第9話 旅立ち

 ジョバンニがすくっと立ち上がった。

「ラポさん。カムパネルラと約束したんです。誰かのためになろうって。そのためには死んでもいいって。ジェシーさん達を救う。今の僕は何をどうすればいいか、わからない。けれど僕の命に替えてでも、みんなを救いたい」

 ジョバンニはまた椅子に座り込んで頭を抱えた。

「本当に本当にそう思っています。だけど、僕ができることなんて。今でも何が起こっているのか分からないのに、それなのにみんなを救いたいなんて。そんな簡単にできることじゃない。今の僕ができることじゃない」

 ジョバンニの肩にラポが手をおいた。

「ジョバンニ君。簡単にできることは何もないのである。しかし、しかし、絶対にできないなどと言うことも、同じように有りはしないのだよ。時間はかかるかもしれないが、絶対にできないということが今、将来? うーん、こんな時に時間がいじめてくるとは嫌らしい。吾輩が言うことはただ一つ、ジョバンニ君、正しくあれ」

「長い時間がかかってもいいです。僕ができれば。誰かのために生きていければ。けれど、僕は帰らないといけない。そうなんだ、母さんが待っているんだ。僕だけの我儘で決めちゃいけないんだ」

「ジョバンニ君、これを見給え」

 トンボの眼がひとつラポの手元に飛んできた。その目をなぞると眼は天井に上がっていきジョバンニの家を映し出した。

 入り口にある空箱に紫色のケールやアスパラガスが植えてある。扉が空いて部屋の中が映し出された。ベットにはお母さんが横たわっている。


 そして、その横にジョバンニが座っていた。


「僕がいる」

「ジョバンニ君。銀河鉄道から降りた君はちゃんと家に帰ったのだ。けどみんなは銀河鉄道から降りて魂の世界に行った。君はあの時に、正しいことをやりたいとその切符に願った。そしてもうひとりの君は残った」

「カムパネルラは」

「彼も魂の世界に行った」

「カンパネルラは魂の世界に行った。もう1人の僕はお母さんといる。じゃあ、僕は帰るところがないわけですね」

 ジョバンニは呆然ともう一人の自分を見ていた。

「ラポさん、僕ここに残ります。お母さんはもう一人の僕と一緒に生きていく。カンパネルラはいないけど、何ができるかわからないけど、僕は、ジェシーさんやこの星の人達を幸せにしたい」

 ラポが手をあげるとレオニオス星が映し出された。

「ジョバンニ君が決めたのであれば、吾輩は何も言うまい。これから先ジョバンニ君がどうなるかは吾輩も知らない。しかし、この星は君を待っていた。それだけは吾輩も知っている」

「僕を待っていた?」

「果樹園では最愛の友人がいて、クチーナはずっとジョバンニ君に話し続けていた。そもそも、ジョバンニ君を船に入れた途端にこいつが飛んできて、レオニオス星を映し出したのである。いや、それは今ではどうでもいいことだ。何が始まりで、何が終わりかは問題ではない」

「レオニオス星が僕を...僕もレオニオス星に戻りたい...」

「吾輩は分かっている。吾輩は止めやしない。ジョバンニ君の部屋の用意をしていたが、それはなしにする。そこに立ちたまえ」

 ジョバンニがテレポートサークルに立つとラポがつま先で床をトントンと叩いた。

 ジョバンニの体が光に包まれた。


 目を開けるとそこにはスィフト嬢がいた。ジョバンニの周りを何度も回っている。

「ジョバンニ様、お帰りなさい」

 丸い体から手が伸びてきた。その手を握るとスィフト嬢は何度も上下に振って離そうとしない。

「あっ。済みません。私としたことが、お客様に必要以上に馴れ馴れしくしてはいけませんね。それではジョバンニ様、どこにお連れいたしましょうか」

「いえ、僕は自分の足で歩いて行きます」

「そうですか。どこに行かれますか」

 そう聞かれてジョバンニは答えに詰まってしまった。この星に残る、それだけを考えていたのだが、残ってどうするのか、自分が何ができるのか、その答えは何も見つかっていないままだ。

「まずは、まずは...」

「はい、まずは。ですね」

「そうだ。クチーナに行きます。クチーナに行きます。歩いて行きます」

「了解致しました。ただ、少し遠いですね。それでは果樹園の前までお送りいたしましょう。果樹園からクチーナまでの道はとても気持ちがいい道ですから」

 お願いしますと言い終わらないうちに光に包まれジョバンニは果樹園の入り口に立っていた。

 一度通った道なので、今度はゆっくり先の心配もなく心地よい風を感じながらジョバンニは歩いた。

 山に向こうに三角標が見える。

「クチーナに行ってからあの三角標の建物に行こう。そこに何があるか見よう。けど、クチーナに行ってジェシーに僕は何を話せばいいんだ。三角標に行って中を見て、それで、それで、僕は何ができるんだ」

 そう思った途端に、足が止まってしまった。

「僕は何も知らない。この星には、僕なんて想像もつかない科学があって、それを使った人達がいて、それでもその人達は、自分たちの技術で死んでしまったんだ。こんな僕に何ができると言うんだ」

 

 その時、ジョバンニの目の前に青い帽子が落ちてきた。

 道に転がっている帽子から「被ってくれ」という声が聞こえた気がしてジョバンニは帽子を拾って被った。

 帽子を被るとラポの声が聞こえてきた。

「ジョバンニ君。すっかり忘れていた。この帽子はジョバンニ君へのプレゼントである。ちょうどサイズがあう帽子があった。実に運がいい」

 ジョバンニが空を見上げたが、そこには青空にゆっくり流れる雲しか見えない。

「ラポさん、ラポさんですよね」

「そうである。宇宙海賊ラポ・エルカーノ・バルバリア。正義と平和を愛する...いや、これはもういい。吾輩の声が聞こえることが今は一番重要である」

「はい、ちゃんと聞こえます。僕にこの帽子をくれた?」

「まあ、本当はずるいことなんだが、この帽子を被っていれば、色々な知識がこの帽子からちょっとずつジョバンニ君の頭に入っていく。レオニオス星の科学くらいなら2,3年も被っていれば全部頭に入るだろう。もちろん自分でもちゃんと勉強しなくていけない。どこでどう勉強すればいいかは、スィフト嬢に聞けばいい。いや、プロ中のプロの教師がジョバンニ君の元に行くはずだから、その人に聞けば良いであろう」

「ラポさん、ありがとうございます」

「ジョバンニ君、知ることは最初の最初だけで、ジョバンニ君が欲していることは自分で考えて答えを出さないといけない。それは、変わらないのだ」

「はい」

「それから、ジョバンニ君、吾輩と話したければ、この帽子に願いたまえ。願えば、必ず、いやきっと、いや、たまには、いや、運がよければ」

「つまり」

「つまり、吾輩はいつでもジョバンニ君と共にいるのである」

「ラポさん、ありがとうございます。ひょっとしてラポさんは銀河鉄道の時から僕を見ていてくれて、それで僕を助けてくれようとしたんですか」

 しばらくしてからラポの声が聞こえた。

「正しくあれ、正しくあれ」


 クチーナが見えてきた。

 クチーナの入り口から誰かが顔を出してこちらを見ている。髪が金色だ。

「ジェシーさん」

 ジョバンニはクチーナに向かって走り始めた。


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最後の料理 nobuotto @nobuotto

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