第3話 レオニオスの街

 宇宙船で見た世界が広がっていた。


 ホコリ1つ落ちていない広々とした通りの真ん中にジョバンニは立っていた。ジョバンニの村が土と木の世界だとすれば、ここは真っ白い厚紙でつくった端正な模型の世界のようだった。

 いくつもの建物が通りの両脇に並んでいる。どの建物も三階建てくらいの高さで幅はジョバンニの家の3つ分くらい。正面はガラス張り。どの建物も同じだった。その全く同じ建物が、先の先まで並んでいる。神様がつくった白い紙と硝子の模型の世界。

「綺麗だ」

 ジョバンニはため息まじりにつぶやいた。

 こんな綺麗な世界にどんな人が住んでいるのだろう。ジョバンニはガラス張りの建物の中を覗いた。

 きっと、建物と同じくらい調和のとれた人たち、綺麗な服を着た人たちが、優雅に歩いているに違いない。

 しかしジョバンニが想像していた風景と全く違っていた。

 建物の中には1列に並んだ人たちがいた。

 そして、かけっこをするようにモップで床を拭き始めた。反対側の壁に向かって一斉にモップをかけながら走って行く。壁まで行くと、一斉に振り返り、今後はこちらに一斉にモップで床を拭きながら戻ってきた。誰も遅れることもなく、先走ることもない。そして、また一斉にクルリと背中を見せたとたんモップとともに駆けて行った。 

 それが何度も続いた。

 少し裏切られた気がしたジョバンニは、隣の建物まで走っていって中を覗いた。

 全く同じだった。1列に並んだ人たちが、同じ様に一心不乱にモップをかけている。

 もうひとつ隣の建物の中も同じだった。

 この街は今日休日なのかもしれない。この街は休みになれば、一生懸命に掃除をするのが習慣に違いない。

 そう思いつつ、まるで古い映写機で同じフィルムを何度も写しているような光景、単純に繰り返される人々の動きからジョバンニは目を離すことができなかった。


「ジョバンニくーん」

 ラポの声が聞こえジョバンニは、はっとして自分に帰った。

 ラポは、ずっと先にいる。ジョバンニが自分の声に気づいたとわかったラポはまた歩き始めたらしく背中がどんどん小さくなっていく。

 ジョバンニは慌てて走り始めた。

「ラポさーん。待ってください。待って下さーい」

 走りながらジョバンニは叫んだ。


 ラポは立ち止まってこちらを向いた。待ってくれているようだ。

 ジョバンニは、必死になってラポの前まで走っていた。

 ラポにやっと追いついても、息が切れて声がでない。

 

「ジョバンニ君も、疲れたようだな。確かに、この街を歩いていくのは時間がかかる。疲れる。食前の運動であったが、これはお腹に悪い。吾輩はいつも、今?いつだって?うーむ、また時間のいたずらに引っかるところだった。問題を整理しよう。ジョバンニ君が初めてきた街に興味を示してくれたことは吾輩の想いもかなったということで満足である。しかし、ジョバンニ君が興味をもって見学し、そして何かに気づき、深く考えること、それも重要であるが、そうそれこそが正しいのであるが、それだけに吾輩が固執するのは、本来の目的から遠ざかることになりかねない。いや、それ以上に吾輩のお腹が...」

「つまり」

 スィフト嬢から教わったラポとの会話術をジョバンニも使ってみた。

「つまり、これだ」

 ラポがつま先でとんとん歩道を叩いた。

 すると、そこから赤くて丸い円盤が2つ浮き上がってきた。

 ラポがその一つに乗ったとたんに、その円盤が小さく震え始めた。

「ほら、ジョバンニ君も早く乗り給え」

「これは何ですか?」

 ラポは何も言わずジョバンニの手を引っ張って円盤の上に乗せた。

「私の背中だけをずっと見てればいい。いや、違うな。私の背中をずっと見ていないといけない。慣れるまではね」

「慣れるまで?」

 

 ラポが円盤とともに飛んで行った。いや、ジョバンニにはそう見えるくらいに早く円盤と一緒にラポが離れて行ってしまったのだ。

 ジョバンニの乗った円盤が小さく震え始めた。そう思った瞬間に建物が一斉に後ろに飛んでいった。

「うわー」

 建物が後ろに飛んでいったのではなくて、ラポの円盤と同じ様にジョバンニの円盤も走り始めたのだった。

 吹き飛ばされると思いジョバンニは円盤の上にしゃがみ込んだ。しかし、まるで何かに包み込まれているように何の抵抗もない。

「コップの中にいる?」

 円盤の上にいるジョバンニを大きなコップが包み込んで一緒に動いているようだった。

 ただただ、周りの景色が後ろに流れているだけだった。

 ジョバンニはゆっくり立ち上がった。それでもなんの抵抗もない。

「ヒョー、ヒョー」

 思わず声が出た。学校の帰り道の坂道を、ギーギー悲しそうに悲鳴をあげる自転車で飛ばすより何倍も気持ちがいい。

「ヒョー、ヒョー」

 ジョバンニは自分でもなぜだか分からないが手を振り回した。

 ラポの背中が小さい点になって遠くに見える。慣れるまで自分の背中を見ていろとラポは言ったが、とてつもないスピードで進む円盤から見えるのは、自分の前をそれ以上のスピードで進んでいるラポしか見えない。それ以外は混じり合った色の景色が過ぎていくだけだった。

「ラポさーん。待ってくださーい」

 結局同じことばかり言っている自分にジョバンニは笑ってしまった。

「ラポさーん。待って下さーい」

 円盤がもっと早く走り始めた。ジョバンニの気持ちをこの円盤は察してくれるのだ。

「もっとラポさんの近くへ」

 そう思えば思うほどスピードがあがる。

 そして、小さかったラポの背中の点が、少し大きな円になり、背中の形になり、白いマントの形もはっきり見えてきた。

「いけない。ぶつかる」

 そう思った瞬間に円盤はピタリと止まった。急に止まったはずなのに、円盤から飛び出ることもなかった。

 目の前のラポが振り返った。

「さあ、ジョバンニ君。街は終わりだ」

 ラポの背中で先が見えない。

 ラポの横に行くと、確かに街が終わっていることがわかった。

 ジョバンニの目の前に今度は広々とした農園が広がっていた。

 農園の真ん中に道があった。街とは違った砂利道がずっと先まで続いている。その砂利道の両脇に農園が広がっていた。

 ずっと先には小高い山があった。その山の上には宇宙船でみた大きな三角標が立っていた。宇宙船で見たときに想像していた以上に大きな塔であった。山全体を土台にして、天まで届きそうな高さである。これだけ離れても巨大に見えるのだから、近くにいけば自分はアリくらいに小さくなってしまうのだろうとジョバンニは思った。

 ただ、三角標は輝いていなかった。宇宙船でみた三角標は銀色に輝いていたが、その三角標は緑の蔦で覆われていた。

 朽ち果てて壊れるのを蔦がなんとか食い止めている。

 そんな三角標だった。

 

 


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