第4話 姫ケ丘裾野


あくる朝早くから、代官一行と浦島、角兵衛は姫ケ丘頂上を目指して旅立った。

 代官と菊姫が大きな駕籠に乗っているのに、自分は板っぱりに座らされていると浦島はブツブツ文句を行っているが、角兵衛は聞かぬふりをしている。

 姫ヶ岳の麓にいくまでの森は深く、森を抜けるまでに何日もかかった。代官も家来も悪霊の出現を恐れていたが何も起こらなかった。単なる伝説だったようである。

 そうと分かると代官は急に元気になって「皆の者、宝はすぐそこじゃあ。褒美はたんととらすぞ」と家来をせきたてて進んで行くのであった。

 浦島は「角兵衛、角兵衛。腰が痛ーい。肩が凝る。飯がまずーい」と旅の途中も愚痴をこぼし続けた。その都度「だからさあ、竜宮に帰りましょうよ」と角兵衛が誘っても「やーだよー」と浦島は言うばかりである

 奥深い山を抜けると姫ケ丘の裾野に出た。そこには澄んだ緑青色の水に満たされた池とお花畑が広がっていた。目の前に姫ケ丘が高々と聳え立っている。

 海の底に負けない美しく穏やかな場所があるものだと角兵衛が見とれていると姫ヶ岳の方から「カークーべエー」という声が聞こえてきた。生々しい空耳に冷や汗をかく角兵衛であった。

 一行はこの池の周りで宿泊することにした。真夜中になり全員が寝静まったころ角兵衛は起き出してきた。乙姫の「血祭りにあげなさい」という容赦ない指令を実行する時がきたのであった。

 角兵衛は、亀の姿に戻り星空へ飛んでいく。そして上空でくるくると回転し始めた。体全体が輝き始める。回転が早くなるにつれて角兵衛の輝きも増していった。角兵衛の放つ光は真昼のような明るさを生み出した。家来達は何が起こったのかと真夜中の太陽を眩しそうに見上げていた。表の騒がしさに代官も菊姫も浦島も仮小屋からでてきた。

「こりゃあ、凄い。日本中の線香花火が集まってきたようじゃ」

「線香花火…。まあこいつは相手にせず、血祭り…は嫌だから火祭りくらいで仕事を済ますか」

 角兵衛は全員が出てきたのをみて火の玉を降らした。自分達に急に降り注いできた火の玉に、皆てんやわんやで逃げ惑っていた。

 しかし、浦島をみると

「あいや、線香花火から本物の花火がでてきよった。地より天、天より地に降る花火かな。よーい、よい。いや見事」

 とはしゃいでいる。相も変わらぬ能天気ぶりであった。浦島を避けて火の玉を放っていた角兵衛は、この際少し懲らしめようと浦島めがけて火の玉を放った。

 しかし、年の割には身軽に「あらよ、ほいほい」とよけてしまう。投げつける火の玉を早くする。しかし、浦島はひょいひょいとうまく逃げる。角兵衛はだんだん腹が立ってきた。思わずむきになった角兵衛は、数え切れない火の玉を一斉に浦島に投げ放った。

「ひゃあー」

 雨あられと火の玉が襲いかかってきた。さすがに一斉に降りかかる火の玉では浦島も呆然と見ているしかなかった。

「これはやりすぎた。乙姫様から火の玉の100倍の雷がおちる」

 火の玉が浦島に降りかかろうとした時、菊姫が浦島の前に飛び出してきた。そして羽織っていた衣で降りかかってきた火の玉を次々と弾き飛ばしていく。代官は菊姫に後ろに隠れていた。菊姫の後に隠れて逃げ続けていたらしい。

 角兵衛は浦島が無事だったのをみて安心したのか、体中の力が抜けて地上に落ちてしまった。

 朝になると、昨晩の出来事は姫ヶ岳の呪いだといって家来たちはみな逃げ去ってしまい、残ったのは代官と菊姫と浦島と角兵衛だけとなった。もうひとつの指令も達成だと思った角兵衛であったが、それでも菊姫は絶対に姫ヶ岳へ行くという。

 菊姫に強く説得されて代官も浦島もしぶしぶ一緒に行くことになった。目論見が失敗に終わった上に、家来の代わりに浦島を背負って山に登ることになった角兵衛は、いっそのこと谷底に浦島を落とそうと途中何度も思ったが、その都度に乙姫の怒りの顔が浮かんでくるので思いとどまった。そして「いけーいけー角兵衛」という背中の浦島の声を聞きつつ姫ヶ岳頂上に登って行った。


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