6話 ヴォールカシヤ遺跡(3)

 めぐる巡る、無機質で錆びれた白い廊下。窓の外は茶色く濁った湖。背後からは増え続ける白い不死の獣―――古跡獣。獣は重なり合うたびに肉体の一部がくっつき、巨大化していく。幾本もの手足を生やし、重い体を引きずるようにして、獲物を追いかけてひた走る。


「い~や~あああああ!」

 そして、獣から必死に逃げる軍服姿の人間が一人。薄い茶色の髪、色の濃い赤みがかった茶色の瞳の、十代後半の青年だ。やや軽薄そうに見える垂れ眼は、今は緊迫と焦りの色に染まっている。その背中には、銃を片手に持ち背後を眺めている少年―――桜江雪路。


「なんなん、なんなん、なんなん、この状況!」

 軍人の青年は悲鳴を上げながら全速力で走り続ける。

「とんでもないね。なに?この古跡獣の多さ。奴らの巣なの?ここ」

 のんびりと、緊張感の欠片もない口調で雪路が青年を応援する。心が全く籠っていない。


「もしかしたら“屍胎”と呼ばれる古跡獣が生まれる古跡なのかもしれない!ううう、運がないな、オレ達!」

「ほらほら。激流から生還したのだから。この程度、なんてことないって」

「車の中から君が助けてくれなかったら 今頃、湖の藻屑と化していたと思うっスよ!いや、本当に感謝!」

「ここで逃げ切れなかったら藻屑というか肉の破片になっちゃうけど」

「嫌だぁああああ!」

 必死に駆ける軍人の青年の目の前に、二つの分かれ道が見えてくる。


「次はどっち!」

 息を切らしながらも、軍人の青年が背負う雪路へと問いかける。

「ちょっと待って」

 雪路はやや身を乗り出して、銃口を前方に向け―――引き金を引いた。しかし、銃口から銃弾は出なかった。代わりに風船が破裂するような軽快な音が銃口から飛び出した。音は長い廊下に広く長く響き渡っていく。それを聞き届けてから、雪路は断言する。


「右。空間が長い」

「いよっし!」

 軍人の青年は素早く右へ方向を転換、進み始める。

 空気が僅かに変わる。暗く澱んだ空気。息苦しさを感じるが、軍人の青年は特に感じていないらしく、僅かに息切れしながら、雪路に尋ねてくる。


「雪路くんのご友人も―――あの金髪のお兄さんも、こっち側にいるんスか?」

「うん、まあね」


 この先に。

 雪路はため息を小さく吐いた。

 アデルの気配は常に感知し続けている。ゆえに、少々厄介な場所へと向かっていることも感じ取っていた。

 それは―――背後を追って来る無垢に近い魂たちとはまた異なる。

 暗く重い、地獄の底から浮き上がったような、怨嗟で塗れたモノだ。


「ていうか、なんで解るんスか?発信機的な?」

「じゃあ、そういう感じかな」

 やたらと知りたがり。子供のように疑問を次々へと投げかけてくる軍人の青年の、その悪意の無さに、雪路は素っ気なくも邪険にはせずに答えた。

 先に続く白い白い廊下の壁面が、徐々に黒ずんできていることに、気づきながら。





 眩いばかりの白い廊下が続いていた筈なのに、いつの間にかその壁面は黒く染まっていた。

 先ほど辿り着いたドーム状の部屋が無垢、という言葉に当てはめるならば。

 アデルたちが辿り着いた、真っ黒な壁で作られた四角く広い空間は、邪心という言葉に当てはめられようか。


 天井に描かれた絵は間違いなく亡者たちのものであり、それを追いかけ殺しつくそうとする鬼と悪魔が存在していた。部屋の小さな水路を流れる水は黒ずんでおり、泡立って異臭を発している。

 部屋の中心には、邪神の像が安置されていた。筋骨隆々とした二メートルほどある長身の神の像は、全てを飲み込もうとせんばかりに大きく開いた口から、牙と長い舌が覗かせている。筋骨隆々とした腕に抱かれているのは、人間たち。全員首の骨を折られて絶命している。人間の屍は全て邪心の足元に転がり、山が築かれている。


 そこは、まるで地獄のような光景だ。


 誰かが望んだ光景なのだろうか。

「なんだ……ここは……?」

 異臭に顔を歪めながら、イライナが呟いた。

「先ほどの部屋とは大違いではないか」

「……今度は終末信仰か」


 精霊信仰と対を成す信仰の名を、アデルは口にする。

 世界には必ず終末が訪れる。それを救いと目す人間が過去には居た。苦しい世界から放たれたくて。それ以上に、憎い人間たちに罰と苦しみを下す神がいると信じて。

 だが、対を成すために、同じ場所では信仰はなされない。

 精霊信仰を行っていた古代都市と。

 終末信仰を行っていた古代都市と。

 一つの古代都市が真逆の信仰を同時に崇めることは、おおよそあり得ない。


「なんなんだ、ここは……この古代遺跡は」

 何より、背後から迫る古跡獣が忽然と消え去った。

 これが意味するものとは。

 アデルは部屋の中心にある邪神の像へと視線を移す。


「……俺は今、とても嫌な予感を覚えているのだが」

「それは私もだ」

 イライナが返す。

 対を成す部屋。精霊信仰を思わせる白い部屋の中央の女神像からは、古跡獣が生まれ出た。それでは、この黒い部屋の中央の邪神像からは、一体何が生まれるのか。

 それとも―――消えるのか。

 何が?


 ギシギシと音を立て、邪神像が動き出す。緩やかに、ぎこちなく、ゆっくりと口が言葉を紡ぎ出す。

「寄越せ」

 邪神像の口から出た言葉は存外に滑らかだ。

「命を寄越せ」

 正しく邪神に相応しい言葉に、アデルは苦笑する。しながら、イライナを背中へと回す。

「死にたくなかったら、俺から離れるな」

「……貴方は人間を諦めていたのではないのか?命を救う価値がないものだと……」


 イライナが怪訝そうに囁いてくる。それに対して、アデルは鼻で笑い返す。

「阿呆な事を言うな。人間に様々な思想があるように、精霊の思想も一枚岩じゃない。精霊たちの大半は人間を諦めることを決めたが……俺自身もそれで大方良いと思っているが……それでも目の前の命くらいは、それなりに殊勝な人間位は助けてやろうという広い心は持ち合わせているつもりだ」

 何より、と呟きながら、アデルは拳を構える。

 脳裏に浮かぶのは、人間を助けたいと願う彼女の姿だ。


「妹に幻滅されたくはないからな」

「は?」


 イライナが目を点にして、アデルを見上げた。

 直後。

 邪神像がアデルたちに襲い掛かって来た。盛り上がった筋肉が作り出す拳が、一直線にアデルの顔に向かって来る。その拳をぎりぎりでアデルの両掌で受け止める。衝撃は完全に打ち消しきれず、僅かに背中が後ろへ沿った。だが、受け止めきれない威力ではなかった。アデルは大きな掌で受け止めた拳を左手で握り、右手を邪神像の腕の下へと回す。


「そおっら……!」

 掛け声と共に邪神像を放り投げる。邪神像が空中へと浮かび上がった。狙って大気中に漂う自らの眷属たちへ向けて呼びかける。―――その声は、古跡特有の空間にある何かによって、殆ど打ち消されてしまうため、呼びかけに応えてくれた眷属たちは僅か。それらを無理矢理寄せ集めて一つの鋭い矢を空中に作り上げた。

 土などで作られた矢が、邪神像へ向かって飛んでいく。狙うは額。相手の気が逸らせればそれでいい。壊せれば再生の時間を稼げる。その隙に逃げられれば。

 邪神像の視線は矢へと向く。


「出口に走れ!」

 アデルはイライナに指示を出す。彼女は素直に頷いて、今しがた走って来た廊下へと向かおうとしたが―――足を止める。廊下の入口は、古跡獣で埋め尽くされていた。赤ん坊の顔が一斉にこちらを向く。


「シンデ」「シノウヨ」


 無表情で、無機質な瞳で。生気のない肌が。

 訴えかけてくる光景は吐き気がするほど、気持ちが悪いことこの上無かった。

 そして、邪神像に放たれた土の矢は、邪神像の額に当たった先からぐにゃりと曲がり、罅が入って粉々に砕ける。

 逃げ道には古跡獣。目の前には矢鱈と硬い邪神像。

 どちらも殺気を放ってきている。

 アデルは息苦しさも感じ始めていて、苛立ちに声を上げた。


「ああ、糞ったれ!」

「……加勢する!」

 イライナが腰の剣を引き抜いた。だが、剣から炎を出すことはしない。精霊に炎を出すように命じていない。

「精霊を気遣うなど、そんな優しい事をしていて、生き残れると思っているのか?」

「分かっている」

 アデルの問いかけに、イライナは息を呑んで剣を睨んだ。彼女は逡巡する。口では割り切ったような事を言っていたが、実際の所、精霊が死ぬかもしれない、という実情にどうすればいいのか、迷っている様子だった。


「……若いな」

 僅かに笑って呟いた、その一言にイライナは眉間に皺を寄せた。

「なんだ?貴方も私と同じくらいの年齢だろう?」

「ふん。精霊の見た目は必ずしも年齢とは比例しねぇ。俺はこう見えても千歳を越している」

「えっ……わ、若々しい……お爺さん……」

 心底驚いたようにイライナがアデルの顔をまじまじと見つめてくる。アデルは思わず心外を表情に出す。

「ふざけるな。精霊の見た目と年齢と精神は必ずしも一致しねぇんだ……」

 ぐっと体に力を込めて。

「覚えておけ!」


 向かってきた邪神像の首に回し蹴りの一撃を加えてやった。体の部位の、比較的弱そうな部分を狙ったというのに。それでも邪神像の首は折れず、ただ勢いよく吹き飛んだのみ。

「くそ!迎撃は容易いというのに!こいつ、矢鱈と硬いな!」

 アデルは苛立ち、思わず文句を漏らす。

アデルに吹き飛ばされた邪神像は、既にのそりと起き上がっていた。金属で出来ているのだろう歯が鳴り合い、カチカチと辺りに響く。


「ああ、頼むから命をおくれ」

 邪神が穏やかな声で頼み込んでくる。

 廊下を塞いでいる古跡獣とは異なり、憎しみはない。

 懇願している。

「私は生き返りたい、私は生き返りたい」

 呟く。

 譫言のように。苦しむように。願うように。

 邪神が神に祈るかのように、手を合わせた。天を仰いだ。黒く塗りつぶされた天井を見た。

「こんな死んだ世界に居たくはない」

 ぎょろりと金属でできた瞳がイライナを見た。

「命を、寄越せえ!」

 金切り声が室内一杯に響き渡った。幾重にも反響し、アデルたちの鼓膜を強く震わせた。


 あの邪神像がもしも、人の肉体を持っていたのならば。

 泣いていたのだろう、と容易に想像できるほど、悲痛な叫びだった。

「像風情がよくほざく!」

 若干口調を荒げて、イライナが邪神像を睨み返した。


 邪神像が悲痛な悲鳴を上げながら襲い来る。繰り出される拳は武術以下で、出鱈目な動きばかりであるので、避けやすい。だが、奇妙に硬すぎる像の体に決定打が与えられない。

 道が塞がれて、逃げ場はない。

 体力には限界がある。

 いずれ負けるのは、目に見えている。


 せめて。

 ここが、古跡でなければ。

 本来の能力を十全に発揮できれば。

 倒せる、とアデルは酸素の吸入が間に合わず、倦怠感を感じ始めている脳で尚も、確信していた。

古跡という土地は、精霊の力が極端に発揮できない、異質の場所だと誰もが言う。

 精霊の力の基礎の一つは、即ち世界全てあらゆるところに存在する精霊の眷属―――“無意識精霊”という存在達にいかに多く的確に命じる力があるか、である。


 そう。“無意識精霊”は何処にでも宿っている。

 大地にも、大気にも、建物にも像にも。

 故に。相手が硬かろうが何だろうが関係ない。大気や大地を伝っていくアデルの声に、この世界全てに住まう“無意識精霊”が応えてくれれば、行動を起こしてくれれば、重そうな金属で出来ている像は確実に壊せる。


 しかし。

 この古跡という土地は、過去の遺物が存在する一定の領域は、精霊の力を強く制限する。

 まるで、この場所だけ別の理で動いているかのように。


 ―――そういえば。

 つい最近、古跡内にいながらも、自分の力が発揮できたことがあった。

 それは、そう。

 桜江雪路がアポストロからの攻撃を不思議な力で防ぎ切った後。その不思議な力―――確か、マナ、という名前の力が―――。

 爆音とほぼ同時に、廊下を塞いでいた古跡獣が散り散りに吹き飛んだのは、丁度その時だった。黒い煙が廊下の向こう側から立ち込めて、生き物が焼ける独特の臭いが漂う。


「うわ。くっさ!こいつら、体は有機物で出来てたんだ」

 黒煙の中から、覚えのある、場違いに緊張感がない声がした。

 黒い翼を持つアポストロ。マナという力の使い手。


「雪路!」

 アデルはそこに居るだろう少年の姿をした何モノかに向かって、叫んだ。

「マナを貸せ!」


 黒煙から現れた少年と目が合った。本当に一瞬のことだった。おそらくアデルたちがどのような状況に置かれているか、しっかりと把握はできていなかっただろう。それでも、彼の、桜江雪路の紫色の瞳が、奇妙な光彩を放ったように見えた。

 雪路がアデルに向かって指を指した。その指先に光の玉が突如として現れ、瞬間。アデルの心臓部に光の玉が直撃した。

 じわりと心臓から力が沁み渡る。温かいとも違う。冷たいとも違う。無機質な、単純なエネルギー。それでも、僅かに“魂を押された”ような気がした。

 アデルは息を短く、強く吐き出した。視界も思考も、瞬時にリセットされる。向かい来る邪神像にどう対処するか。判断はすぐにできた。


 繰り出された拳を避けて。

 アデルは拳を解く。そして、開かれた掌で、邪神像の右肘に触れる。

 そうして、邪神像の内に宿っていた無意識精霊へ、自らのエネルギーを渡して指示を出す。


 変化はすぐに起こった。

 アデルが触れた個所の、邪神像の体を構成している金属の色が変色していく。邪神像は構わずに右腕をもう一度振るうが、その右腕はアデルに届くよりも早く、肘から先がぼろりと崩れてあっけなく地面へと落ちた。

戸惑ったように邪神像が右腕を見る頃には、変色は全身へと広がっていた。ぽろぽろと脆くなった金属片が次々に床に落ちていく。

 金属の腐食だ。どんなに硬い金属の体であっても、もし錆びる金属であったのならば、それは大地を構成する全てを司るアデルにとって手の内だ。


「命を……」

 邪神像の動いた口が崩壊していく。鼻も、瞳も、全てもげて床に落ちて弾けていく。


 そこに残ったのは小さな金属片の山だった。僅かな風で床に広がっていき、最早意志ある動きは感じ取れない。

 アデルは薄く長く、息を吐き出した。


「……動かないよな……?」

「動かないよ」

 軍服を着た青年に背負われた状態で、やや疲れた声色の雪路が断言する。

「中に宿っていた魂の気配が消え去っている。媒介を失ってこの世界に留まれなくなったみたいだね」

「幽霊だったのか?」

「そうだけど」


 間。


「まさか、分かってなかったの?」

 雪路の問いかけに、アデルは素直に頷いた。

 分かる筈がない。霊など生まれて此の方、見たことすらない。

「異世界では普通にいるものなのか?」

「見える人は限られるけど、割といる。ていうか、“魂”という概念がある限り、存在すると信じる奴らが多い」


「あ、あの……」

 雪路を背負っている軍服の青年が、やたら派手な顔つきに似合わない、遠慮がちな声色で話しかけてくる。

「何を話しているかよく分からないんスけど、取り敢えずここを出ないと……やばそうっスよ」

 彼の視線の先。雪路が何かしらの方法で爆破した古跡獣の肉の塊が、燃えながらも一か所へと集まっていっている。


「ホントなんなの、あのやたら再生力のある無生物」

 雪路が呆れ果てた様子で零す。

 無生物?

 アデルは一つ、言葉が引っかかって問いかけようとしたが、

「とにかく逃げるぞ!」

イライナが慌てた様子で声を掛けてきたお陰で、質問の機会を逃してしまった。

「入口塞がれてるんスけど!」

 軍服の青年の言う通り、既にたった一つの廊下は白い肉で埋め尽くされつつある。


 さて。

 気は進まないが。

「こっちだ!」

 アデルが駆け出した先は壁である。その壁に向かって、アデルは指示を飛ばした。

 途端、ばらりと黒い石で作られた壁が裂けて、みるみる内に道が出来上がっていく。その先には、明らかな陽の光射している。

「うお!便利!」

 雪路が楽しそうに声を上げる。

 四人(確実には雪路は軍服の青年の背中に乗っているので、三人ではるが)は、今出来上がった道を必死に駆ける。背後では肉体が組み上がり終わった一つの白い肉へと変貌した古跡獣が、不快な金切り声を上げながら追いかけてくる。

 アデルが作った道を抜けると、茶色く濁った湖が姿を現す。その湖の底に埋まる大地にも、アデルは指示を放つ。湖の底の土が盛り上がり、即席の足場が出来上がる。そこを四人はひた走る。


「くそ、古跡の領域外はどこだ!」

 イライナがアデルの背後で、苛立った様子で叫ぶ。やや息切れが始まっている。足の回りが遅くなってきている。

「湖の淵までだ!」

「……!分かった……、っ!」」


 アデルが答えた直後、イライナは足がもつれて転びかける。そんな彼女の腕を掴んで引き寄せて、抱き上げた。イライナが悲鳴のような小さな声を上げたが、気にしている余裕はない。

「シンデ」「シンデヨ」「イッショニイテ」「イカナイデ」

 怨嗟とも違う、苦し気に呻く古跡獣の塊が、アデルが作った湖の上の足場を壊しながら突き進んでくる。

 古跡獣に体力という概念は存在しないのだろうか。徐々にその差は詰められていく。


「―――くそっ!」

 アデルが舌打ちをした時である。

「目を瞑れ!」

 雪路の声が轟いた。その手に持った掌ほどの大きさの機械のピンを抜いて、古跡獣に向けて放り投げた。

 光。

 視界が真っ白に染まるほどの光。

 ―――閃光弾。

 古跡獣の悲鳴が聞こえた。地団太を踏む音が聞こえる。アデルは古跡獣との距離を稼ぐべく、必死に走る。目が見えなくとも、足場を形成している“無機質精霊”の気配が辿れるので、走りに一切の迷いは生じなかった。




 湖の淵に到着したアデルたちは、雪路を覗いて息切れぎれに地面に座り込んでいた。

 古跡の領域をアデルたちが出たことにより、古跡獣たちは、遺跡へと戻っていく。

「つ、疲れた……ス……」

 なんやかんやで雪路を最後まで背負って湖の淵まで辿り着いた軍服の青年の、その体力には敬服する。


「はいはい、お疲れお疲れ」

 言いながら、雪路はポシェットの中からプラスチックでできた容器を取り出した。中には透明な液体が入っており、三十センチほどの長さ。飲み口であろうプラスチックの突き出た部分には蓋がしてある。


「……?」

「何、ペットボトルもないの、この世界。不便」

 雪路は感想を呟きながら、蓋を捩じって開いて、軍服の青年に渡す。それから、アデルとイライナにも“ペットボトル”を投げてよこした。

「水分採れよ、水分。死んじゃうよ?」

「いや、その……」


 イライナが戸惑った様子で―――というより、目を丸くして、その瞳の中に僅かな敵愾心を覗かせて―――雪路を睨んだ。

「貴様、何者だ?そんな小さなポシェットの中から、こんな大きなものが三本も……出てくるなどおかしいにもほどがある」

 尤もな指摘だった。

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