第8話 三角標の人達
壁を通り過ぎた先はクチーナの玄関ホールだった。
ラポとジェシーがジョバンニを心配そうに見ている。
「ジョバンニ様。泣かれているようですが、何か、何かあったんですか」
ジェシーが心から自分を心配しているのが伝わってくる。拳を思いっきり握りしめて、大声で泣き出しそうになるのをジョバンニは堪えた。
「さて、我々はこれで帰る。ジェシー本当に素晴らしい、素晴らしい最後の料理であった」
「ラポ様、今度は、もっと早く、私が元気なうちに」
「そうだな。そうだな。すぐに、すぐにまた来る。な、ジョバンニ君」
「はい」と言おうとしたが、まだ声が出なかった。
「リーさんは」
そう聞こうともしたが、その言葉も出なかった。
ラポとジョバンニはジェシーに見送られて店を出た。
無事に店を出ることができてジョバンニは安心した。
「結局何事もなかった。いや、本当に何もなかったんだろうか。少なくとも僕には色々なことがあった」
果樹園の中の道を歩きながら、最初の部屋に映っていた牛乳を買いに走る自分からの映像を一つ一つ思い出しながら歩いていた。
「ジョバンニ君。この星に来て、この星を見て、ジョバンニ君はどう思ったかね」
ラポが急に話しかけてきた。
「働き者ばかりだと思います。建物の中でも、果樹園でもみんな一緒懸命働いていました。クチーナの料理も生まれて初めて食べるものばかりで、美味しくて、リーさんもジェシーさんもラポさんじゃないけど、きっと宇宙一料理を作るのがうまい人達だと思います」
「掃除をする人、果物を育てる人、料理を作る人。みんな真面目で優秀である。で、ジョバンニ君、他には誰がいた?」
「他に誰がって」
そう言われてみると働いている人しか見ていない。こんなに沢山の建物があるのに、掃除している人しかいなかった。休日だからと思っていたが、道を歩いている人を見た記憶がない。この大きな町で働いていないのはラポとジョバンニだけだった。
「ラポさん、働いている人しかいません」
「そう。そうなのだよ」
「働いている人しかいないって」
「今のレオニオスはそうなのである。昔来た時?将来から見たとき?うーん、帰りは急ぐことにしよう。おお、ちょうどいい具合に飛んできたようである」
ラポが手をあげると空から車が降りてきた。
車の後部座席に二人が乗ると前に座っていた運転手が嬉しそうに言った。
「お客様。ご乗車ありがとうございます。どちらに飛びましょうか。レオニオス星は初めてですか。どこか見学されましたか。もし、まだでしたら、もしお時間ありましたら、この星のとびっきり美しい場所をご案内いたします。いかがでしょうか」
運転手は矢継ぎ早に聞いてきた。この星の誰もと同じで、運転手も真面目で自分の仕事に一生懸命なのだとジョバンニは関心して運転手の背中を眺めていた。
「いや、君の願いを聞けないことが吾輩も心苦しいばかりであるが、トランスポートタワーまで飛んでくれないか」
「いえいえ、お客様。仕事を引き継いでから初めてのお客様だったので興奮してしまいまして済みませんでした。トランスポートタワーまでですね」
タワーまで飛んでいる間、ジョバンニはずっと車から下の街を見ていたが、歩く人を見つけることはできなかった。
「働いている人だけがいる町」
「そう。そして、彼らは君のような人でない。人に作られた人なのだ」
「人に作られた人って」
「まだ、ジョバンニ君には難しいかもしれない」
タワーに着いた。ドアを開けられてタワーの移動スポットに二人はたった。運転手が何度も繰り返す「ありがとうございます」という声を聞いていると光に包まれた。
目の前にはスィフト嬢がいた。
「クチーナの料理はいかがでしたか」
「吾輩の人生で最高の最後の料理であった」
スィフト嬢が小さく震えた。
「最後の料理。リーシェフ最後の料理だったんですね。そうですか」
ジョバンニは思い出した。
「そうだ。ラポさん。その最後の料理ですが、どういう意味はなんですか」
自分が最後の料理にされると思っていたとは言えなかった。
ラポは振り返って山の上の塔をさした。緑の蔦が張り付いている巨大な三角標である。
輝きを失い朽ち果てている塔であった。
「ここの人達は、スィフト嬢も、掃除の者たちも、果樹園であった三人も、先ほどの運転手も、そしてリーもジェシーあの塔の中で作られたのである。サービス、畑仕事や掃除、運転、そして料理。どの仕事でも最高の能力を持つように作られた、プロ中のプロなのである」
「作られたって?誰が作ったんですか」
「この星にいたほんの少しだけの人間である」
「だって、リーもジェシーも人間だったじゃないですか」
「そうじゃない、本当に本物の、吾輩やジョバンニ君と同じ人間は、あの塔の中にだけいた」
「あの三角標の中にいるのですか」
「いる?いた?これからまたいる?また難しいパズルになりそうである。’今’に集中しよう。吾輩が調べたところ、人間の生存は確認できなかった。なぜ、吾輩がそれを確認したのかって。スィフト嬢、話さずともその目が吾輩に’なぜ’と語りかけている。なんのことはない、本当は宇宙の隅に飛んで行った我が父の様子を見に行こうとしていた。どうせよからぬことをしているに違いないが、父は父である。その時、吾輩の目の前にレオニソス星が映った目玉が飛んできたのである。まるで、父のことはどうでもいいから、これを見ろと言わんばかりであった。邪魔な奴めと払ったんだが、しつこく星を映し出してな、しょうが無いので吾輩は目玉を見ることした。まあ、実際我が父は面倒に巻き込まれ楽しそうに暴れていただけだったのだが」
ジョバンニは船の通路で見た爆発の光を思い出した。
「クレニオスは美しい星である。しかし、どこかが違う。そうどこかが違う。吾輩はそれでじっくり見ることにした。そして知ったのだよ。どこかどころでなく、星が変わってしまっていたことをな。吾輩は、確かめたくなった」
ラポはスィフト嬢の真剣な眼差しに気が付いた。
「うーむ。この話しは正しくないな。本来、海賊が星に、星の住民に興味をもつことは正しくない。海賊らしくない。そなた達のようにそれでは海賊のプロとは言えない。一度出た言葉は消えないが、スィフト嬢、これまでの吾輩の言葉は記憶から消して、これからだけを聞いたことにしてくれないか。この星に来た理由はだな、そう吾輩の知的興味を満たすためでなく、肉体的な要望である空腹を満たすために来たのである。そうそうそのためだけにここに来て...」
ラポの会話を静かに聞いていたスィフト嬢が尋ねた。
「つまり」
ラポは黙っている。
「ラポ様、つまり、我々の創造主達はもういらっしゃらないのですね」
ラポが小さくうなづいた。
「吾輩は、喋り過ぎたようだ」
「もう、200年以上、継ぐものが来ていませんでした。私は、いえこの星の誰も不思議に思い、ひょっとしたらと思っても声に出す勇気はありませんでした。やはり創造主はいない。つまり、そういうことですね」
「みんな死んでしまった。自分達の作った技術によって。吾輩はこの星に来て分かった。吾輩が分かったからと言ってそれで何かが変わるものでないが」
「ラポさん、僕には何が何だか分からない」
「まだジョバンニ君の世界にはない技術だ」
ラポの声は沈んでいた。
「スィフト嬢。さて、我々を船に送ってくれるかね」
スィフト嬢の体から手が伸びてきた。ラポがその手を強く握った。
ラポとジョバンニの体が光に包まれた。
ジョバンニは、トンボの目に囲まれた船長室に立っていた。
「ラポさん、教えてください。あの塔の中の人たちが星にいたみんなを作ったってどういうことですか。だって、りーさん、ジェシーさんも僕と同じ人間でした。そして...」
ジョバンニの頭の中に部屋で見た映像が浮かび上がってきた。
「そして、ジェシーさんはリーさん、自分のお父さんを殺してしまったんです。僕は見たんです。いや、壁に写っていたんです」
ラポが椅子に深く腰掛けた。ラポの前に椅子が持ち上がってくる。ジョバンニもその椅子に深く腰掛け、ラポがきちんと話すまでは許さないと心に決めてラポを睨んだ。
「クチーナがジョバンニ君に見せたかったんだろう。ジェシーはリーを殺したんじゃない。料理したんだ。彼らは最高の料理をするために作られた。料理とは技術と素材、つまり食材、それが料理なのである。彼らは日々技術を磨きプロの中のプロとなる。レオニオス星には素晴らしい料理の食材があるが、その中でも特別な食材を技術を磨くと同時に育て続けているのだ」
「特別な食材?それって」
「そう、自分である。星のあらゆる食料を正しく食べ、料理人自身が最高の食材になる。プロ中のプロである」
「それが、最後の料理?リーさんの最後の料理」
「そう、そしてジェシーには最初の料理である」
ジョバンニは言葉が出なかった。
「そんなひどい事...」
「ジョバンニ君、再び、いや三度、うーん、何度でも言うが、その星、その星の正しさがある。それをよその者が判断してはいけない。決して判断してはいけないのだ」
「けど、僕らと同じ人間の作った正しさですよね。そして、その人達、三角標の人達は死んでしまった」
「不幸な事故だったのかも知れない。彼らの中で、ほんの少ししかいないのにお互いが信用できなくなったのかもしれない。大元の原因は吾輩も分からない。結局技術的な問題が起こったようである。彼らの作った新しい遺伝子が彼ら自身を食べ尽くしてしまったようである」
「ラポさん。ジェシーさんはどうなるのでしょうか」
「料理の腕を磨く。そして、塔の中の人からジェシーの後を継ぐ者が送られて終わりになる。リーからジェシーに技術の全てが受け継がれたように」
「誰もが待っているんですか?スィフト嬢も、掃除の人達も、運転手さんも果樹園のカンパネルラに似た人達も」
「誰もが、待っている。そして、それで自分の勤めが終わる。自分の勤めを終わる時に全ての技術を引き継いでいく。それが彼らの最後で最高の喜びなのである」
「けれど、塔の人はいないのですよね。もし来たとしても、ジェシーさんを継ぐ人がいたらジェシーさんもリーさんのように。それはいけない絶対にいけない。誰も来なければいいのかもしれない。誰も来なければジェシーさんもずっと生きていられる。そうですよね」
「それは、ない。ジェシーにも寿命がある。寿命が決められているのだ。ジェシーは次の者を待ち続け、待ち続けて」
「そして、誰にも自分の技術も、自分も引き継げることがなくて死ぬ。そうなるのですね。そうだ、ラポさん。ジェシーさんをこの船に連れてきて、ジェシーさんにここで料理を作ってもらえばいい。勿論、最後の料理なんかいりません」
「ジョバンニ君、それは無理なんだ。彼らは自分の働いている場所から出ることはできない。そこから一歩でも出た途端に死んでしまう」
「スィフト嬢はあの建物から出られない?掃除の人達も建物から出られない?カンパネルラにそっくりな人達もあの果樹園から出られない?」
ラパはうなづいた。
「ジェシーさん、ジェシーさんも一生あの店から出られないのですね」
いつもならジョバンニの質問に嫌になるほど話しを返してくるラポであるが、今はジョバンニに話しに一つ一つ頷いているだけだった。
椅子の中に埋もれるように座ってジョバンニは頭を抱えてじっと考え込んだ。
ずっとずっとジョバンニは考え込んでいた。そんなジョバンニをラポはじっと見つめ続けていた。
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