伯爵家の変貌①

 

 ◆◆◆◆◆◆◆◆


「という訳で、僕たち結婚します」


「ふ、不束者ですが、よろしくお願いします」


 僕の声に続いて、かか様の着物を着たナナカさんが深々と頭を下げた。


「……いや、そりゃあ良いんだがよ。なんでお前そんな汗だくで顔真っ赤なんだ?」


 宿屋の一階。

 大きな食堂のようになっている場所の一角。

 円形のテーブルを囲んだ僕の家族達のど真ん中で、頬杖をついて偉そうにしているとと様が僕に問う。


「い、いえ? 僕は普通ですよ? もう普通普通」


 勤めて平静を装って、僕は父様から顔を逸らした。


「なにがあったの?」


 報告も終わり、椅子を引いて座る僕とナナカさんに、トモエ様が耳打ちしてきた。


「あ、あの。私の話の中で分からないことがあったらしくて。その、詳しく説明したら……」


 一生懸命動揺を隠してんだから聞かないでくださいな!


 好奇心でちょっと尋ねてみただけだったんだ。

 ナナカさんの身の上話を聞きながらなんでだろうなーってずっと思ってたから。


 今思えば、とんでもない事を女性に聞いてしまったと恥ずべきばかり。


 自分の無知が恨めしい。






 まさか、子供の作り方がそんな方法で行われていたなんて。





 そっかー。

 そういう事だったんだなー。


 小さい頃から、夜は父様の寝室に近寄るなって言いつけられていた理由がやっと分かった。


 あと母様方が朝起きてこない時がある理由も。


 現場を目撃しなくて本当良かった。


「まぁ、良いや。お前らが納得したんなら俺らはもう何も言わん。仲良くやれ」


「明日の披露宴楽しみね」


 父様の言葉に母様が続く。


「おりょうりでるでる!?」


「ケーキ! また食べるの!?」


 キララとテンジロウが顔を見合わせて喜んでいる。

 つい先々月に、テンショウムラクモの里でも開かれた披露宴。

 主役のアタ兄さんとユラ姉さんは昔から仲睦まじく、その門出を祝おうと総出で盛大にお祝いをした。


 その時出てきた西方の国の甘味、ケーキという食べ物に虜になってしまった二人は、あれ以来次はいつ食べれるのかとしきりに聞いてきてうるさいぐらいだったな。


 弟と妹が純粋無垢で、兄様ほんと嬉しい。


「ああ、村の住人の台所を幾つか借りて、里の奴らが急いで仕込んでらぁ。キララ、牛のお肉出るぞお肉」


「うしうしー!」


 父様に頭をぐわんぐわんと撫でられながら、キララは椅子から飛び跳ねんばかりに喜ぶ。


「かかさま! たくさん食べていいの!?」


「ああ食いな食いな。残すのも勿体ないからね」


 ニシシと笑いながら、トモエ様はテンジロウの問いに答える。


「朝にはトウジとサエも到着するだろうし、メシも衣装も滞りねぇ。今見る感じ天気も悪くならねぇだろうよ。門出にゃバッチリな日だ」


「アスラオ様、祝言は里で行うのですよね?」


 母様が持参したお気に入りの湯のみで一度お茶を啜り、父様へと問う。


「ああ、クソ親父も初孫タオの晴れ姿を見てぇだろうしな。乱破集らっぱしゅうに命じて探させている最中だ。連れ戻せたらゆっくり日取りを決めちまおうか」


「お義父とう様、今どこを放浪してらっしゃるのかしら」


 じじ様はなぁ。

 一年に一回ふらっと帰ってきたら、二・三日ぐらい里でダラダラしながら僕らと遊んで、またふらっとどっか行っちゃうからなぁ。


 父様がテンショウムラクモの里と亜王院一座、そして刀集の頭領になったのは僕が生まれる数年前。

 その前は爺様が頭領で、その頃の渾名が『非緋色ひひいろシュウラ』。

 父様に負けず劣らずの武闘派だったらしく、今でも父様は爺様を『化物ジジイ』と呼ぶ。


 僕ら孫にとっては、かなり変わったところがあるけれどお優しいお爺様だ。

 特に僕なんか初孫だったから、めちゃくちゃ可愛がって貰ってた。


 稽古をつけて貰ってる時以外は。


 あの方の稽古は、思い出すだけでも背筋が凍る。


 父様の稽古もかなり辛いけれど、ちゃんと僕の限界を見極めてくれるんだ。

 だけど爺様はその限界を笑って無視し、死ぬか死なないかの瀬戸際まで許してくれない。


 ケラケラ笑いながら、『タオ坊、まだいけるじゃろ?』とか『なーにまだ死なん死なん。ほーれ』とか言いながら知覚できない一撃を急所にぶち込んできたりする。


 だから父様とは別の意味で、僕ら––––––特に男の孫は––––––爺様が怖くてたまらない。


「さぁな。おっ死んでなけりゃ良いがな」


 そう言いながら、テーブルの上に置いてある徳利にそろーっと手を伸ばす父様。


「またアスラオ様はそんな事言うんだから」


 トモエ様はそれを見逃さず、父様の手を軽く叩いて止める。

 さっきも酒場で呑んでたらしいから、多分今夜はもう許してくれないんだろう。


「あんな妖怪ジジイ、さっさとくたばっちまえば良いんだ。なぁキララ?」


「キラ、じじさますきすきー」


「テンも!」


 おじいちゃん子でもあるウチの甘えん坊達が、父様に異を唱えた。

 爺様、ほんと孫に甘いから。


 と、我が一家の団欒が繰り広げられる中で、ナナカさんは所在なさげに座っている。


 そうだよな。


 知らない人の話で盛り上がられてもわかんないもんね。

 僕が何か話題を振ってあげないと––––––。


 と思っていたら、宿屋の壁際に見知った顔が立っているに気づいた。


「おう、来たかウスケ」


「来たかとは随分ですね頭領。こうして身を粉にして働いて来た部下に労いの言葉一つぐらいくれてもバチは当たりませんぜ?」


 だよね。

 ウスケさんだよね。


「……え?」


 父様の声で振り向いたナナカさんが驚いた顔を見せた。


 うん。気持ちはよくわかる。

 僕も昔はこうやって驚かされてばっかりだったから。


 位置的には、ちょうどナナカさんの真後ろ。


 柱に背を持たれかけ、不敵な笑みを浮かべているのはムラクモ乱破集の一員で、刀集かたなしゅうの【六刀むとう】でもある音葉おとのはウスケさん。


 忍び装束の頭巾だけを被り、軽薄そうにヘラヘラとしているその姿はふざけているようにも見える。


 鼻の頭に真一文字に刻まれた傷は、昔戦場でつけた名誉の勲章と聞いている。


 絶対違うと僕ら子供は思っているけど。


「あら、ウスケさん。来てらしたの?」


「そういやアンタ、一ヶ月前ぐらいから姿みなかったね。今気づいたよアタシ」


「奥方様たち、そりゃないですよ」


 ウスケさんは母様たちの言葉にがっくしと肩を落とした。


 なんか不思議と存在感無いんだよねこの人。

 チャラチャラしてていつも里中の女の人に声かけては怒られているのに、居ても居なくても気づかないんだ。


 流石は乱破集。影の者……なのかな?


「んで、どうだったよ」


「はい。近辺の村人達に聞く限りだと、やっぱり相当溜め込んでるらしいっすよ。あの伯爵様」


「––––––だよな。最近ここいらじゃいくさなんざ全然無えってのに、民の顔が暗すぎる。となりゃ、考えられるのは重税か」


「大正解。そこのお嬢さ––––––いや、若の奥様が生まれた時ぐらいを境に、伯爵領の税が二倍三倍と増えて行ってるそうです」


 え?

 ウスケさんと父様の会話を聞いて、ナナカさんの顔を見る。


「わ、私……ですか?」


 な、なんの話をしてるんだ?

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