夫婦の契り③後編
※前編はR18と分けております。
読まなくても問題ないですが、探してみてください。
◆◆◆◆◆◆◆◆
白んだ空を見上げて、僕は完全に惚けている。
冬の朝焼けの中を小鳥達がぴよぴよちゅんちゅんと気持ちよさそうに飛ぶ声を背景にして、僕の左腕の中では生まれた姿そのままのナナカさんがすうすうと寝息をたてていた。
うん。
寝れませんでした。
僕は……なんであんなにっ……!
凄かった。
凄く……気持ちよかった。
夢心地どころの話ではない。
この身が一匹の獣にでもなったかのような興奮と、それから来る開放感と、ナナカさんと二人––––––いや一人にでもなったかのように溶け合い貪りあったあの快感。
途中から––––––いやもしかしたら最初から、僕は僕じゃなくなっていた。
今冷静に考えてみたら、ナナカさんに凄く負担を強いたんじゃなかろうか。
いや、でも凄く––––––気持ちよさそうな声出してたし。
あれ、合ってたのかな!?
間違ってないよね!?
もう本当、本能の赴くままにしっちゃかめっちゃかに動いちゃったんだけども!
ナナカさんの身体のこととか、全く考えてなかったんだけれども!
正解がっ、わからないっ!
誰だよあれ!
僕じゃないよ絶対!
なんであんな恥ずかしいことっ!
ぐわぁあああっ!
死にたいっ!
切実に昨日の僕を叩きのめしてやりたいっ!
「––––––んっ」
おっと。
危ない。
起こしてしまうところだった。
ナナカさんは僕の胸に顔を寄せて、少し
安らかな顔だ。
昨日は色々あったし––––––それに色々したし––––––疲れているはず。
このまま眠らせてやろう。
朝稽古、どうするかなぁ。
一度もサボった事がないのが密かな自慢だったのだけれど、今日に関しては気乗りがしない。
第一に、父様の顔を見たくない。
あの人、絶対分かってるよね。
目を閉じればほら、父様の意地悪な笑みが浮かんでは消えていく。
ニヤニヤニヤニヤと、とても楽しそうに笑って僕を茶化すのだろう。
嫌だ。絶対嫌だそんなの。
第二に––––––こっちが本音なんだけれど、このままナナカさんの顔を見ていたいっていうのも、ある。
なんだかとても、離れたくない。
寄せ合った身体の心地よさと、繋がっていたという実感がが手放せない。
もう一度、ナナカさんの顔を見る。
穏やかな寝顔だ。
昨夜の扇情的な顔とは違うけれど、こっちもとても綺麗な––––––僕の好きなナナカさん。
『––––––ナナカは全部、全部奪っていって欲しい』
『ナナカの中にあるもの、一つ残らずタオ様のモノにして欲しい』
『タオ様じゃないと生きていけないようにして欲しい』
『貴方の側にずっと居られるように、縛り付けて欲しい』
『もう、無理なの』
『全部一緒に』
『二人いつまでも居られるように』
『溶けてくっついて離れなくなるぐらい』
『お願いタオ様––––––ナナカを欲しがってください』
不意に、昨夜のナナカさんの言葉が頭の中で蘇る。
堪らないと懇願したあの表情。
切ない声で、僕を求めてくれたあの表情。
身体の熱さ。
吸い付いて離さなかった肌のしっとりとした感触。
そして、僕の背中を力強く掻きむしった時の––––––あの表情。
おっ、思い出すな!!
だめだ!
だめだタオジロウ!
めっ!
落ち着くんだ。
落ち着いて父様の地獄の
そうそう……そうだ……!
よしっ、峠は越えた。
危なかったぁ。
『かかさまかかさまっ! ヤチカとあそんできてもいい!?』
『こーらっ! まだ朝ごはん食べてないだろう!? ヤチカもほら、まだ寝ぼけてるんだから、もう少し待ちなさい!』
窓の外から、キララの元気な声とトモエ様のそれを諌める声が聞こえて来た。
どうやら皆んな起き出してきたらしい。
『あ、あの。キララねえさま、おかおあらいにいきましょう?』
『そうだねそうだね! つめたいよー? ヤチカはへいき?』
『が、がんばります』
うん。
ヤチカちゃんも大丈夫そうだ。
昨日の今日だから少し心配だったけれど、どうやら杞憂だったらしい。
あの子は本当に強い子だ。
本当は悲しくて辛いはずなのに、こうして普通に振舞っている。
……振る舞う必要なんて、本当は無いはずなのに。
頑張ろう。
今日から僕は、ナナカさんの旦那だ。
お嫁さんの妹を守る義務が僕にはある。
でも義務とかそんなの抜きにしても、僕はあの子を守りたい。
「––––––んぅ……ふぁあ」
ナナカさんの身体が、今度は大きく動いた。
「––––––たお……さま?」
「お、おはようございます」
眠たげに開かれたその瞳が、僕を見据える。
ボサボサの金の髪が太陽光に照らされて、キラキラと輝いている。
布団に覆われた大きな二つの膨らみが、ぶるんと揺れた。
あぁ、すっごい。
布団の中では、それは僕の胸の上に置かれていて––––––ぐにゃぐにゃと形を変えて僕を翻弄していた。
その感触にまたも昨夜を思い出しかける。
「…………んん、んうううう」
気持ちよさそうに僕の胸に頬ずりをして、ナナカさんは微笑んだ。
毛並みの良い猫のようなその髪を、ちょっと痺れ始めていた左腕で撫でる。
ナナカさんはされるがままに目を細めて、喉を鳴らす。
「––––––おはよう、ございます。旦那様」
可愛いなぁ……。
本当に、なんでこんな可愛いんだろう。
僕のお嫁さんだからなのだろうか。
違うな。
ナナカさんがきっと、誰よりも可愛いお嫁さんだからだ。
うん。僕のお嫁さん可愛い。
可愛い可愛い。
はっ!
さっきから可愛いとしか考えていなかった。
それもこれもこの
そうだそうだ!
「––––––いけないっ!」
ガバリと突然に、ナナカさんが身体を起こした。
僕の眼前に、ぶるんと揺れる二つの大玉がまろび出る。
凄い……!
「あ、朝餉をっ! 夫婦になって初めての朝でございます! 朝餉を作らねばっ!」
「えっ、いや。だって朝ごはんは、宿の食事が」
そういう話で泊まっているわけだし。
「わっ、私こう見えて、料理には自信があるんですっ! 是非タオ様やお
バタバタとベッドから降り、慣れない着物をなんとか身につけようと頑張るナナカさん。
真っ白いその背中とお尻がむき出しで、さっきから僕の心臓がヤバイ。
「あっ、でもその前に湯浴みをしなければ!」
「おっ、落ち着いて」
「ああっ、髪の毛ボサボサですっ」
「あ、あのナナカさん?」
「こ、この襦袢はもう着られませんよね? 私の––––––で汚してしまって」
「ナナカさーん!」
「どうしましょうどうしましょう! お義母様に借り受けた物なのに!」
ええいっ!
全然人の話が耳に届いていない!
こうなったら!
「ナナカさん!」
「ひゃあ!」
僕は布団から飛び出て、その身体を抱きしめた。
「お、落ち着いてください。ねっ?」
「た、タオ様……あの、その––––––」
急速に落ち着きを取り戻したナナカさんの顔とは身体が、みるみるうちに紅潮していく。
「落ち着きましたか? 今日はのんびりしましょう。誰も咎めたりしませんから」
昨日までの貴女では無い。
新しい貴女だ。
誰にも行動を制限される事なんて無いし、誰にも命じられたり、強制される事は無い。
頑張るのは、明日からでも充分だ。
「それにまだ朝ですよ。お料理なんて、昼も夜もあるんですから」
「たっ、タオ様っ、ちがっ、違うんです」
ん?
なんか、赤くなりすぎじゃない?
大丈夫かな。
ずっと裸で寝てたから、風邪にでも罹ったんだろうか。
心配だったから、その顔を下から覗き込んだ。
ナナカさんはなぜか、僕から目を逸らす。
「ど、どうしました?」
「あの、あのあのあの––––––」
その視線が、僕の顔を通り過ぎて下へ下へと移る。
「あ、当たって––––––ます」
へ?
何が?
僕が悲鳴を上げたのは、それからすぐの事だった。
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