タオとナナ②

「はぐ、あも、えっ」


「なに気持ち悪い声出してんだお前」


 ううう、うるさいですとと様はっ!


「ちっ、違くてっ! えっとその! ぼ、僕は亜王院あおういん・タオジロウと申すものなのですがっ!」


 ああもう意味わからない!


 さっき練習したばっかりなのに!


 だって、こんな綺麗な女の子見たことないんだもん!


 ふわふわの綺麗な長い金髪はまるでお日様を見ているようで、薄く閉じられた瞳は吸い込まれるように深く、そして澄んだ翠色。

 触れたら壊れそうなイメージを何故か思い起こさせる薄い顔の輪郭と高いお鼻。


 薄紅色……いやどっちかといえば春先の満開のサクラの色に近い唇はツヤッツヤのプルップル!


 ほ、本当にこのが、ぼぼぼ僕のお嫁さん!?


 いいの?

 犯罪じゃないの?


 僕が独り占めしていいものなの!?


 はっ!

 独り占めって、何言ってるんだ僕は!


 彼女は物じゃないんだぞ!?


 えいっ! このっ!

 僕の馬鹿野郎! 馬鹿野郎!


 反省しろタオジロウ! 反省してっ!


「……タオジロウ様は、なぜ突然自分の頬を叩きはじめたのですか?」


「すまんな。一族の女以外には免疫が無いんだ。男ってのは若い頃は自分でもよくわからん時がたくさんある。頭の病気みたいなもんだ」


「……ご病気、なのですか?」


「ほっときゃ治る」


「……それは、良かったです」


 あ、ごめんなさい!

 ちょっと興奮しすぎて取り乱しただけなのです!


 だからそんな可哀想な人を見る目はやめてください!


「……改めて、ナナカと申します。至らないところも多々あると思いますが、どうぞよろしくお願いします」


「えっ、えっと! こここ、こちらこそ! じゃなくて!」


 ああなんかいつのまにか結婚するのが当たり前みたいになってたけどっ、違う違う!


 こんな無茶苦茶な話、筋が通ってない。


 本人達の意見や意思が置いてけぼりだ。


 結婚ってもっと穏やかで、幸せで。

 満たされていて、そして祝福されなきゃならない物だ。


 誰かにしろと言われてハイそうですか、とはいかない物でしょう!?


「なな、ナナカさんは! 突然結婚って言われて嫌じゃないの!?」


 僕は嫌だ!

 ––––––いや、だ。


 いや、こんな綺麗な人なら別に嫌では––––––違う違う!


 初対面でしょ!

 あったばかりでしょ!


「……私は、貴族家の娘ですから。特に何も思うところはございません」


「ふぇっ!?」


 そうなの!?


「……貴族にとって結婚とは、目的ではなく手段です。例えば有力貴族との関係作りのためとか、褒美代わりとか、鎖として、とか」


「く、鎖?」


 なんだか物騒な言葉なんだよ!?


「……はい。将来性のある身分の低い者に家系から嫁をあてがい、本家に逆らえないように」


 ……嫌な話だなぁ。


 父様が貴族を蛇蝎の如く嫌う理由、なんとなくわかっちゃったかも。


「此度の縁談も、亜王院様への借金を帳消しにするための。いわば取引のような物です」


「取引––––––って。貴女はそれで良いんですか? まるで物か何かのように扱われて、納得できるんですか?」


 人間は物じゃないんですよ?

 生きていて意思を持っていて、それでいてとっても尊い物なのに。


「……アスラオ様。タオジロウ様は……とてもお優しい方なのですね」


 あれ?

 褒められてるにしては、なんかめんどくさそうな言い方と表情。


「ははっ。コイツはまだガキだからな。心も体も甘っちょろいガキンチョだ」


 何が面白いのかさっぱりだけど、父様があの顔で笑ってる時は僕を小馬鹿にしてる時だ。


 つまり今、僕はナナカさんに––––––哀れまれてる?


「……それはそれは、今後が少しばかり心配ですね」


 そう言って、ナナカさんはゆっくり目を閉じた。

 一つ咳払いをした後、ゆっくり僕へと歩み寄る。


「良いですかタオジロウ様。此度の結婚。私にとっては僥倖と言って良いほどの待遇なのです。タオジロウ様が私を娶って下さらなければ、来年にでも私は隣国アガラマの宰相様の元へ、三十六人目の妻として送られていたはずですから」


「へ?」


 何を言っているのか理解できず、固まってしまった。


 隣国の宰相さん?

 ていうか三十六人目って、どういうこと?


「アガラマの宰相と言えば、色狂いの鬼畜野郎だ。お前も噂ぐらいなら聞いたことあるだろう?」


 固まったままの僕を見かねて、父様が促すように話を続けた。


「え、えっと。ああ、あの……亜人狩りを推奨しているとか言う––––––アガラマの過激派筆頭ですよね?」


 確か座学の時間に『先生』からそう聞いたような。


「タツノもそういうとこはやっぱ教えてなかったか。まあ、ガキどもに聞かせて良いような話じゃねぇしな」


 タツノ先生の座学、とっても分かりやすくて面白いですよ?


「アガラマに三人いる宰相の一人、バダン・ペルテッシ大司祭。コイツはとにかくイロにまつわる悪い噂の多い奴でな。実際に現在三十二名ほどいる奴の妾の内、十五名の娘が謎の病ですでに死んでいる」


「十五名!?」


 役半分ぐらいの奥さんが、亡くなっているんですか!?


「表立って発表されたことなんか一度もねぇが、ある程度身分の高い奴や他国の王族貴族には周知なんだよ。バダンの元に嫁いだ娘達は、みな惨たらしい性的な拷問を受けて死んでいる……とな」


 せ、性的ってなんだろう。


 なんかよくわかんないけど、ナナカさんがそのバダン陸僧正とか言う人のとこに嫁いだら碌な目に合わないってことだけは理解できた。


「……ですので、その前に亜王院––––––タオジロウ様の元に嫁げたのは、私の身に訪れた慮外の好事なのです。まだ幼いタオジロウ様は、私にそのようなことをなさらない……と思われますから」


「……スレてんなぁお前。その歳で悟りきったような顔しやがってまぁ」


 ナナカさんの言葉が何か気に食わなかったのだろう。

 父様が眉間に皺を寄せて口をへの字に曲げた。


 やめてくださいそんな子供みたいなへその曲げ方!


 一座の頭領として相応しくないですよ!


「えっ、えっとよくわかんないですけど。僕はナナカさんに酷いことしようなんて思ってないですよ?」


 今の話には知らない言葉が多かったから全部は理解していないけれど、つまりナナカさんは僕のとこに嫁いで来た方が都合が良いってことだよね?


 じゃあ、しょうがないのかな?


 しょうがない、で結婚なんかしていいのかもわかんないけど。


「……アスラオ様。今ご拝見した感じですと、タオジロウ様ってもしかして」


「お? ああ、コイツ色恋やら男と女の事はてんで知らないぞ。俺がこの歳まで修行いじめ稽古いじめ抜いたせいで、変なとこだけ老成してるくせにちぐはぐなんだわ」


 いじめって言いました!?


 ねぇ父様、いじめって今言いましたよね!?


「……一つ、お聞きしてもよろしいですか?」


「え、ええなんなりと」


 僕自身にそんな語るべきところなんかそうないけれど、聞きたいことがあるならどうぞ聞いてください。







「タオジロウ様は––––––子種を作れますか?」






 は?


 子種?

 なんのことです?


「ああ、ちょうどこないだ。『お通し』があったらしいな。うちのカミさん達が嬉しそうに言ってたわ」


「お通し……ってなんですか?」


 お客様を奥の部屋にご案内すること?

 それならもういつだったか覚えてないほど小さな頃からしてますけど……。

 商談相手のお客様とか、他所の村の方とか。


「……なら、大丈夫ですね。取り繕っていてもすぐにバレてしまいますでしょうから、アスラオ様やタオジロウ様には正直に、私の目的をお伝えしておきたいと思います」


 あ、あの。


 なんで二人とも僕の質問を無視するんですか?


 ねぇ、お通しってなんのことです?


「ほう、何だ? 言ってみろ」


 父様?

 本当に無視するつもりなんですか?


 僕の結婚の話なのに?


 全然人の話を聞いてくれない二人を交互に見ていると、ナナカさんがおもむろに右手を自分のお腹の少し下に当て、また目を瞑った。


 優しく押し込むように添えたその手は、なぜかひどく辛そうに見える。


 そして再び目を開けた時、僕は背筋に走る寒気を我慢できなかった。


 暗い。


 とても暗く、そこの知れない瞳。


 先程までの翠色の水晶のような、輝かしい物じゃない。


 吸い込まれるようなって形容したけど、今度は違う。


 どこまでもどこまでも、『落ちていくか』のような、深い深い奈落の目。


 ゆっくり、ゆっくりと。


 ナナカさんは口を開いた。


 白い肌を青ざめさせて、やがて弱々しくも奇妙な力強さを感じる声色で––––––語った。







「……私の目的はすぐにでもタオジロウ様のお子を成して、私と妹の居場所を揺るぎないものにすることです」





 こ、子供?


 誰が、誰の子供を成すって?

 妹って、誰のこと?





「私はすでに、子供を宿すことのできる体です」





 視界の端に映る父様の顔が、本当に怒っている時の笑い方をしてた。

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