6話 ヴォールカシヤ遺跡(4)

 水辺にあった乾いた岩の上に腰かけて、雪路はイライナたちに語った。

 自分が異世界の人間であることから、アデルに話したことを、殆ど正直に、である。

 つまり。


「僕は異世界から来た、お前たちがアポストロと同じ存在、というワケ。まあ、細かくはかなり違うし、そもそもあいつらと一緒にされたくないけれどね」

 あっさりと自分の正体を雪路は暴露した。


 話を聞いていたイライナの空いた口が塞がらない。

 気持ちは分かる。

 アデルは内心、イライナに同情する。突然異世界とか言われてもワケが分からない。アポストロの仲間だと言われれば、更に混乱する。

 ただ、アデルは若干驚いてもいた。雪路にとって、自分がこの世界で敵と見なされているアポストロの一員であることは、あまり重要視すべきことではないらしい。


「待て、待ってくれ」

 イライナは首を横に振り、それから頭を抱えて数秒。深くため息を吐いて、顔を上げた。

「異世界の人間という事は、百歩譲って信じよう。貴様の持っている、そのポシェットは、どう考えても我々にとってはオーバーテクノロジーだ。だがな、いきなり貴様がアポストロだ、と言われても、そこはさすがに信じられん」

「君達が殺せなかったアポストロを、出来損ないとはいえ僕が殺したことは、証拠には十分じゃない?」

「もしかしたら、どこかの少数部族が、アポストロの殺し方を秘匿していた、という可能性はあり得るだろう。奴らは我々の事を嫌っているからな」

「ふぅん、やっぱり一枚岩じゃないんだ、この世界の人間も」

 雪路は小さく首を傾げ、悩む仕草を取った。


「ああ、けど、先輩」

 雪路が話を振ったのは、イライナの部下だという、いかにも軽薄そうな青年―――ジークハルトである。因みに彼は、アデルが居住区にて奪った車の運転手だ。始末書をたっぷりと欠かされた後、イライナに引きずられてアデルたちを追って来たらしい。

 後から、車を奪ったことは謝らなければなるまい。

「先輩?」

 イライナがジークハルトを睨みつけた。ルディは震え上がって、愛想笑いを慌てて浮かべる。


「あ、ああ、すんません、イライナ様。彼、雪路くん。背中から真っ黒な翼を出したところ、オレ、見ましたよ」

「は?」

 イライナが目を丸くする。


 アデルもまた、目を丸くして、雪路を見た。

 雪路が背中から翼を生やした姿を、アデルは一度だけ見た。

 あれは確か、彼がアポストロであるという証拠だ。そして、ある程度までは任意で出せる翼でもあるという。

 つまり。

 わざと、雪路はジークハルトに翼を見せた、ということだ。


「滅茶苦茶恰好良かったッス!水の中から助けてくれた後、疲れたとか言ってしばらく動けないほど衰弱していたけど!そこは滅茶苦茶恰好悪かったけど!」

 そして、おそらくかなり単純な性格であるらしいジークハルトは、目を輝かせて拳を握った。


「おい、何を馬鹿な事を言っているんだ。アポストロだぞ、アポストロ!人類の敵!この間だって私たちがいた第四十三居住区の十分の一を焼き尽くしたばかりだろう!」

「けど、やったのは雪路君じゃないですし」

「いや、それはそうだが!」

「一応命の恩人なんスけど。雪路君が助けてくれなかったら、オレは今頃、水の底で死んでいました」

「……ああ、もう……!」

 イライナは唸り声を上げて、雪路をきっと睨んだ。


「なぜ人間をわざわざ助けた?」

「別に助けたつもりはないよ」

 雪路は薄く笑った。

「ただの嫌がらせだ」

 その言葉が一体何を意味するのか。イライナやアデルは分からずに、雪路の表情を見るばかりだ。ただ一人、ジークハルトだけが気まずそうに視線を地面へと落とす。

 雪路が指を鳴らす。たったそれだけの動作で、アデルたちは正気に戻されたような気がした。


「で、本題に戻るけど」

 実際、話が逸れ始めていたのを、雪路は戻したに過ぎないのだろう。

 だが。

「アポストロの殺し方、知りたいの?知りたくないの?どっち」

 イライナの警戒の色が濃くなった。当然だ。

 彼女が素直にジークハルトの話を信じるのならば、雪路はアポストロである。アポストロがアポストロの殺し方を教えるという。同胞を殺す方法を教えるという。聞こえは最悪。警戒するには十分すぎる要素だ。


「まあ、それを知ったところで、お前らは多分、今の状態では成功しないと思うけど」

 雪路はとんでもない言葉を口にした。

「へ?」

「は?」

 今度、驚いたのはイライナとジークハルトだ。

 一方のアデルは、

「それは、アポストロの防護壁とやらを破る術を、人間が持たないから、という話か?」

覚えがあったので、口に出して尋ねた。

「そう、そう」

 雪路は笑いながら頷いた。


「アポストロに攻撃が通らないのはね、奴ら周りに見えない防護服のような膜を纏っているからなんだよ。防護壁、とでも呼んでおこうか。まあ、実際にはマナで作った結界なのだけれど。ピンとこないだろう、結界という単語は」

「はあ?結界……とは……?神殿とかで、これ以上は神域だから入るな、という領域……のようなものか?」

 イライナは難しそうに眉を顰めた。雪路は小さく頷く。


「認識としては間違っていないかな。混乱するだろうから、詳しくは説明しないけど。まあ、だから、えっとね。その防護壁を破れば、肉体は少し丈夫な人間程度だから、アポストロって。治癒力は個体によって違うけれど」

「つまり、防護壁を破れば……アポストロを殺せる、と?」

 半信半疑だろうが、それでもイライナの声は僅かに上ずった。

 殺せなかった敵を殺せる術を知ったのだから、興奮を隠せないのだろう。

 そして、彼女の感情を見越したように、雪路は冷たく言い放つ。


「で、ね。人間は今のままでは防護壁を破る術を持たないから、このままアポストロに嬲り殺されるのを甘受するしかない。奴らの気まぐれで滅ぼされるんだよ、お前たちは」

 雪路の表情から笑みは消えていた。残酷で冷酷な事実を突きつけて、果たして信じるのか。反応を観察している。

 イライナは雪路の言葉を素直に受け止めた。受け止めた上で、はっきりと言った。


「そのための契約術だ。精霊の自由を奪ってでも、人間は生き延びるために足掻いている。三十年前には太刀打ちできなかったが、今ではアポストロを捕らえることができるまでには力を付けた。人間は日々成長しているのだ。貴様が今言った、防護壁とやらがアポストロを護っているというのならば、我々はそれを破る術を、これから生み出す。それだけだ」

「どっからくるんだ、その根拠のない自信は……。防護壁をこの世界の人間だけでは絶対に破れないって言おうとしてんのに……もう……」

 雪路は頭を掻いた。それから少し面倒くさそうに尋ねる。


「……アポストロを捕らえたって?どんな奴?」

「貴様の首を絞めていた、あのアポストロだ」

 なんのことかアデルには分からなかったが、雪路には思い当たる節があったらしい。雪路はポンとわざとらしく手を打った。

「ああ、あの型落ちの低級。捕まったのか。使徒の質も落ちたものだなぁ……」

 低級。雪路は確かに口にした。

 アデルはイライナが言う“捕らえたアポストロ”がどの程度の強さなのか、知ってはいない。ただ、イライナが愕然としている様子を見るに、彼女にとってはかなり強い敵であったらしい。

 イライナの反応を見て、雪路はいらない気を利かせて、補足した。


「アポストロにはね、ランクがあるんだ。一番弱いのがE。そこから順繰り上がって行って、司令官レベルがB、総帥のようなものがA、王様のような奴がS。当然ランクが高いほどマナの量は多く、戦闘技術もインストールされているから、それなりに強い。お前が捕らえたっていうアポストロはE級だよ」

「う、嘘を……言うな……」

 イライナの声は掠れている。


 彼女の今の心情は少しだけ理解できた。やっと捕まえるまでに至った強大な敵が、実は敵陣の中では雑兵に等しい存在だっと知った時―――谷底に落とされるような気分になる。

「嘘言ってどーすんのさ」

 しん、と辺りが静まり返った。雪路の言葉に絶句するイライナはもちろん、気まずそうにルディは森の奥を見つめて黙り込んでいる。

 ふ、と気になって、アデルは雪路に尋ねた。


「因みに雪路、俺が古跡で戦った、あの銀髪のいけ好かない男の強さは?」

「Bだよ。同じ型を見たことがある」

「……あれでBか……」

 攻撃が通らずに、苦戦させられて、妹を連れ去られた苦い思い出が蘇る。

 しかし。

 おそらく攻撃が通じれば、互角かそれ以上の戦いを繰り広げられる。

 アデルは確信していた。


「雪路。防護壁は俺には破れるのか?」

「うん。そこね」

 相変わらず緊張感のない、軽い口調で。

「精霊なら、防護壁はコツさえ掴めば破れるよ」

 イライナががっと雪路の肩を掴んだ。蒼い瞳を爛々と輝かせて、鬼気迫る表情で雪路に顔を近づけた。

「それは本当か!精霊術ならば、防護壁は破れるのか!」

 いつの間にか、彼女は雪路の言葉を完全に信じている。

 それは、雪路の言葉に人を信じさせる不思議な色がある故か。裏表のなさそうな性格に見えるからか。

「近い、近い」

 雪路はイライナの額を掴み、押しのけて訂正する。


「精霊術、というか、精霊ね」

「……それは……?」

 アデルは怪訝そうに眉根を寄せた。

「人間が精霊の意志を封じ込めて、精霊を介して使っている精霊術では、絶対に破れない。けれど精霊が自身の意志で行使した精霊術ならば破れる……ような気がする」

「何を言っている?どちらも同じ精霊術ではないか」


(一緒じゃない)

「一緒じゃないと思うよ」


 アデルが心の中で呟いた言葉を、そのまま雪路は口にした。

「精霊術の威力が段違いだ。今日のアデルの力を見てよく分かった」

「それは彼が強い精霊だからだろう」

 イライナは背後の湖に未だ聳える、長い石の橋を見ながら、当たり前のように告げる。


「それもあるかもしれないけど。多分、術の緻密さが違うと思う。ね、アデル。人間が精霊の意志を封じ込め、無理矢理使わせる精霊術と、精霊自身が自らの意志で発動する精霊術と……決定的な差はそこなんじゃないのかな?」

「……よく分かったな、お前」

 アデルも同調する。

 人間が精霊を封じて使用する精霊術と、自分が使う精霊術。そこには決定的な差があった。


「精霊術を使う時、大気中の微細な精霊もどき……“無意識精霊”に俺たちは命令を出す。頭の中で結果をイメージしながら、俺たちの言葉を聞いてくれる同胞に呼びかけるんだ。大抵は同じ属性の“無意識精霊”が声に応えてくれて、俺たちのイメージを拾って、術を完成させる」

「ああ。司令官が指示を出して、兵士が作戦を遂行させる、みたいな感じか」

 雪路が納得したように呟いた。

「そうだ。但し、司令官である俺たち精霊の指示は、精密さが求められる。“無意識精霊”はあくまで指示されたことを素直に遂行するだけだ」

 アデルは続ける。

「だから、精霊術士が使う精霊術は……一言で言えばとても雑だ。炎ならば“炎”、水ならば“水を出せ”、と単純な命令しか“無意識精霊”に飛んでいない。“無意識精霊”たちは、だから単調な術しか作り出さないし、作り出せない」

「成程なるほど。司令官が無能だから、そういう事が起きるんだね」

 雪路の言葉にはやや棘があった。イライナがぐっと息を呑んだのが分かる。


 簡単に言えば。

 人間は精霊の意志を封じ込め、自らの力とした。結果、精霊は本来の力を十分に発揮できなくなり、今、倒したいはずの敵を倒す術を、自ら潰していた。

 因果応報、という言葉が、いかにも似合いそうな現状だ。


「だが、それがアポストロの防護壁を破るのと、どのような関係があるんだ?」

 アデルの質問に、雪路はふっと笑った。

「マナで作られた防護壁も、今アデルが言った精霊術と似たような部分がある。マナというエネルギーの源を術式っていう……なんていうかな、あれはどちらかと言えば、遺伝子情報に似ているようなものだけど……その術式っていうのを使ってマナを編んで、防護壁を作り出している。防護壁を壊す方法は大まかに言って二つ。力づくで壊すか、防護壁を形作っている術式を外部から介入して解き壊すか。……確認だけど、精霊術は少しばかりはアポストロに効くんだろう?」

 アポストロの防護壁越しに、アデルは何度か攻撃を加えたことがある。威力こそ殆ど殺されていたが、威力そのものが完全に死ぬことはなかった。

 アデルが雪路の言葉に頷けば、雪路は満足そうに頷き返す。


「“無意識精霊”そのものが、マナに干渉する力を持っている。ならば、“無意識精霊”っていうのに防護壁の術式の壊し方を精霊から教えてやれれば、少なくとも低級の防護壁は壊せるよ」

 断言した。

「妙に自信満々だな」

「妙なものか。防護壁を作っている術は、僕の得意分野だ。アポストロの中、というか製造された使徒の中では、確実に上位十番以内には入るからね」

「……お前、実は何気に凄い奴なのか?」

「何気にも何も、凄い奴だよ。結構」

 雪路の言葉の端々には、自信と確信が含まれている。それは自身の実力を信じているが故。実績がある故だろう。

 だからこそ、信頼できる。


「だが、アポストロの防護壁を破れるようになれば、俺も奴らに対抗する術を手に入れられる。妹を助け出す上では避けては通れない道だから、今のうちに取得しておきたいものだが……」

 アデルはふ、と言葉を切った。

「それじゃあ、その“防護壁の破壊の仕方”を、俺はどうやって“無意識精霊”に教えればいい?肝心のそこが皆目見当がつかん」


 世界の構造上、アデルが“無意識精霊”に結界の壊し方を教えなければならない。だが、マナとやらは認識できていない、よって術式というものも理解できていないアデルが、どうやって“無意識精霊”に指示を出せばいいのだろうか。


「実際に視ることが一番だよ。視えるように少し調節してやるし、結界……じゃない、防護壁の術式破壊なら僕はマナ無しでもある程度ならできる。手助けもできるし。ま、だからといって防護壁を張る、となると現状、僕はマナ不足でできないから、それはできない。だからそこら辺に丁度よく弱いアポストロが転がっていればいいのだけれ……ど……」

 そこまで言って、雪路の口が止まった。雪路の言葉にアデルも気づいて、視線をイライナへと向ける。


 先ほど彼女は、アポストロを捕らえたと言っていた。

 雪路が言うには、人間に捕まえられるアポストロは相当弱いタイプだ。

 丁度いい実験体が体よく存在している。

 利用しない手はないだろう。

 イライナも理解したのか、肩を震わせた。


「ふ、ふざけるな。そんな、根拠というより訳の分からない話に我々を巻き込むな。というかアポストロは貴様の仲間だろう!わざわざ仲間の殺し方を教えるなど、なんて非情な奴なんだ!」

「仲間?」

 雪路の声が低くなる。表情はどこまでも穏やかなのに、口から出る声は、感情が全て抜け落ちたような、背筋が凍るようなもので。


「違う。ただ種族が同じだったというだけだ。仲間でもなんでもないさ、アイツらは」

 その言葉には偽りはない。率直な心の声が漏れ出た、というような言葉だった。

 雪路は岩から腰を上げる。


「ま、捕まっているということが分かった。一度会ったことがあるし、あいつのマナは意識すれば場所を特定できるよ。早速行こうか、アデル」

「特定できるのか」

「調律の応用で」

「ん?調律?」

 聞き覚えがある単語に、アデルが疑問を投げかけるが、


「待て、待て待て、場所を特定できるとかイマイチ理解できないが、行かせるわけがないだろう!」

 イライナが立ち上がった雪路とアデルの前に立ち塞がった。必死の様子で剣を引き抜こうとし、

「じゃ、案内してよ」

雪路が言い放った。

「結界を破壊するところを見たら、もしかしたら人間も結界を破壊できるようになるかもよ?」


 雪路の言葉の誘惑にイライナが息を詰めた。

 人間側としては、アポストロ対策は急務の一つ。攻撃が通じるようになることは、目標の一つに他ならないだろう。

 だが、イライナはすぐに顔色を変えた。真っ赤に。怒りの色に。


「ば、馬鹿にするなよ、貴様!」

 剣を今度こそ引き抜こうとしたが、叶わなかった。雪路がイライナに距離を詰めており、剣の柄の先を押すようにして、鞘から剣が引き抜かれることを封じていたからだ。

「判断がちょっと遅いかなぁ。慣れてないでしょ、こういう場面」

「おい、この嘘つき!離せ!」

 イライナが蹴りを入れようとしていたので、アデルが慌てて彼女の振られた足首を咄嗟に掴んだ。


「きゃ!」

 何とも可愛らしい悲鳴をイライナが上げる。バランスを崩し、そのまま地面に尻餅を着いた。

「なんで嘘つきになるのさ?」

 座り込んでいるイライナを見下ろして、雪路が尋ねる。

「人間は結界とやらを絶対に破れない、とつい先ほど言ったではないか!」

「“絶対”、とは言ってないし。“今のままでは”できない、と言ったんだ」

 むすりと唇を尖らせて、雪路はやや気分を害した子供のように言う。

「今のままではできないのなら、“今後”どうすればいいか、考える伝手にはなるんじゃない?新しい情報というのは、取り入れておいて損ではないと思うよ。そこから新たな発見があるかもしれないじゃない?」

 正論。イライナがぐっと雪路を睨む。


「上からモノを言いおって、このガキ……。私よりもどう見ても年下の癖に……!」

「いや。僕、多分アデルよりも年上」

 ぎょっとしてアデルは雪路を見た。彼の見た目はどう見積もっても十代半ばがいいところ。十代前半と言われてもなんら違和感がない、中性的で子供らしい顔立ちだ。それがまさか、自分よりも年上だとは想像すらしなかったからだ。

「は?貴様、千歳以上なのか?」

「え、アデル、千歳以上なの?」

 イライナの質問に驚いて、雪路がアデルに言う。

「精霊なのに、意外と若いんだね」

 まさか若いなどという評価を口にされるとは思わなかった。

「……お前は何歳なんだ?」

 見た目の幼さに加えて、今までの挙動の人間臭さと

「さあ。一万を越えてから数えなくなったかな」

「「いちまっ……!」」

 イライナと、それからずっと蚊帳の外状態であったジークハルトが声を裏返して驚き、

「お前、爺だったんだな!」

アデルが率直な感想を口にした。


 途端、雪路は顔を真っ赤にした。心外だ、と言わんばかりにまくしたてる。

「止めてよ、そういう事を言うの!僕にとっては生きてきた年月なんて、数えるだけ無駄なんだからな!年齢の概念は惑星の意志に関係なく生まれ落ちた生き物の特権なんだから!そりゃまあ、見た目が若くても中身は老成したじーさんとか居たけれど!僕はそういう概念ないから!見た目と精神年齢がほぼ合致するの、本当困っているんだからな!」

 雪路は慌てて一息で、よく理解できない説明を言い切った。言い終えて、深呼吸を何度か繰り返して呼吸を整え、

「そんでさ!どうすんの、ホント!案内するの、しないの、どっち!さっさと決めて!」

今しがたの苛立ちをぶつけるように、イライナに詰め寄った。

 イライナがぐっと唇を引き絞めた。悩んでいる様子だ。視線は地面を彷徨っている。だが、雪路の言葉は確実に彼女に利いている。

 雪路がアポストロだという事を入れても、人間に害する敵であるアポストロを殺す方法を知るチャンスになるかもしれない。このチャンスを逃すわけにはいかないだろう。

 人間の総人口は、ここ十数年で確実に減っているのだから。

 イライナは息を吐いた。それから、雪路を改めて睨む。


「……分かった。案内しよう。但し、もしも貴様が少しでも妙な行動を取ったら、その時は覚悟しろ」

「はいはい、どーぞどーぞ」

 やたらと投げやりに、雪路がイライナの忠告に返事をする。

 イライナの言う覚悟しろ、というのは。捕まえる、若しくは殺す、といった意味なのだろか。


 雪路の今までの挙動も彼女が雪路を下に見るには十分なものだったろう。

(ああ、けれど)


 イライナは知らない。

 現状、雪路が弱そうでもなんだろうと。

 絶対に死なない存在である、ということを。

だから、殺すという脅し文句は一切効果がないということを。

 そして、これはアデルの推測であるが。

 雪路は生命力をマナに変換・消費することで、本来の力を一時的に取り戻せるのだろうから。


 人間など、その気になれば、あっさりと殺せる、かなり危険な存在だ。イライナは、頭の片隅で可能性として、雪路が危険な存在であるということを考えているかもしれないが、それは目の前にぶら下がった希望によって見えない状態なのだろう。

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