鬼一族の若夫婦〜借金のカタとして嫁いで来たはずの嫁がやけに積極的で、僕はとっても困っている〜

不確定ワオン

僕と彼女の馴れ初めを

とある朝の新婚さんの会話

 

「……タオ様。お目覚めですか?」


 囁き声ウィスパーボイスに導かれて、ふわふわと緩んでいた意識がやんわり目覚めていく。


 良い声だなぁ。

 透き通るって言うか、耳が幸せというか。

 とにかくとっても良い声だ。


 あれ?

 僕いつ眠ったんだっけ。


 えっとえっと。


 最後に見た窓の外はやけに明るくて……。


「タオ様、ふふ。寝ぼけてらっしゃるのですか?」


 そんなことないよ。

 僕寝起きはいい方なんだ。


 毎日の朝稽古に遅れたことが無いのが、僕の密かな自慢の一つ。


「今日はまだ寒うございますから、もう少しだけこうして温まっていましょうか。起きたら熱ぅい茶を淹れますので、それまで」


 そうだね。

 ここら辺の冬は寒いって聞いてたけど、本当に凍えるなぁ。

 何枚もの布団をかけて、枕に頭を埋めて、そしてそして。

 こうして柔らかくてすべすべでツルツルで暖かくて気持ちいい抱き枕に、ぎゅうって抱かれてるのが最高に気持ちいいよね。


 そうそう。


 ちゃんと足も絡めて、お腹とお腹をくっつけてさ。


 …………ん?


 お腹とお腹?

 足?


 抱き枕に、抱かれて?


「ほぇ?」


「あら、可愛い」


 視線が合った。

 合ったというより、視線の行き先がそこにしか無かったから行き止まったと言うべきだ。


 なにせ僕の視界の全てを埋めているのは、彼女の顔しかいない。


「…………ナナカ、さん?」


「はい、呼びましたか? 寝坊助タオ様?」


 う、うん。


 確認のため、念のために、とりあえず名前を呼んでみたけど。


「お、おはようございます」


「おはようございます」


 そして彼女は儚げに、でもとても穏やかに、優しく微笑んだ。


 僕の首と腰に巻かれているのは、目の前の彼女––––––ナナカさんの腕。


 僕の足に絡みついているすべすべなのは––––––ナナカさんの素足。


 僕のおへそにぴったりくっついているのは––––––ナナカさんのおへそ。


 おーっと。

 これはだめです。


 だめですよ。


 僕の体はナナカさんの腕と足でがっちり固められていて、しかも枕に沈んでいるせいで首もまともに動かせられない。


 だから、彼女を押しのけて布団から飛び上がることができないのだ。


 まるで紅茶に丁寧に垂らしたミルクをティースプーンでゆっくりかき混ぜるかのように、僕の頭は緩慢な速度で混乱していく。


 寝起きだからってだけじゃない。

 目を開けて最初に見たナナカさんの顔がとっても綺麗で緊張してるからって理由だけでもない。





 僕の胸の部分に当たる、その柔らかい物体がなんなのかを瞬時に理解したが為の、大混乱です!




「あ、あわわわわわっ!!」


 パクパクと口を開けたり閉じたりしてみる。


 声に出すべき言葉が全然見つからない。


 何を言えば正解なのか、むしろ正解なんてあるのか。


「ふふふっ。タオ様おかしい。まだ慣れないのですか?」


 ナナカさんはまた優しく笑い、眠そうな目を少し閉じた。

 普段の彼女の目もあまり大きく開かれてはいないが、今はただ微睡んでいるだけなのだろう。


「な、慣れるも何もっ」


 無理に決まっている。


 彼女と出会ってまだ四日。


 こうして二人で寝所に入るようになったのは四日目で。


 同じベッドで並んで寝るようになったのも三日前。


 そして––––––いわゆる男女の関係になって、まだ二日目である。


 早い!


 早いよナナカさん!


「恥ずかしがることなど何もございませんのに。私達は皆が認める夫婦でございます。新婚夫婦が夜に励んで、何が悪いと言うのですか?」


「そ、そういうことじゃなくて」


 いや、そういう事もいろいろ知りたいんだけどさ!


 なにせ、僕が子供の作り方を知ったのは四日前だ!

 自分の体が子を成せる体になったのを知ったのだって、まだ一ヶ月も経ってない!


「––––––お嫌…………でした?」


「い––––––」


 狡い。

 その顔、ほんと狡いと思う。


「嫌な、わけじゃないけど」


「じゃあ、お好きですか?」


 好きかどうかは今関係ないよね!?


 嫌いじゃないって言ったんだから、察してよ!


「お好き……ですよね?」


 ナナカさんは、まるでいたずらにかかるのを待っている子供のような笑みを浮かべる。


 知ってて、からかってんだな?

 ああ、もう良いや!


 この人に口で勝てないことなんて、出会って三時間で理解しちゃったもん!


 やけくそだ!


「––––––す、好き……です」


「うふふっ、素直で良い子です。私のタオ様」


 僕の首に顔を埋めて、ナナカさんはまた強く抱きついてくる。


 そして耳元に口を寄せ、すうっと息を吸った。





「––––––だって昨日の夜なんて、タオ様に殺されちゃうかと思うぐらい…………激しかったんですもの」




 それは声と認識していなければただの微風。

 まるで息遣いに音階をつけたかのようなか細い声。


 ゾクゾクと背筋に心地よい痺れが走る。


「な、なななな! だっ、だって! 僕を襲ってきたのナナカさんじゃないか!」


 そ、そうだそうだ!

 照れとか色々な感情が爆発しそうだったから、僕遠慮したじゃんか!


「でも、途中から完全に主導権を奪われてしまいましたわ?」


 ぐぬっ。


「私が待ってください休ませてくださいって言っても、止めて下さらなかったわ?」


 ぐぬぬっ。


「果てには、私の唇を塞いで何も言わせないようにしましたのも、タオ様ですわ?」


 ぐぬぬぬぬっ!?


 僕の体にさらに強くまとわりつくナナカさんは、まるで獲物の息の根を止めるために絡みつく蛇のようだ。


「何度も何度も気をやってしまっていたのに、タオ様全然御構い無しでしたわ?」


「分かっ、わかりました! 昨日は本当にごめんなさい! だから耳元で囁くのやめて!」


「うふふっ、冗談です」


 しゅるっ、と。

 僕の体に開放感が訪れる。


 ようやく気が済んだのか、ナナカさんの腕と足から力が抜けていったのだ。


 でも、完全には開放してくれない。


 何枚も重ね掛けられた、ちょっと重めの布団の中。

 僕達は生まれたままの姿で浅く抱き合う。


 上機嫌で鼻歌を歌いながら、ナナカさんは僕の額を甘く啄ばんだ。


 おかしいなぁ。


 この女性ひと、借金のカタとして家族に売られた人なんだけどなぁ。


 初めて会った時なんか、全てを諦めたかのように死んだ目をしていたのに。


 何がどうしてこうなったんだろうか。


 さっぱりわからない。


 よし、一つずつ思い出していこう。


 まずは僕と彼女の初対面、そのちょっと前のとと様に呼び出されたあの朝から。




 あの雲一つなくよく晴れた吉日に、僕こと阿王院・タオジロウと、彼女こと阿王院・ナナカ––––––旧姓・ナナカ・フェニッカは晴れて夫婦となったのだ。






 ––––––僕が十二歳、彼女が十三歳の冬の話である。

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