伯爵家の変貌②
ウスケさんの話を聞いて、
「……昔、まだタオが生まれる前に会ったアイツは確かに貴族らしい貴族だったが、そりゃ良い意味でだ」
「良い意味?」
僕の疑問に父様は無言で頷いた。
悪い貴族と良い貴族の区別がつかないんだけど、何が違うの?
「清廉っちゅーか、実直っちゅーか、まぁそんなとこだ。アズバウル家は古い家系だ。この王国の建国時から存在している数少ない、な。だからあの家は規律や生き様を何よりも重んじていた」
建国時って、そりゃあ古い。
タツノ先生の座学で習った限りだと、確かこのアルベニアス王国は千年もの歴史を持っていたはず。
「建国当時の王家の傍系ですな。名前もアルバウスとアルベニアスで似ていますし」
ウスケさんが懐から取り出した紙を広げて頭をかく。
忍び頭巾が蒸れてんなら外せばいいのに。
「元々、近頃アルバウス伯爵家の悪い噂を耳に入れることが多かったんでな。借金の取り立てついでに探りを入れてやろうと、里を出る前にウスケに情報収集を命じてたんだわ」
里を出る前って、僕らが出発したのはもう一月も前ですよ?
この田舎は辺境とはいえ、まっすぐ歩けばテンショウムラクモから三日もかからない距離だ。
あ、もしかして––––––。
「色々遠回りしてたのってもしかしてウスケさんの報告を待ってたんですか?」
「お前の修行ついでにな。なにせ伯爵領は広い。流石の『音越えウスケ』さんも三日じゃ大した情報を集められないだろ?」
なるほど、だからか。
わざわざ地元民でも寄り付かない山脈に足を踏み入れたり、冬眠してる魔物の巣を突っついたり、盗賊や山賊をしらみ潰しに壊滅させたりと、いくら父様でもやりすぎだと思ってたんだ。
「頭領、それ絶対イヤミですよね?」
「んで、つい三日前にウスケからの報告がまとまって上がって来たから、俺が屋敷に乗り込んだって寸法よ。まあ、タオの嫁を貰ってくるつもりは全くなかったんだがな」
「頭領、無視しないで下さい」
ウスケさんの非難を華麗に受け流し、父様はテーブルの上のお猪口を取った。
今度はトモエ様の手も間に合わなかったらしい。
横でふくれっ面で父様を睨んでいる。
「多少面影は残っちゃいたが、ありゃ俺の知ってるスラザウルじゃねぇよ。いくらなんでも変わりすぎだ」
「そんなに変わってたんですか?」
僕はスラザウル・スマイン・アルバウス伯爵の顔を知らない。
知ってるのは、ナナカさんが話してくれた吐き気を催すほどの悪行だけだ。
「太ってたな。コロコロみっともなく。昔は剣の腕も評判の優男だったんだが、何をどう不摂生にすりゃああそこまで太れるのか不思議でたまらねぇ」
「アスラオ様みたいに毎日お酒呑んでゴロゴロしてたんじゃない?」
トモエ様が半目で父様を睨む。
毎日毎日呑んで暴れてを繰り返してるからだ。
このダメ父様は。
「バカ言え。酒程度じゃあそこまで贅肉に包まれねぇよ。それに俺はしっかり働いてるぜ? なぁキララ?」
「ととさまがたまにおしごとサボってかくれておさけのんでるの、キララはしってるよ!」
「バカお前––––––」
「––––––貴方」
「––––––すまん」
キララの密告に慌てたところでもう遅い。
トモエ様だけじゃなくて
里のみんなが頑張って働いてるときに、何をやってるんだこの人は。
「と、とにかくだ。今日の昼も村の酒場で村人の話を聞いてきたんだよ。伯爵家の悪い噂って奴をな?」
「でもお酒は呑んだんでしょう?」
「トモエ、俺はそこまで信じられない男か?」
「––––––お飲みになられたんでしょう?」
「いや、だからな?」
「––––––息子の披露宴の前日だっていうのに、なんの準備もせずに楽しくお酒を……呑まれましたよね?」
「––––––飲みました。いや、だって酒場で飲まねぇなんて不自然じゃねぇか!」
結局飲んでるじゃん。
「昨日も夜遅くまで呑まれてたのに」
僕はここぞとばかりに打ち明ける。
一回本当に怒られればいいんだ。この人は。
「あら、タオジロウ。それは本当?」
母様がにっこり笑顔で僕に問いかける。
「はい。朝寝ぼけて僕のお腹を蹴る程度には酔われてたみたいですよ?」
「あらあらあら。アスラオ様? 長男のお腹を稽古以外で蹴るなんてどういうつもりか、このシズカに教えてくださいまし?」
怒ってる怒ってる。
「あ、いや、あの、それはだな……」
「姉様、これは本気で禁酒させましょう」
「ええ。半年ほど」
「んな阿呆な! タオてめえ!」
知りません!
父様が悪いんです!
筋肉オバケに蹴られて起こされた僕の痛みを知るがいいのです!
「話を戻させて貰いやす。この一ヶ月オレが足を棒にして領民に聞いて回った結果、アズバウル家––––––いや、伯爵は隣国アガラマとズブのズブっすね」
アガラマって、確か。
ナナカさんを見る。
僕と目があった彼女は浅くコクリと頷き、そのまま顔を伏せた。
「嬢ちゃんの元々の嫁ぎ先だな。今でこそ辺境に追いやられてはいるが、アルバウス伯爵は王国貴族でも発言力のあった方だ。王国の重臣が、敵対まではいかねぇがいがみあってる隣国と通じてるってのはマズイだろ」
「ここに来る前の頭領の推測通りでさぁ。出るわ出るわ。やれ娘を伯爵家に取られてアルガマの貴族の使用人にされたとか、息子が伯爵家の随伴として連れられて戻ってきてないとか」
僕はその話を聞きながらも、ナナカさんから目が離せない。
聞けば聞くほど、彼女の顔色が悪くなっていくからだ。
自分がそうなっていたかも知らないという恐怖なのか、それとも自分の父親のした悪行を聞いて心苦しいのか。
もしくはその両方なのか。
「それで、アスラオ様はどうされるんです?」
話が長くて眠くなったのか、テンジロウがよじよじとトモエ様の膝の上に登ってくるのを支えながらトモエ様が切り出す。
「––––––スラザウルの野郎の状態が俺の考えてる通りなら、まあ『本業』だわな」
椅子の背もたれに持たれ、父様は天井を見上げる。
亜王院一座の『本業』……。
それすなわち、戦だ。
ああ、そういえば。
今日ラーシャの背に乗ってきた里の人達、全員刀衆の人だ。
「嬢ちゃん」
「は、はい」
今まで口を開かなかったナナカさんが、父様の呼びかけに返事を返す。
「明日の披露宴、下手したら血生臭い結果になっちまう。だから最初に聞いておく」
「……な、何をでしょうか」
僕は明らかに怯えているナナカさんの肩にそっと手を置いた。
放っておいたら、倒れてしまうかも知れないと思ったからだ。
「––––––俺らは、お前の親父を」
天井から目線をナナカさんに移す父様。
その目つきは、憐れみとも怒りとも、どちらにも取れる。
「––––––殺さなきゃならんかも知れん」
それが、亜王院一座のやるべきことなら。
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