最後の料理
nobuotto
第1話 宇宙海賊ラポ
ラポはベットに横たわっているジョバンニの顔を何度も覗き込んでいた。大きなベットの中の小さな少年は静かな寝息を立てている。その寝息を確認するように覗き込んでは部屋の中を思案げにラポは歩き回った。
天井はガラス張りで果てしない宇宙が広がっている。もう遠くに消え去った銀河鉄道の方角を眺めてはジョバンニを覗き込んでラポは部屋を歩き回る。そんな事をもう何時間も繰り返していた。
「正しくあれ。正しくあれ」
考え込んではラポはこうつぶやき続けていた。
何時間も難しそうな顔で、少年の寝顔を見てはつぶやき続けていたラポが突然笑顔になった。ラポの心の中に新しい”何か”がやっと芽生えて、ラポの頭が”それでいい”と答えてくれたのだった。
ラポはジョバンニの肩を強く揺すった。
ジョバンニが目覚めた。
目の前には大写しになったラポの顔があった。
ジョバンニが驚いて大声をあげると、その声にラポも驚いて後ずさりした。
ジョバンニの目の前には見上げるほど背が高く、肩までかかる茶色の髪をした真っ白なコートに身を包んだ男が立っていた。
そして、その男の肩越しに見える天井の先には宇宙が広がっていた。
「あ、あの。あなたは…」
ケンタウルスの祭の夜から始まった不思議な旅がまだ続いているのかもしれない。
「吾輩は、宇宙海賊ラポ・エルカーノ・バルバリア。正義と平和を愛する海賊である」
両手を一杯に広げてラポが言った。
「ラポ・エル、エルカ、エルカ…」
それから先はなんでしたっけという言葉がジョバンニの顔に浮かんでいる。
「だから、吾輩は宇宙海賊ラポ・エルカーノ・バルバリア。正義と平和を愛する海賊である」
「ラポ・エル、エルカ、エルカ…」
「うーん。君の世界では、一生聞くこともなく、だから口に出すこともない音の並びであるな。吾輩の名前は君にとって苦痛以外の何者でもないということはわかった。しかし、もっと重要なことは、吾輩の名前を正式に言えるかどうかは、吾輩と君の友情においてさして問題ではない、ということだ。だからラポ、ラポと君は吾輩を呼んでくれたまえ」
「ああ、はい、じゃあラポ…さん。ここはどこでしょうか」
ラポはジョバンニが握っている紙を指差した。ジョバンニが握っていたのは銀河鉄道の車掌にみせた十字架が書かれた唐草模様の紙であった。
「切符。切符。君はそれを持っていた。だからここにいる」
銀河鉄道でも急に現れた不思議な紙だった。その紙が、また自分の運命でも変えようとしているのだろうか。
ラポは切符を静かに取り上げ、ジョバンニの上着のポケットにしまい込んだ。
「さあ、君はずっとここで寝ていた。眠りから目覚めた君の頭の中は疑問で一杯になっているのであろう。しかしだ。疑問で一杯の頭の中より、空っぽのお腹の方が問題である。そのベットを降りて私について来たまえ」
ドアに向かってラポは歩いていく。有無も言わせないラポの言葉にひきずられようにジョバンニもラポについて部屋を出た。
部屋を出るとそこには長い廊下があった。ラポは廊下をスタスタと歩いて行く。ジョバンニも早足で追いかけて行った。廊下の先は暗くて見えないがラポの歩みに合わせて天井の光が伸びていくのだった。
廊下の両側に扉が並んでいた。どの扉も茶色で小さな窓がついている。
ジョバンニが3つめの扉を通り過ぎようとした時にその小さな窓から光が飛び出してきた。ジョバンニは思わずその扉の前に立ち止まった。小さな窓から出た光は眩しいくらいに強くなり、そして消えていった。
扉の前に立ち止まっているジョバンニを見てラポが戻ってきた。
「ラ、ラポさん、この部屋にどなたかいるのですか。窓から光が、まるで部屋の中で何か爆発したような凄い光が。中の人は大丈夫なのでしょうか」
ジョバンニの背の高さでは小窓に届かない。何が起こったか小窓から部屋の中を覗きたくてつま先立ちしても小窓に手が届くのがやっとであった。
ラポが小さな窓から部屋の中を覗き込んだ。
「君は実に優しい心の持ち主であるな。しかし、優しさは弱さを生む温床にもなりかねない。うーむ。それが君のこれからにどう影響していくのか」
ラポは腕組みをして考え込んでいる。
「ラポさん。だから部屋の中で何かが起こってしまって、中の人もそれに巻き込まれて...」
「おっ、それが君の質問だったな。この部屋には吾輩の父がいる。面倒な事に巻き込まれたようであるが、まあ、当分は大丈夫だろう」
ラポがまた早足で歩き始めた。ジョバンニも急いであとをついていった。
「ラポさん。この部屋にはお父さんがいるのですか」
ジョバンニはラポの背中に呼びかけた。
振り返ることなく歩きながら答えるラポの言葉が、廊下の壁に反響してジョバンニに返ってくる。
「いると言えばいるし、いないと言えばいない。さっき光った扉が父。その横が母。そのまた隣の扉は兄である。吾輩とは違って実に性格の悪い兄である。本来父の跡を継ぐべきは兄であった。しかし、兄は正しくなかった。吾輩より才能はあったが正しくなかった。我が一族で一番必要とされる素質が彼にはなかったのである」
扉が並ぶ通路が延々と続いていた。銀河鉄道がそのままここで走れるのではないかとさえジョバンニは思えるのであった。
「その横が妹である。彼女は我が一族で最も心が美しく容姿も申し分ない。今は吾輩の良き友であり、時には手強いライバルともなるホウンド・サーペント卿の妻となっている。それから、君が通り過ぎた扉は私の祖父のそのまた祖父である」
ラポは振り返ることもなく話している。自分が通り過ぎた扉がラポには見えるのかとジョバンニは驚いたが、ずっと扉の前を歩いているだけなのだから、どの扉の話をしてもそれが本当かどうかはジョバンニは分からない。きっと適当に話しているのに違いない。
「みなさん、ここに住んでいるのですか」
「住んでいると言えば、住んでいるし、住んでいないと言えば住んでいない。扉の向こうには必ず部屋があるというのは、君の世界の話で、君もいずれ?いつ?、扉はここでない世界への入り口であり、出口でもあることが、わかることになるであろう。それがいつ?今?将来?。うーむ、だから時間を考えると気が重くなる」
ラポは歩き続け、話し続けた。沢山の登場人物が語られたが、ジョバンニはラポを追いかけるに精一杯でどの登場人物もジョバンニの後ろに流れて消えていくだけだった。
廊下の突き当りの部屋にラポが入っていった。やっと廊下の旅も終わったようである。
ジョバンニも部屋に入っていった。この部屋の天井も硝子ばりだった。天井の絵柄のように宇宙が広がっていた。ジョバンニの学校の教室を4つ合わせたくらに広い部屋であった。部屋の壁はなめならかカーブを描いて繋がっていた。そしてその壁一面に半球の大きなレンズが並んでいた。
カムパネルラの家で一緒に見た図鑑に載っていた絵を思い出した。
「トンボの複眼だ」
一体いくつあるかわからないほどのトンボの目玉が壁一面にあってそれが、一斉に自分をみている。ジョバンニは、胃の底が熱くなった。けれど、よく見ると、どの半球にも何かが映し出されているようである。ジョバンニを見つめているのでなく、ジョバンニに何かを見てほしいと一斉に語りかけているのだった。
「さて、ここが我が室、船長室である」
ラポが部屋の真ん中の椅子に座っていた。ラポがトントンと足踏みすると床から椅子が浮き上がってきて、ラポの横に移動した。
ラポがここに座れと手招きする。
ジョバンニが椅子に座るのを見るとラポは満足そうにうなづき、
「さーて、ご覧あれ、本日のディナーは」と言って壁の半球をひとつ指さした。するとその半球から映像が映し出された。
そこには、町が写っていた。いや、ジョバンニは町だと思った。道がある。建物がある。自分の町とは比べ物にならないほど大きい建物が並んでいて広い道が交差している。空中には何かが飛んでいる。町の向こうには小高い丘がありそこに塔が立っていた。銀河鉄道でみた三角標の親玉のような巨大な塔であった。
「本日のディナーはこのレオニオスである」
「レオニオス?」
「そう、レオ二オス。今の宇宙で、今?昔?いつ?とにかく宇宙一美味しいディナーが堪能できる星だ。目指すはここだジョバンニ君」
自分の名前が急に呼ばれてジョバンニはびくっとしてしまった。
「ラポさん。どうして名前、僕の名前を・・・」
「ジョバンニ君の頭の中は質問は一杯なのに、そこにまた疑問の種を蒔いてしまったようだな。だが、問題は一杯になった頭でなく、空っぽの君のお腹なのである」
ラポは強く床を数回踏み鳴らした。すると船が激しく揺れた。
天井の向こうの星が一斉に流れ始めた。星が流れていくのではなかった。宇宙船がもの凄いスピードで飛び始めたのだった。
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