ハローボット

nobuotto

第1話

「そうですか、仕事はありませんか」

 ロボットなのに何か寂しげな目をして自分を見つめるジョーイに、京子は済まなそうに答えた。

「不景気のせいもあって求ロボ数がこのところ少ないの。今直ぐにご紹介できる仕事はないけど、不景気のおかげって言うのかしら、どの会社も最新のロボットを雇う余裕もなくて、あなたのような...」

「旧式の時代遅れのロボット、ですね」

「あっ。御免なさい。そう言う意味じゃなくて、あなたのような、これまで問題なく働いてきた実績のあるロボットの求ロボは増えてきてはいるの。だから、大丈夫だかから、もう少し待ってくれますか」

「残り時間は10日と5時間23分ですから、待つことはできます」

「他の地区のハローボットにもジョーイさんの書類は転送しました。残り時間もあまりないですね。書類を転送したハローボットに確認してみます。明日も来てくださいますか。できることを毎日やってみましょう」

「はい、分かりました。宜しくお願いします」

 ジョーイは席を立ち、ゆっくりした足取りでフロアーを出て行った。


 隣の席にいる先輩エージェントの黒木が話しかけてきた。

「古いタイプすぎて流石に再就職先ないでしょ」

「難しいことは確かですが、まだ十年は働けますし」

「あと十年も経ったら、ほんとポンコツでしょ。もう解体されたほうがいいわよ。ぎりぎりまで希望を持たすより、さっさと解体を勧めた方がいいんじゃない。まあロボットが希望を持つこともないでしょうけど」

 不愉快が一杯に出ている顔を先輩に見られないように京子は席を立った。

 

 京子は短大卒業後にロボット再就職斡旋会社「ハローボット」に就職した。長年人間に尽くしていたロボットが古くなったからと直ぐに廃棄される現状をどうにかしたいというのが動機だった。

 誰もが子供の頃から家事ロボットと一緒に生活をしている。京子も物心がついた時から家事ロボットジェシーと暮らしていた。仕事であまり家にいることのない両親の代わりにジェシーがいつも京子の隣にいた。

 京子の気持ちの中ではジェシーは「お姉さん」、年の離れたお姉さんだった。姉妹なのだから、いつまでも一緒にいるものだと京子は思っていた。

 しかし、ある日、学校から帰るとジェシーはいなくなっていた。

「なんでジェシーいないの」という京子の質問に父は当たり前のように答えた。

「最新型が安く買えたから待機処分にした。もうすぐ来るから。楽しみだね新しいロボット。名前は京子が決めていいよ」

 京子は父を泣きながら叩いて、部屋に戻ってもずっと泣いていた。新しいロボットが来てもずっと無視していた。ジェシーよりもテキパキして、どんな質問に答えられて、何よりもスタイルがかっこよかった。それでもずっと無視した。けれど、自分を無視する京子を悲しそうに見ているロボットに気が付いた時、ジェシーとは違う名前「ジェシカ」を京子はつけてあげた。大好きなアニメの主人公の名前だった。それから短大を卒業するまで京子はジェシカと一緒に暮らした。


 翌日にジョーイは来なかった。次の日も、そのまた次の日も。一週間が過ぎても来なかった。ジョーイの就職先はまだ見つかっていない。今度ジョーイが来たらジョーイを連れて売り込みに行こうと京子は心に決めていたのに、そのジョーイがずっとこなかった。

 他のハローボットに行って廃棄処分を進められて承諾してしまったのではないだろうか。

 最終判断はロボット自身が行うことに法律で決められているので、京子が口出しすることはできない。

「ジョーイさん、他地区のハローボットで勤め先が決まったんでしょうか。私、様子を見に行こうかと思ってるんですが」

 黒木が呆れ顔で言う。

「十分なアフターサービスが我が社のモットーです。って、それは紹介依頼者に言うことで、中古ロボットに言うことじゃないのよ。もう廃棄処分に決めて業者が来るのを待っているんじゃないの」

 やはり、この先輩に相談したことが間違いだったと京子は思った。しかし、ハローボットにやってくるロボットに適切な再就職先を見つける、そのために誰よりも熱心に仕事をしているは黒木である。新卒でハローボットにきた時から、黒木は京子の目標だった。

「考え方、考え方が違うのよ。黒木さんは斡旋の仕事のプロに徹している。それはそれでいい。そう思わないと」

 京子は、ふくれっ面を黒木に見せないように俯いた。

「ああー、あんたはどうしていつも私をイライラさせるの。企業はダメでも、家事ロボットなら、どこかあるかもよ。けど、それはここの管轄じゃないからね。生活センターの知り合いに聞いたら、中古の家事ロボットの紹介依頼増えてんだって。ほんと不景気は陰気で嫌ね」

「そうなんですね。そうかそのルートがありますね。ありがとうございます。他地区のハローボットと一緒に生活センターにもジョーイの書類転送してみます。本当にありがとうございます」

 黒木さんもやっぱりジョーイが気になっていた。それが京子には一番嬉しかった。


 翌日午後半休をとって京子はジョーイの様子を見に行った。

 ジョーイの待機マンションは、自由が丘駅からバスで十分ほどの広い公園の横に立っていた。待機マンションには、ジョーイのように次の雇い主が決まるまで消費電力を落としたロボットが並んでいる。待機マンションにいる二年の間に、雇い主が決まらないと廃棄処分になる。

 ジョーイの格納ボックスに行ってみるとそこは、空っぽであった。

 京子が管理人室に行くと白髪の体格の良いおじさんが出てきた。


「ああ、あのロボット。次の仕事が決まって出ていったよ」

「そうですか。それはよかった」

 他地区のハローボットで再就職先が見つかったらしい。京子はホッとした。自分は紹介できなかったのだから合わせる顔もないが、ジョーイがどこでどんな仕事をしているか、今度はそれが気になった。

「ジョーイさんの再就職先聞いていらっしゃいますか。担当したハローボットは違うのですが、私もこれまで何度かジョーイさんとお会いしていましたので」

「お嬢さん、親切なんだねえ。どんな働きぶりか気になるってことだね。それがね、会社に再就職したんじゃないようだよ。4、5日前くらいかなあ、綺麗な女性が来て、そのまま一緒に行っちゃってね」

「綺麗な女性?どこかの企業の方ですか?」

「さあ。ロボット管理局の移動許可書だけ見せられて、今すぐ連れて行きますからって」

「その女性と連絡を取ることは?」

「連絡先は分からないけど、ここらでたまに見る人だったな。住所は知らないなあ」

「そうですか」

 京子は嫌な予感がした。中古ロボットを闇で売りさばいたり、分解して部品だけを転売している裏組織が最近ニュースに流れていた。法的に廃棄されること結局は同じかもしれないが、ロボットの承諾なしに待機ロボットが不法に破壊される、そう破壊されることは許せない。ジョーイも運悪くそうした組織に目をつけられてしまったのではないか。もし、そうだとしたら再就職先を探してあげられなかった自分の責任だ。京子はどうすればいいか分からなかった。とにかく早く帰って黒木に相談しようと思った。


「あれ、あんた運がいいよ。ほらあそこを歩いている人だよ。今話した、綺麗な女性」

 管理人が反対側の通りを指差した。

 上品で清楚な感じの女性が歩いている。

 京子はその女性を追いかけた。

「すみませーん」

 大声で声をかけるとその女性は立ち止まり振り返った。怪訝そうに京子を見ている。

 京子は女性に名刺を渡し、会社のアフターサービスのため是非とも会わせてほしいとお願いした。最初は戸惑っていた女性も、名刺を見ると快く承諾してくれ、明日でも来てくださいと住所を書いた紙を京子に渡した。


 次の日京子は駅から少し離れた閑静な住宅街にある家を訪れた。

 門のベルを押すと、高校生くらいの女の子が玄関から出てきた。

「私は明子と言います。ジョーイに会いにきたんですよね。母から聞いてました」

 ショートカットの活発そうな女の子だった。

「二人はあっちにいるから」

 明子は京子を裏庭に連れて行った。

 裏庭にいくと、庭に敷いたゴザに座ってジョーイと初老の男性が将棋を打っていた。

「ジョーイと一緒にいるのが私のお爺ちゃん。オジイちゃーん」

 声を掛けても、盤面を睨んだままである。

「お爺ちゃん耳が遠いの。というか、今は将棋に夢中で周りが見えないのよね」

 初老の男が頭を下げた。

 そして、ジョーイの顔めがけて手を伸ばした。

 何が起こっているのか京子は分からなかった。不思議そうに見ていた京子に気づいた明子は、「今のシーンを説明しますとね」と言って微笑んだ。

「お爺ちゃんが、頭を下げたということは将棋に負けたから。これで5勝10敗かな」

「5勝って。ジョーイが負けたっていうことですか」

「そう。ロボットなのにね。ここに来てお爺ちゃんが将棋を教えてあげて、最初はお爺ちゃんの連勝だったのよ。まあ、これからジョーイが連勝ね」

 なるほどと思った。ジョーイが学習すれば強くなる。けれどジョーイは古いタイプなので、学習能力も今のロボットに比べれば格段に低い。

「まだ、オジイちゃん勝てると思います。きっと」

「そうなの。それから、さっきお爺ちゃんが手を伸ばしたでしょ。それは”ガチョーン”ってやってるの」

「ガチョーン?」

「そう谷啓って人が昔やってたんですって。昭和、昭和の話よ。もう何十年も前。古すぎてついていけない。お姉さんも知らないでしょう」

「はい、私も」

「けど、ジョーイは知ってるの。おじいちゃが”ガチョーン”ってやるとジョーイが必ず”谷啓ですね”って答えるのよ。お爺ちゃんそれが嬉しくてたまらないんだって」

 ジョーイのデータベースが古いから分かるのだと京子は納得した。

「それで明子さん。ジョーイは、どうしてこの家に来たのでしょうか」

「なんか、おじいちゃんが、町で迷っている時にジョーイが家まで連れて来てくれたんだって。その途中で”ガチョーン”をやったのかなあ。ジョーイと帰ってきたお爺ちゃんが、このロボットと気が会うからって、ママに頼んで雇うことにして、それから家にいるの。うちに家事ロボットいるのに、お爺ちゃんの遊び相手のロボットなんてダメって父さんも言ってたんだけど、許してくれないなら、俺がこのロボットと一緒に家を出て行くってダダこねて。それで決まり。いつも二人一緒なんだけど、二人の会話、昭和過ぎて私全然わからない」

 祖父に対して「ダダこねて」と言う明子に京子は思わず笑ってしまった。

「もう全くこっちに気づかない、ほんと二人ともボケなんだから。今呼んでくるね」

「いえ、私はこれで十分ですので」

「そう。けどジョーイに会わなくていいの。お姉さん、お仕事なんでしょ」

「はい。でも、これで結構です。帰りましたら、お母様にもお礼の電話させていただきます」

「お姉さん、また来る?」

「いえ。私の仕事は終わりました。本当にありがとうございました」


 京子は門から出てもう一度ジョーイが住むことになった家を眺めてみた。

 住んでいる人の暖かさが伝わってくるような家だと思った。

「あと十年、いえ、二十年、ジョーイもおじちゃんも幸せでありますように」

 小さく手を合わせ、黒木さんにジョーイの新しい家を話してあげなくちゃと、京子は駆け足でバス停に走っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ハローボット nobuotto @nobuotto

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る