第2話 スィフト嬢
ラポが「いざ、レオニオスへ」と叫んだとたんジョバンニの体は光に包まれた。ほんの一瞬目を閉じただけなのに、今はどこか知らない部屋の中に立っていた。
横にはラポがいた。宇宙船からレオニオス星に来たようだ。
「ここがレオニオス星?。どうやってここに?」と喉元まで出てきた言葉をジョバンニは我慢して飲み込んだ。
宇宙船で目覚めてからというもの、不思議なことばかり、疑問だらけ、ラポに質問したいことだらけだった。けれど、何が起こってもまずはじっくり観察する、自分の目で見て、自分なりに考えてみようと、いかにも説明したそうにジョバンニの顔を覗き込んでいるラポを見てジョバンニは決めた。
ここで質問するとラポの話しが長々続くに違いなく、それが面倒くさい。
四方から涼し気な風が吹いてきた。風がだんだん強くなりラポのコートが小さな音を立てて震え始めた。
「終了しました」
声が流れると風が止んだ。
「ジョバンニ君。我々の洗浄が済んだようだ。吾輩の体も心も一点の曇も汚れもないのであるから、こんな洗浄は必要がないのであるが、この星に来たらこの星の規則が全て正しい。これから、今?将来?ジョバンニ君も多くの星を訪れることになるであろう。そこで一番大切なのは、どんな不愉快なことであろうとも、その星の...」
ラポの話を遮るようにジョバンニの目の前の壁が左右に開いた。
「どうして」
ジョバンニは思わず叫んでしまった。
開いた扉に雪だるまがいた。
ジョバンニの村は冬になっても雪が降ることはない。しかし、何年かに一度これまで降らし忘れていた雪をまとめて地上に吐き出すような大雪に襲われる。二、三日ひたすら雪が降ったあとで、冬の乾いた太陽の日差しが昼過ぎまでに雪を溶かしてしまう。その雪解け前にどの家も争うように庭に雪だるまをつくる。大雪のあとの午前中、ジョバンニの村にはそれぞれの家が工夫して作った雪だるまが溢れるのだった。
ジョバンニも朝起きて雲ひとつない青空を見ると急いで庭にでて雪だるまを作った。それは熱心に作るのだが、他の家と違って一人で作らなくてはいけない上に、朝の牛乳配達があるので小さな雪だるまで時間切れだ。いつか大人になって家族ができたら、家族みんなで村一番のかっこいい雪だるまを作ると心に決めていた。
そのジョバンニが想像していた、かっこいい雪だるま、大きくて、頭に赤い帽子をかぶった雪だるまが目の前にあられた。
「これはこれはラポ様」
雪だるまが話しかけてきた!
丸い胴体が滑るようこちらにやってくる。
「おおー。スィフト嬢か。相変わらず、うっとりするような素晴らしい球形、いや体型であるな」
「ラポ様も、お元気そうで」
「女性の雪だるま?だから赤い帽子?」
雪だるまのくるくる回る黒い大きな目に ジョバンニは思わず手が出た。
「ジョバンニ君。失礼なことをしてはいけません」
「あら、こちらの方は、ラポ様のご子息様ですか」
「うむ。いくら万能の宇宙海賊ラポ・エルカーノ・バルバリアと言えど一人で子供は作れない。いや、この星ではそうとは言い切れないが。となるといつか?今?将来?、うーん、とにかくこの少年は我が友人ジョバンニ君である」
「そうですか、ジョバンニ様、レオニオス星にようこそ」
ジョバンニは小さく「はい」とだけ答えた。
「ラポ様、これからどちらへ」
「宇宙一おいしい料理を食べにいく」
「やはりレオニオス星にいらしたのはそのためですね。そうだと思いまして、スペースカーをご用意しております」
雪だるまの中からキーを持った手が伸びてきた。
「いや、ジョバンニ君にこの星を紹介しようと思っておる。紹介するのであるからスペースカーで一気にこの素晴らしい星の上を飛んでいくのは正しくない。確かに食事のあとでこの星を見ることはできるが、食事を一層味わうためにも、そう、食前酒なんぬ、食前見学としてお腹の前に心を少し満たしておくのが...」
「つまり?」
「つまり、我々は歩いていく」
このスィフト嬢もラポが話し始めると長くなることを知っていると分かり、ジョバンニは笑ってしまった。
「それはお止めになられた方が」
「なぜ?この星ほど安全で、静かで、調和に満ち溢れた星はないであろう。それをジョバンニ君にも感じてもらい。それが正しい、実に正しい。であるが?」
雪だるまの黒い目が左右に小刻みに揺れ動いた。
ラポは腰をかがめて、雪だるまの小刻みに揺れる目に顔を近づけた。
スィフト嬢の目玉がラポの視線を避けるように上下に動いた。
すくりと立ち上がると、ラポはスィフト嬢の手に自分の手を重ねた。
「心配するなスィフト嬢。遠い世界からやってきた客に万が一のことがあってはならないという配慮は心から感謝する。それに、他にもいろいろ吾輩に言いたいことがあるのであるな。だが、言葉にすることに苦痛を感じている。何も言うな。スィフト嬢の心を吾輩は全て受け止めた」
スィフト嬢の目玉の揺れが止まった。
「さあ、吾輩とジョバンニ君をこの星一番の美しい街に届けてくれたまえ」
「了解しました」
スィフト嬢がそう言うと、足元から現れた光がジョバンニの体を静かに包み込んでいった。
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