第3話 代官屋敷


 代官屋敷は村人達でごったがえしていた。一人づつ代官所に入っていって、金銀財宝の話しを代官にするのである。

 順番待ちの浦島と角兵衛に、代官と思われる罵声が板戸向こうの代官所から聞こえて来る。

「それは酔っ払った時にみた夢だろう。バカモンさっさと帰れ」

「その話しは聞き飽きた。お前達皆が知っている話しなぞ、秘密であるわけがないであろう」

 代官にどなられて「くそ代官」「強欲代官」と口々に悪態をつきながら出てくる村人達であった。

 浦島と角兵衛の番が回ってきた。代官所庭の御座に座らされる。

 見あげるとそこには代官がいた。眉が太い割には目が小さく、鼻の下一杯のヒゲの割には口が小さいせいか、遠目からだと口が見えない。偉そうに二人を壇上から見下ろしていた。二人を見るなり代官は言った。

「爺か。もういい。帰れ」

「ヒゲが喋った」と浦島は喜んでいる。

 しかし、二人を見るなり帰れといった代官の言葉に腹が立ったのか、浦島は代官にも聞こえるような大きな声で角兵衛に言った。

「やめた。やめた。こんな奴にお宝の隠し場所を教えてやるこたあない。角兵衛。帰ろ帰ろ」

 外で聞いていた村人達も「そうだ、そうだ。こんな馬鹿代官に教えてやるこたあない」と大合唱した。代官は朝から村人の話を延々聞いてきた疲れもあったせいか、売り言葉に買い言葉で「おのれ、このくそ爺。生意気な奴。爺と言えど、代官に逆らう輩はここで叩き切ってやる」と刀の柄に手をかけた。

「やれるものなら、やってみろ」と浦島も強がりを言う。

 怒り心頭に達し刀を代官が抜こうとした時、「父上、それはいけません」という声が部屋の奥から聞こえた。そして艶やかな着物をきた少女が走りよってきて刀を抜こうとした代官の手を止めた。

「姫はだまっておれ。こんな生意気な爺なんぞ、ここで叩きってやる」

「なりませね」そう言って、姫は代官を突き倒した。

 代官は「あれ~」と叫んで浦島と角兵衛のところまで転がり落ちてきた。

 浦島の隣に落ちてきた代官は、きまずそうに身を正し浦島に言った。

「ひ、姫がそこまでいうのであれば、お主を許してやろう」

 角兵衛が浦島に耳打ちする。

「菊姫は、おてんばで有名みたいです。代官は姫が可愛くて可愛くてしょうがないそうでして。また黙っていればそれは美人と村人達は言ってました」

 確かに色白で、薄くきりりとした淡赤の唇。鼻筋は通り、目はその気の強さをあらわすように大きく輝いている。将来乙姫に匹敵するほどの美人になりそうなお姫様である

「さっさと話して。さっさと帰れ」

 横で代官が不機嫌そうに言った。

 姫に見惚れていた浦島は我に帰り、そして唐突に歌い始めた。

「麗しの、乙姫様のお生まれは、天にも届く姫ケ丘。天女も降りる姫ケ丘。祠の中から天女の土産が湧いてくる。ザクザクザクザク湧いてくる。乙姫バンザイ、乙姫バンザイ」

 すると、玉手箱がカタカタ鳴りだし宙に浮かぶと、箱の中から一枚の小判が転がり出てきた。これを見た代官は、これは本物に違いないと思ったのか、浦島と角兵衛を代官の部屋に連れて行った。代官の部屋でまた歌を歌わされた。浦島が歌うと玉手箱はカタカタ鳴りだしたが、今度はそれで終わってしまった。その後何度歌っても玉手箱には何も起こらなかった。玉出箱はこれでお役御免となったようである。

「父上、この歌が正しいとすればあの姫ケ丘の頂上が財宝のありかに違いありません」

「うむ。しかし、それは厄介なことになった。姫ケ丘に入ったものは、二度とは帰ってこないという話しだ。山は悪霊の住処だと言う。私は行きとうない。怖い」

「そうだ、そうだ、そりゃ怖い」と浦島が言う。

「何をおっしゃる父上。楽して財宝など手に入るわけはありませぬ」

「そうだ、そうだ、それがわからぬ奴がいるから困る」と角兵衛が言った。

「だがのう姫。財宝は欲しいが、無事に帰ってこれるかのお」

 菊姫は決心つきかねている代官の手を取り

「父上、私もご一緒します。私ととも金銀財宝を見つけましょう。この山中の屋敷にじっと篭っているのは、もう飽き飽き。ねっ。ねっ」

 そう言って代官が痛がるほどに強く握りしめた。

 大きな目を輝かせつつ、容赦なく代官に迫っている菊姫を見ると、乙姫の小さい頃もこうだったに違いないと思う角兵衛であった。

「ところでお主の名前はなんという」

「浦島、浦島太郎である」

 浦島は偉そうに言った。

「うむどこかで聞いたことがあるよう気がするが。まあよい。ということでな、明朝早速に姫ケ丘へ向かうことにする。浦島らもついてこい。よいな」

「いや、怖い。無理」と言う浦島の声をかき消すように「ありがとうございます」と角兵衛は大きな声で答え頭を下げるのであった。


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