タオとナナ①
◆◆◆◆◆◆◆◆
「なぁ、タオ。お前、結婚しろ」
突然なにを言い出すのかこの人は。
「はぁ?」
当たり前だが意味がわからず、聞き返す。
宿の簡素な椅子に偉そうに座る
体格が大きすぎるこの人が座ると、普通の椅子がおもちゃの様に見えてしまう。
旧知の貴族に用事があるから付いて来いと言われて無理矢理連れてこられたとある田舎。
初めて訪れた場所だが、目新しい物など何も無い。
特に見るべきところもなく、小さめな宿の部屋でぐてんとしていたら今までチビチビと酒を舐めていた
「昔、まだお前が生まれる前か。ここの領主に仕事を依頼された事がある」
仕事?
それは、
「はあ」
安い宿だからそれなりにボロボロなベッド。
その上で正座して姿勢を整え、話を聞く。
「そん時はこの領全体が不作だかなんだかでな? 依頼料が払えないとかなんとか言うから、利子を設定して貸しにしといたんだ」
それはまた。
珍しい。
めんどくさい事を異常に嫌がる
「んで最近になって、そういや金をまだ貰ってないなって思い出して、今日取り立てに行ったんだよ」
「ああ、昼にどこかに行ってたのはその件ですか?」
「約束してないから帰れだの、無礼だの不敬だの言われて頭に来ちまってなぁ。ちっとばかし睨んでやった」
そ、それは可哀想に。
この人の眼力はその気になれば本当に人を殺せる物だ。
睨まれた人は無事なのだろうか
「そしたら、払える金は一銭も用意できないから娘をくれてやる、と」
「なんですかその人。クソ野郎ですか?」
借金の代わりに自分の娘を差し出したってこと?
考えられない。
どうしてそんな事が出来るんだろう。
世の中には居るんだなぁ。
あり得ないほどのクズが。
「まさか、その娘と僕に結婚をしろ……と?」
まさかだよね?
「いや、俺も最初は何言ってんだこのクソデブ貴族殺してやろうかって思ったんだよ。でも実際にその娘に会ったら、まあ色々思う所ができちまってな。くれるってんなら貰ってやって、ウチの息子の嫁にしてやるって啖呵切っちまったんだわ」
「いやいや、待ってください
しかもなりたてホヤホヤです!
結婚なんて急に言われても!
「あー、なんだ。見た限りだと特に悪いところの無い良い娘だ。お前も絶対気にいるって」
「その娘が良い人かどうかは関係ありません! 僕はまだ修行中の身だし、結婚なんて!」
出来るわけない!
自分じゃ満足に稼げもしないのに、家族を守れるわけなんかない!
自信ない!
「あーうるさいうるさい。よし、じゃあ顔合わせ済ますか」
「へ?」
「実はよ。もう連れてきてて、となりの部屋で待って貰ってんだ。呼んでくるわ」
まままっ、待ってください!
そんな突然、心の準備も出来てないのに!
楽しそうにニタニタと笑いながら、
あまりにも突然過ぎて止める事すら出来ず、思わず出してしまった手をにぎにぎと揉みながら、僕はその姿を見送ってしまった。
「ど、どうしよう」
どうしようどうしよう!
結婚って、こんな急に決まるものなの!?
今までずっと剣しか振ってこなかったから、こういう時どうして良いのかさっぱりわからない!!
はっ!
そうだ第一印象だ!
ちゃんと挨拶しないと、ダメな男だと思われちゃう!
れ、練習しないと!
急いでベッドから降り、ピンと姿勢を正す。
「えっ、えっと! ぼ、僕は亜王院・タオジロウです! よろしくお願いします!」
勢いよく腰を曲げて、お辞儀。
こ、これで良いのだろうか。
わ、わからない!
はっ!
そういえば小さい頃、
『良いですかタオジロウ。男の子でもきちんと身嗜みを整えておかないと、女の子に嫌われてしまいますよ?』
身嗜み!
今日は朝稽古の後に湯浴みをしたまんま、ずっと部屋でダラダラしてた!
髪の毛、髪の毛大丈夫!?
部屋の隅にまとめて置かれている、僕と
確かその中に、一座で取り扱っている鏡の見本があったはず!
慌てて荷物に飛びつき、纏められている紐を解く。
大きな革のトランクケースは
小さな麻袋は僕の替えの服だ。
鏡はきっと
鏡は高級品だから、現物を見ないで買う人の方が少ない。
僕ら亜王院一座は商売人の一族。
いついかなる時も商談に移れるようにと、ある程度の見本品は常に持ち歩いている。
あんまり商売には向いていない
「これじゃない……これは葉巻……これは紅茶……これは調味料……あ、あった!」
見つけたのは、シルクの布でぐるぐるに巻かれた平べったくて少しだけ長い物。
焦る手で急いで布を解き、お目当ての品だと確認した。
それは手鏡。
贅沢にも円形に切られた鏡の周りと持ち手の部分に、豪華な意匠の彫り模様を掘った、結構な一品。
北の山脈地帯に住む、手先の器用な一族が施した見事な彫り飾りがとても素晴らしい。
たしか
美しく輝く職人技のめっきで施された、そのピカピカの鏡を覗いた。
僕の顔。
真っ赤な髪の毛が鏡の中で揺れた。
先月切り揃えて貰ったばかりのこの髪型は、
長い髪の毛は、遠目で見ると女の子に見える。
僕にはまだ全然似合わないけれど、
色んなところで『烈火獅子のアスラオ』と呼ばれるのも、半分はあの髪型のせいだ。
僕は良くて子獅子。
見ていて本当嫌になるぐらい、男らしくない。
はっ!
落ち込んでいる場合じゃない!
早くしないと––––––!
「おう、連れて来たぞタオ」
部屋の扉が勢い良く開いた。
わー!
早いよ!
本当せっかちだよ
またも慌てて立ち上がり、背筋を伸ばした。
部屋の入り口に立っている
ほんっと、楽しそうですね!!
僕のお嫁さん––––––らしい人の姿は無い。
あれ?
「ん。おうこっちだ」
ああ、歩くのも早い
ああ、心臓がめちゃくちゃ痛い。
どうしようどうしよう。
結局身嗜みを整えている時間なんてなかった。
来ている服だってこの田舎までの徒歩での旅路や、日々の稽古で汚して良いようにとなんの洒落っ気もない物を身につけているのに。
いついかなる時でも、人目を気にした格好をしてるべきだった。
家に帰ったら
相変わらず楽しそうにニヤニヤしている
「さて紹介してやろう」
ヤケに芝居掛かった言い方で、
「こいつが、お前の嫁だ」
そこに居たのは、僕より少しだけ身長が高い女の人だった。
顔を伏せ、両手をお腹の前で組み、踵を合わせて綺麗な姿勢で立っていた。
体のラインぴったりに張り付いている真っ白なブラウスに、紺のロングスカート。
首元に真っ赤紐のタイをしていて、あれ……おかしいな。
あの胸……
「……初めて、お目にかかります」
そう言って彼女は一歩、足を部屋に入れて––––––恭しく頭を下げた。
「アルバウス領領主、スラザウル・スマイン・アルバウス伯爵の五女。ナナカ・フェニッカ・アルバウスです。どうぞ、よろしくお願いします」
声に、全く覇気が無い。
まるで病人みたいにか細い声だ。
ふわっふわとウェーブがかかった金髪の長い髪が、部屋の床についちゃうぐらい深くお辞儀をしている。
している。
して、いる。
して––––––あ、あの。もう良いと思うんだけど。
長くない?
ね、眠っちゃったのかな?
「ナナカ、顔を上げろ。タオはまだお前の顔をまともに見てねぇぞ」
「……かしこまりました」
僕は、思わず溜息を漏らした。
こんな綺麗な人––––––今まで見たこと、無かったから。
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