亜王院の角④
全能感––––––とでも言えばいいのか。
自分の身体の中にこれほどの熱量を持った力があるなんて、僕はついぞ知らなかった。
生まれてすぐに封された僕の本来の力。
両腕と両足、それと背中に彫られた、『禁』の呪紋。
里の子供達は幼い頃から力を抑制されて育つ。
鬼の力は凄まじく、自分の身体すら傷つけかねないからだ。
だから僕は今まで、本当の『全力』と言うものを出した事が無い。
何度か死を覚悟した山籠りでも、擬似臨死体験を敢行した荒行でも––––––僕は封された力の中のわずかな『全力』で乗り越えてきた。
「––––––さぁ」
ヤチカちゃんやナナカさんを守るべき場面なのに少し、楽しくなってきてしまった。
本来の鬼と言う存在は、好戦的な種族と聞く。
僕らの数十代前、神話の時代の亜王院は常に戦場に在り、戦を生業として暮らしてきたそうだ。
いつから里を構え、いつから旅団となったかは定かではないけれど、今の僕らはと言えばそんなに好戦的では無い。
だが一度刀を抜けば一騎当千。
千里万里を風よりも早く駆け巡り、雷光の剣戟で全てを薙ぎ払う。
烈火の如く全てを飲み込み、堅牢な山のように揺るぎない。
それが
戦鬼の力。
今こうして戦を楽しんでいる僕の中にも、戦鬼の血が間違いなく流れているのだと、生まれて十二年目にして初めて自覚した。
「どこからでも、かかってこい」
鬼術で捉えている蛇達の動向が、手に取るように分かる。
まるでバネのように身を引き、僕の姿を見据えて時を待っているのだろう。
一匹が
親蛇である大妖蛇の死体を見て、荒ぶっている。
奴らがもう少し利口で、もう少し育っていれば––––––もしかしたら僕らを見逃していたかもな。
僕から漏れ出す殺気に怯み、巣穴の中で息を殺してじっとしている選択肢もあったはず。
だか残念ながら、コイツらはまだ年若い蛇だ。
親に守られ育てられている最中で、故に野生の警戒心がまだ足りない。
不憫に思うが、致し方なし。
寄らば切ると僕は全身で表現しているのだ。
かかってくる方が悪い。
「––––––た、タオジロウ様」
背中越しに、僕のお嫁さんの不安そうな声が聞こえた。
まだ涙声で震えるその声に、また一つ力を貰う。
「大丈夫です。ナナカさんはヤチカちゃんだけに集中してください」
振り返らずに応えた。
そうだ。
まだ彼女は僕の力を知らない。
だから不安なのだ。
ここで見せてあげよう。
この先、いかなる暴力もその身体に触れない事を––––––僕が証明してやろう。
自然と、口元が歪む。
笑っている––––––のだろうか。
自分でもよくわからない。
やっぱり親子だ。血は争えない。
嬉しい反面、ちょっと悲しい。
『シャアッ!』
そうこうしてるうちに、痺れを切らした一匹が巣穴から飛び出して来た。
『シュアァッ!』
『シュルルッ!』
『フシャアッ!』
続けて二匹、三匹、そして数え切れない程の子蛇の群れが、前後・左右・上下・全方位から僕ら目掛けて襲いかかる。
逃げ場など、無い。
だが逃げる必要など微塵も無い。
「––––––亜王院一角流」
貰ったばかりの刀を上段に構え、目を閉じる。
どうせ目を開いていても見えるのは視界全てを埋める蛇供の蠢き。
切っても切っても終わらない連弾のような光景だろう。
なら、見る必要など無い。
亜王院が持つ刀は刀であって刀で無し。
それは遠い歴史の中で失った、僕らの角だ。
だから亜王院の刀法は、刀法ですら無い。
僕らはただ、持って生まれたはずの角を振るうのみ––––––。
「––––––
払い––––––薙ぎ––––––浴びせ––––––振るい––––––抉り––––––。
斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る。
斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬斬斬斬斬斬斬斬斬––––––。
上から来ようが下から来ようが右から左からだろうが諸共斬り落とし––––––。
斬って斬って突いて払って薙ぎ払い、更に斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って––––––。
抉り潰して捻り殺して斬り斬りキリキリ舞って舞って舞い踊る–––––。
「––––––ぁあああああっ! おおおおおおおおっあぁああぁああああああっ!!!!!!」
斬撃の結界。
僕の刀の一番の師匠––––––リリュウさんが得意とする、絶対防衛にして不可侵の
立ち入った者は散り散りに、千の細切れに千切れ飛ぶ。
斬られた事を自覚する前にもう斬られている。
絶命の前に千度死ぬ。
死の影すら細切れに。
血が飛び散る前に散り果てる。
それが千早の舞。
ええい。
最早全てを断ち斬ってやる。
天井?
岩盤?
鬱陶しい!
どうせ後から地上に出るんだ!
こうなりゃいっその事、近道を作ってやる!
斬撃は僕から蛇––––––蛇を飛び越えて壁を抉り、断裂させる。
一撃のもとに血に伏せて、地を砕く。
暗いの嫌いなんだよね!
ヤチカちゃんの姿も、ナナカさんの姿も見えにくいんだよ!
せっかくのいい天気だったんだ!
お天道様の邪魔をするな!
「––––––がぁあああああぁあああああ!!!!!」
一つ岩盤を断ち斬り、砕いた岩を更に斬る。
ナナカさんやヤチカちゃんにその破片が被らないよう、剣風で塵を吹き飛ばす。
刀に込めた鬼気が飛び、巣穴の奥に潜んでいた蛇すらあらかじめ殺す。
殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す!!!!
僕の嫁とその妹に仇なす者は寄らば斬るし寄らなくても斬る!
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね!!
牙在るものは座して死ね!
毒あるものは爆ぜて死ね!
害意も殺意も認めない!
誰の嫁に牙を向けていると思っているんだ!!
僕の!
お嫁さんだぞ!!
ふざけんな!!!!!!!!!
鬼の血族に手を出したらどうなるか––––––いっぺん死んで理解しろ!!!!!
◆◆◆◆◆◆◆◆
時間にして、おそらく数分ぐらい経ったろうか。
地下深くに存在していたはずの大広間に、暖かな太陽光が差し出した頃。
床一面に転がる無数の蛇とその血の跡で埋め尽くされた空間に、唖然とした顔のナナカさんと、ナナカさんに抱きかかえられているヤチカちゃん。
そして、鬼気迫る表情で立つ僕だけが息をしていた。
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