タオとナナ④
◆◆◆◆◆◆◆◆
「起きろ坊主」
「ぐえっ」
思いっきり腹を蹴られた。
「なんでお前廊下で寝てんだ」
「がはっ、がっはっ! もっと別のお、起こし方があるでしょう!!」
そんな乱暴にしなくても良いじゃないですか!
「便所に行こうとしたら気づかなくて蹴っちまったんだよ。お前が悪い」
「蹴る前に起きろって言ってたじゃないですか!」
態とらしい!
「気のせいだ」
どうせ昨日飲みすぎて足元おぼついてないだけだな!?
くっそう。
「なんで部屋で寝てないのか知らんが、さっさと支度しろ。昨日の昼のうちに里へ文を飛ばしてある。シズカ達は今日の昼にでもここに来るだろう」
「はえ?」
母様が?
「な、なんでです?」
「お前と嬢ちゃんの披露宴だろ。向こうの親族との顔合わせもしなきゃな」
披露宴って……え?
あの、先々月ぐらいにアタ兄さんとユラ姉さんがやってたみたいな奴です?
里中の人間集めて立食会みたいなことした、あれ?
「きゅ、急過ぎません?」
「ここら辺に滞在すんのもあと僅かだからな。里が『近いうち』に諸々済ませておきてぇんだ。一度離れたら六年は戻って来れん。あの嬢ちゃんは一応貴族の娘だ。アルバウス家はたしかにクソみたいな貴族だが、だからこそ付け入る隙を与えたくねぇ」
付け入る隙って。
披露宴しないと何か都合の悪いことでもあるのだろうか。
「流石に里の全員ってわけには行かねえが、二十名ほどならラーシャで運べるだろ」
そりゃ、
「向こうは娘の嫁入りなのに持参金すら出せねえはずだ。更に披露宴は全部俺達一族が仕切る。普段偉そうにしてる貴族がビタ一文用意できねぇなんて恥しかないからな。こりゃど偉い『貸し』になるぜ」
ああ、悪い顔してるぅ。
なんでこの人はこうも悪巧みだけは知恵が回るんだろう。
「ほら、いつまでボサッとしてんだ。朝の稽古はサボらせねぇぞ」
「あ、は、はい!」
慌てて立ち上がる。
「急げよ」
そう言って父様は厠へと向かっていった。
「ほんと、なにもかもめちゃくちゃなんだからもう」
父様への愚痴を零しつつ、包まっていた毛布をぐるぐると巻き取り、部屋の入り口を三回ノック。
ん?
あれ? 返事がない。
「は、入りますねー?」
一応声を掛けて、扉を開ける。
質素な宿の部屋の中。
ウッドテーブルの上には昨日のまま置かれている冷めた僕の夕食。
じゃがいものスープは完全に冷めていて、もともと硬いパンが更にカッチカチになっている。
そうそう。
昨日は結局部屋に入れず、一緒に持って出た毛布に包まって結局廊下で一夜を明かしてしまったんだっけ。
ベッド脇の床には、ナナカさんが脱ぎ散らかした服が散乱していだ。
そのベッドに目をやると、毛布が盛り上がっている。
近寄ってそうっと覗いてみると、ナナカさんがすうすうと寝息を立てていた。
端正な顔立ちは穏やかで、昨夜の無表情なナナカさんと同じ人とはとても思えなかった。
「ん?」
横向きに寝ているナナカさんの目尻にうっすらと涙の後が残っている。
……なにが、この人をここまで追い込んでいるんだろう。
初対面なのにグイグイくるのは、僕なんかじゃ計り知れない覚悟のもとでの行動だったのだろう。
寝ててもなお涙を流すほどのことが、この
……んー。
考えてもやっぱりわからない。
分からないことをいつまでも考えていても何も始まらない。
ナナカさんはもう少し眠らせておこう。
朝稽古が終わってまだ起きていなかったら、その時は起こしてあげようか。
部屋の隅っこに置いてある木刀を手に取り、僕は部屋を出る。
「……ヤチカ」
「ん?」
寝言だろうか。
その声はとても、優しい響きをしていた。
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