夫婦の契り①
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「呑んでるかウスケ! 俺はもう死ぬほど呑んでるぞ! がははははははっ!」
「頭領飲み過ぎっすよ! 何樽空ける気っすか!?」
「うふふふふ……貴方? 何も懲りてないようですね?」
「姉様、これはもういっそのこと酒断ちをさせましょう」
「ととさまととさま! おさけくさーい!」
夜も更け、僕らの披露宴は予定通り行われている。
と言っても、村人や騎士団の人達に料理を振る舞うただの宴会のような何かに変わり果てているけれど。
ムツミ様が満足気に笑みを浮かべて消えていったのはもう数時間前。
トモエ様による清めも終わり、父様は披露宴の開始をみんなに告げた。
伯爵を始めナナカさんの義姉さん方もお亡くなりになられているから、本当なら厳かにしめやかに行うべきだと思うんだけど––––––。
『娘の門出を祝わないと、無くなった巫女姫殿に悔いが残るじゃねーか! これはもう開き直ってだな! パーっとド派手な披露宴にしちまうんだよ!』
とか言う、父様の分かるようでよく分からない一声で始まったこの宴会もそろそろ宴もたけなわである。
「ナナカさん、お水どうぞ」
「あ、ありがとうございます。た、タオ様」
僕とナナカさんは広場の中心に座らされて宴を見ている。
最初に挨拶をして以来、こうして皆んなが楽しそうな光景を見るぐらいしかやる事が無いのだ。
一番近くの席では樽から次々と酒を掬い取ってはカッパカッパと煽り続ける父様と、それを諌めるウスケさん。
怖い笑顔で父様を凝視する母様とトモエ様、そしてキララとヤチカちゃんが座っている。
「んにゅ……ふぁああ……」
「あらあらヤチカ、もうおねむのようですね。無理もありません。今日は色々ありましたから」
こっくりこっくりと船をこぐヤチカちゃんは、母様の膝の上でまるで猫のように丸まっていた。
僕の母様はそのタンポポのようにふわふわな金髪を撫でる。
ムツミ様とお別れをした後、ヤチカちゃんは母様から離れなくなってしまった。
無理もない。
頑張って強がってみたけれど、最愛のお母様とのお別れは幼いヤチカちゃんにとって耐え難いモノだったはず。
僕の母様とムツミ様はどこか似ている。
顔とか声とかじゃなく、雰囲気的な部分がだ。
だからなのか、ヤチカちゃんはずっと母様と––––––時々トモエ様に静かに甘えて気を紛らわせているんだろう。
「タオ、母とヤチカは先に宿に戻っていますね?」
「––––––あ、わかりました」
母様はそう言うと、ゆっくりヤチカちゃんを抱え上げて立ち上がり、村の方へと向かった。
「ほらキララ。あんたも今日は寝る時間だよ」
トモエ様がケラケラと笑いながら料理を食べ続けるキララこ頭に手を置いた。
「えー、ヤダヤダ! もっと食べるぅ〜!」
「どんだけ食べたら気がすむのさ。夜に厠に行きたくなっても母様はついていかないからね」
「それは、こまる」
困るのか。
ていうかお前まだ一人で厠に行けないの?
昼間は誰よりも元気で怖いもの知らずなくせに、可愛いやつめ。
「サエ姉! アレも美味しかったよ!」
「おっ、どれどれ〜。でかしたぞテンジロウ!」
「お前ら食べすぎだって。特にサエ、お前また太るぞ」
「またってなんだよ! 太ったことなんて無いし! 無いし!」
遠くのテーブルでは、トウジロウとサエがテンジロウに付き添って色んな料理を摘んでいた。
トウジロウは小食だから、サエとテンジロウに無理やり引っ張られているらしい。
眠そうに欠伸を噛み殺しつつ、ズレ落ちそうな眼鏡をクイっと持ち上げている。
「あーでもでも、さっきのケーキも美味しかったなぁ。もう一切れ食べちゃ駄目かな? 稽古もっと増やせば問題ないかな?」
普段から男勝りなところがあるから、兄である僕も少しばかり心配しているサエだが、こうして甘味に弱いところを見ると普通の女の子みたいで安心する。
最近は体重や体型も気にしてるみたいだし、これでもう少しお淑やかになってくれればいいんだけどな。
「テンも食べたい!」
「僕もう眠たいんだけど……」
テンジロウは、皆んなが集まる時は大体トウジロウかサエと一緒に行動する。
皆んなが忙しくて誰も相手に出来ない時なんかは、率先してキララや里の子供達の面倒を見てくれるので、アレで中々の兄貴肌なのだ。
イタズラばっかりしてるのは、寂しさの表れなのだろう。
皆んなの気を引きたいだけなんだ。
トウジロウなんかは、いつも商いの仕事の方を手伝っていて中々自分の時間が取れてない。
兄としては不甲斐ないばかりなのだが、頭の出来が僕なんかの何倍も凄いからなぁ。
出来た弟で誇らしい反面、ちょっとだけ敗北感に苛まれてたり。
要するに僕の弟妹達はみな、よく出来ている子達だらけなのだ。
長男の僕が一番駄目な気もしないでもないけれど、僕を慕ってくれているアイツらのためにももっと頑張らねばと心がけている。
「……ナナカさん。大丈夫ですか?」
隣の席でどこか上の空で座っているナナカさんを見る。
水の入った杯を両手で握って、皆んなが楽しそうに笑っている光景をぼうっと眺めていた。
「……少し、疲れているみたいです」
そりゃそうだよ。
今日は彼女にとって激動の一日だったのだから。
「部屋、戻りましょうか? ここまで混沌として来たら、もう僕らが居続ける意味もあんまり無いみたいですし」
披露宴会場をぐるっと見ると、村人達や騎士団の人達が思い思いに酒を酌み交わしてもうすっかり僕らは蚊帳の外だ。
村人達はとんでもない化け物から救われたことを祝い、騎士団の人達はたまの休暇を思いっきり堪能している。
里の人達だってもう給餌の仕事を放り出して騒ぎ始めたし、父様に至ってはすでに酒量がとんでもない域にまで達しているからな。
宴の始まりこそ僕らの婚姻と披露宴だったけど、こうなったら完全にダシに使われているに過ぎない。
ならもう僕らがここに居る必要なんかとっくに無く、宿に戻っても問題は無いだろう。
「……はい。タオ様が、よろしければ」
「––––––僕?」
なんで僕?
あ、そうか。
そう言えば僕らは同じ部屋で眠るんだっけ。
僕が戻らないのに自分が戻る訳にはいかないと、歳下の僕を立ててくれているんだな。
うーむ。
僕はほんと気の利かない男だ。
もう少し彼女の気持ちを察して、もっと早く部屋に戻るよう聞くべきだった。
「そうですね。戻りましょうか」
そういや、昨日ナナカさんの寝息や良い匂いにドキドキしすぎてあんまり寝てなかったんだよな僕。
今日は色々あったし、結構動いたから良く眠れる気がする。
一度解いた『禁』をもう一度施されたもんだから、身体がめちゃくちゃ重く感じるしね。
「ヤチカちゃんは母様と眠るんだと思います」
「……シズカ様にべったりでしたから。あの子ったら」
「良いんですよ。母様は子供好きですから」
普段から里の子供達の姿を眺めるのが大好きな母様は、本当に子供に甘い。
おやつを馳走したり、昼寝に付き添ったりと、一日の半分ぐらいは子供達と一緒に居る。
里の子供達もそんな母様が大好きで毎日顔を出しに来るほどだ。
ちょっと前までの僕はそれがなんだか無性に嫌で、駄々を捏ねたりもしたもんだ。
独占欲、もしくは嫉妬だったんだろうな。
僕の母様だぞっ、みたいな。
「父様! 僕らは疲れたので、もう戻りますね!」
ずっと楽しそうにお酒を呑み続ける父様に声をかける。
片腕を樽の中に突っ込みっぱなしの父様は、ここしばらく見たこともないぐらい上機嫌だ。
「おうおう!? なんだもうシケこみやがるのか! さすが俺の子だ!! この助平め! ああ、安心しろ! 今日は誰もお前らの部屋に近寄らないように言っておくからよっ! がははははははっ!!」
そう言って、隣で父様の酒の相手をさせられていたウスケさんの背中をバンバン叩いた。
「頭領! 最低っす! 息子の始めてぐらい察してやれってもんですよ! このクソ親父っ!」
心配になるぐらい顔を真っ赤にしたウスケさんが、テーブルに項垂れながら声を張り上げる。
大丈夫かなあの顔色。
怖いんだけど。
「亜王院の男は代々助平だからなぁ! タオ坊だって一皮剥ければそりゃもう猿みたいにへこへことだなぁ! 俺だってあんぐらいの歳の頃はさぁ! なぁトモエ!」
「馬鹿っ! 子供達の前で何言ってのアスラオ様っ!」
トモエ様が顔を真っ赤にして、父様に向かって全力で木でできた杯を投げた。
ぱっかーん! と、小気味好い音を立てた杯は父様の額でバラバラに割れた。
うわ、今の絶対痛いぞ。
「がははははははっ! おうおう励め励め! 鬼の嫁は大変だぞぅ!?」
何を言ってるんだろうあの酔っ払いは。
酔っ払いすぎて痛覚が麻痺してるのだろうか。
お酒って怖いなぁ。
僕はまだあの味が美味しいとは思えないから今日は一杯しか飲んでないけれど、いつかああして馬鹿みたいに飲む日が来るのだろうか。
「行きましょうか」
ナナカさんの手を取って、席を立つ。
披露宴の途中で一杯だけ飲まされてたから、ナナカさんの足元は少しだけ覚束ない。
心配だから宿まで手を繋いで行こう。
「よ、よろしいのですか?」
「いいんですよ」
ぎゃーすかぎゃーすかと、宴は大賑わいだ。
村人達も騎士の人達も、そして里の人達も大きな焚き木を囲んで上機嫌に笑っている。
僕らが居なくなってもしばらくは、この騒ぎは止まないだろう。
僕らはゆっくりと宿へと向かって歩きだした。
宿は村の反対側。
夜の冬空の寒さは厳しさを増している。
披露宴会場は暖をとる結界が張られていたからポカポカだったけれど、離れれば離れるほど寒さが身を刺すように強さが増していく。
「……タオ様」
「はい?」
小声でナナカさんに呼ばれ、顔を向けた。
「……ナナカは、少し寒うございます」
「あ、ああそうですね。もうしばらくの我慢ですよ。宿に着いたら湯浴みの準備を––––––」
ぐいっと腕を引っ張られた。
繋いでいた手を解かれ、ナナカさんの身体は僕の腕の中。
ピトッと頬を僕の頬に合わせ、一切の隙間も無くそうと密着してくる。
「––––––ナ、ナナカは、寒う……ございます」
「––––––えっ、えっと」
「タ、タオ様の胸の中は暖かかったです。今日抱かれた時、とっても暖かかったから」
「そ、そうですか?」
「––––––だから、ナナカは。タオ様の胸の中が……良いです」
こ、これは。
肩を抱け、と言われているのだろうか。
う、うん。
抱けと言うなら、抱くのはやぶさかでは無いですが。
そんな密着する必要、あります?
「……今日は、本当に色々ありました」
ナナカさんは注意しないと聞き逃すかも知れない程度の声で、ボソリと呟く。
「お母様に最後の別れを言えるなんて、思いもしませんでした。亡くなられた時は病のせいで、目を開けずに逝かれてしまいましたから……」
僕の服の裾をギュッと握りしめて、ナナカさんは更に身体を寄せてくる。
「……ナナカは、タオ様に出会えて––––––本当に良かったと思います」
「……そうですか?」
「––––––はい。きっとタオ様はご理解してないと思いますが、今日一日でどれほどナナカの心を支えてくれたのか。きっともう、私はタオ様が居ないと駄目なのだと思います」
そ、そうかな。
僕はそれほど助けてない。
結局ムツミ様に会えたのだって父様の鬼術のおかげだし、ヤチカちゃんを助けられたのはただの偶然の力が強い。
むしろ僕は申し訳なさを感じるほど無力だったんだけど。
「––––––そのお顔、やっぱり分かってないみたい」
「え、えっと」
「––––––決めました」
ナナカさんは顔を上げ、僕の目をじっと見る。
「––––––今日、ナナカはタオ様に全てを差し上げます。この身の全てを、旦那様に」
潤んだ綺麗な翠色の瞳が、僕の心を鷲掴む。
綺麗な顔だ––––––なんて、この時の僕は間抜け面で見惚れていた。
「––––––タオ様に、どれだけ感謝しているのかを」
こんなに寒いのに、上気したように火照った顔でナナカさんは僕を見続ける。
「––––––分からせてあげます」
強い覚悟の眼差し。
思わず僕が仰け反るほどの迫力。
宿へと続く田舎道の道中で、僕とナナカさんは顔を見合わせて歩き続ける。
一体、何が始まるんです?
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