンだ。


「アブサメ老、これ飛竜ラーシャに載せちゃっていいですかー?」


 刀衆の古株である白髪の老人、アブサメ老に声をかける。


「若、何回も言うとりますがね。アンタが自分の披露宴の片付けなんかしなくてもいいんじゃよ?」


 同じく真っ白な長い顎髭を蓄えたアブサメさんが

 里の催事を取り仕切る年寄の一人でもあるアブサメさんは、じじ様の代から刀衆を見守る数少ない生き字引だ。


 今じゃ現役を退いて、刀衆の相談役に付いている。


「いや、なんか落ち着かなくて」


 朝の稽古をしなかったせいかなぁ。


 どうにもソワソワしちゃって何かやってないとダメみたいだ。


「くぁああ?」


「わっ、ラーシャ。びっくりしたぁ」


 お昼寝から目覚めたラーシャが、僕に頬を寄せて甘えてくる。


 小さかった頃は身体中で擦り寄ってきたけれど、今のラーシャは見上げるほど大きい。

 頭一つで僕が縦に二人分ぐらいあるもんね。


 その頬を丹念に撫でてやると、ラーシャは目を細めて喉を鳴らす。


 可愛い奴め。


 卵の頃から一緒に育ってきたから、この子はもう僕の弟も同然だ。


 テンションムラクモの動力炉から漏れ出る魔力を餌にしているせいか、他の飛竜と比べて大きく強くなってしまったけれど、どんな姿になったって可愛いんだから困る。


「若様ー! こっちはもういいんで、嫁さんのとこ行ってやってくだせぇ!」


「新婚初日に放って置かれちゃ可哀想ってなもんでさぁ!」


「ウチのカミさんだったらヘソ曲げちゃいやすよ!」


「嫁ってのは可愛がってやればやるほど甘えるもんでさぁ!」


「違いねぇ! ガハハ!」


「どうりでお前んとこの嫁、いつも怒ってんだな」


「うるせぇ!」


 他の刀衆の人達が次々と僕を囃し立てる。


 さっきまで披露宴会場の地面に突っ伏して死にそうな顔してた人達とは思えない。


 みんなとと様に付き合って朝方までどんちゃん騒ぎしてたらしい。


 村人や騎士団の人達も巻き込んで、まるで戦場跡のように死屍累々。


 心なしか空気も淀んで見えたほどだ。


 父様なんかは、さっき眠り始めたぐらいだ。

 ほんと酒盛り大好きだなこの人達は。

 もうちょっと自制してくれないかな、と思う。


「ラーシャ。明日はよろしくな」


「くあああ!!」


 ぽんぽんと頬を叩くと、元気な返事を返してくれた。

 僕らは明日、里に帰る。


 テンショウムラクモの里は常に動いているから、明日なら一番『帰りやすい』場所にいる。


 ラーシャには数回に分けて僕らを送って貰わないといけない。

 背中に載せた荷物の分を考えると、多くて二十名ぐらい。

 落ちないようにしっかりと縄で固定しちゃっているから、ラーシャは多分息苦しい。


 それでも文句一つ言わずにこうしてじっとしてくれているから、ラーシャは偉い子だ。


「んぅううう!」


 背伸びを一つ。

 深呼吸も兼ねて行った。

 気持ちの良い昼下がりだ。


 お昼の陽気は、春の訪れを予感させる暖かさになっていた。

 僕らは旅の一座だから、季節の変動というのをあんまり気にしたことがない。


 豪雪地帯から南国まで、一年中忙しなく動いているからね。


 父様が動かそうとしない限り、ムラクモの里は風に流れて飛んでいる。

 時々目的地へ方向を変えたり、上昇したり下降したりはするけれど基本は風まかせだ。


 もうすこししたら、ここからでも里の姿が見えるはずなんだけど––––––。


「タオ様」


 遠くの空を覗き込んでいると、背後から声が聞こえてきた。


 振り向くと、サエの着替えを借り受けた水色の着物姿のナナカさんがいる。


 うん、こちらも良く似合っているなぁ。


「ナナカさん、もう良いんですか?」


「はい。トモエ義母かあ様が、また明日と」


 ナナカさんは朝からずっと、トモエ様と一緒に着付けの勉強をしていた。


 ムラクモの里では基本みんな着物を着ている。

 これから里で暮らすなら、せめて簡単な着付けぐらい覚えてないと話しにならない。


 ブラウスにスカート姿のナナカさんも良かったけれど、僕的には今の着物姿の方がグッと––––––いや、なんでもない。


「そういえば、騎士団と執務官様は帰られたそうですね」


「二日酔いで青ざめたままでしたから、ここから王都までは辛いと思うんだけどな」


 もう少し休んでいけばいいのに、と一瞬思ったけれどよくよく考えたらあの人達はこの国の公人だ。


 半ば無理やり酒盛りに付き合わされていたとはいえ執務中。


 本来の職を真っ当しているに過ぎない。


「……アルバウス伯爵領は、一時的に王家の直轄になるそうです」


 二人並んで遠くの空を眺めながら、ナナカさんはボソリと零した。


「これで永く続いた伯爵家も、お取り潰しと相成りました。仕方ないことです。お義姉ねえ様達も、お義母かあ様達も、もう居ませんから」


 僕は黙って、その声を聞き続ける。


「最後に残った私は亜王院へと嫁ぎますし、ヤチカも一緒に参りますから」


 少し冷たいけれど、気持ちの良い風が頬を撫でる。


 ナナカさんの金色の髪が風にそよいだ。


「新しく任官されるお代官様が、良い人であれば良いのですが」


 この地には、楽しかった事と辛かった事––––––両方あるから。


 ムツミ様と過ごした日々も、伯爵達に虐げられていた日々も––––––。


「ムラクモの里は、良い所です」


 ここから見える山岳は、昨日僕らが行った妖蛇の森だ。


 木々のざわめきがまるで楽器のようにさわさわと音を奏でる。

 谷と森との間を流れる風もまた、耳に心地よい音を鳴らして、今この場にはゆっくりとした時間が訪れていた。


「ナナカさんも、ヤチカちゃんだってきっと気に入りますよ」


「そう、ですよね」


 そっと、ナナカさんの右手が僕の左手に触れた。

 指の先だけ、じんわりとした暖かさが伝わる。


「色々と覚えなきゃいけない事もありますし、慣れない生活はきっと楽では無いと思います。僕だって、今回妻を娶った事で大人の仲間入りをしました。今までしてこなかった事を、これからやっていかないといけません」


「––––––はい」


 ナナカさんが静かに頷く。


 ムラクモの里では慣例的に十五で成人とされるが、家庭を持ったのなら話は別だ。


 守るべきモノがあるなら、それすなわち一人の男として扱われる。


 だから僕も、もう子供ではいられないのだ。


 ナナカさんを食べさせるために畑を耕し、商いを学び、これまで以上に修行に励まなければならない。


「––––––でも、多分大丈夫です」


 なんの根拠も無い事を言う。


 気休めかもしれない。

 もしかしたらそれもまた甘えなのかも知れない。


 だけど今、僕は心の底から––––––。


「––––––二人なら、きっと大丈夫ですから」


 ––––––そう、思うのだ。


「ナナカは、タオ様を信じております」


 触れたままの指先が、包まれる。


 指と指を絡めて、誰にも解けさせないように僕達は手を繋ぐ。


「タオ様が居れば、ナナカはどんな事でも耐えてみせます。もしかしたらナナカは、貴方の優しさに触れた最初の夜から––––––」


 強く、強く手を繋いで僕らは空を見続ける。


 空はどこまでも青く、雲はゆっくりと流れていく。


「––––––タオ様に惚れていたのかも、知れません」


「––––––はい」


 これは、きっと誓いの義。


 短い間に流されて、でもちゃんと選びとって僕らはここにいる。


 他の夫婦の在り方を僕らは知らない。


 ナナカさんの知らない僕、僕の知らないナナカさんだっていっぱいあるけれど––––––深く深く繋がったから。


 だから僕らは僕らの、ありのままの二人でいよう。


 澄み渡った空は冬から春に変わる境目にある。


 冷たい風と暖かい日差しが二人の間を通り抜けるけど、繋いだこの手の温もりさえあれば、僕らはきっと大丈夫。


 真っ直ぐ真っ直ぐ、未来に想いを馳せて。


 僕らは––––––二人だけの夫婦の契りを交わした。









「見ろよ! 若様と奥様がイチャイチャしてるぜ!」


「おいおい! お前ちったぁ空気読めって!」


「いやー、若え! 見てるこっちがムズムズしちまぁ!」


「新婚ってなぁすーぐ二人だけの空気作っちまうなぁ! 俺とおっ母も昔はああだった!」


「はぁー良いなぁ! 若様ずっけぇなぁ!」


「帰っておっ母抱きたくなっちまったか!?」


「あったりめえよぉ!」


「がははははっ!!」







 うるさいよっ!


 お前ら仕事しろ!!

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