第7話 本当のこと
バスに乗る時は一番前の席と決まっている。ママが酔いやすいから。私は窓側でママは通路側。小学生の頃は、高速バスを利用して、ママと二人、東京に遊びに行くことはよくあった。
ママは本当は都会が好きだから。
バスが発車。独特の揺れの中、東京の高層ビルが流れていく。ぎゅうぎゅうに並べられている建物を見ると、可哀想だな、と、いつも思う。
高速に入り、灰色のコンクリートに囲まれると、どこか遠いところに連れて行かれる気がする。そしたら急に、「本当」が溢れてきた。
(本当は……。ママは、ルパンみたいな、優しくて、面白い人が好きで。本当は、ママは田舎よりも都会が好きで。本当は、ママは沢山旅行とかお買い物とかするのが好きで。本当は、ママはおしゃれだって好き。だけど、パパが節約ってうるさいから。あんまりお化粧品とか高いの買えなくて。だけど、私と一緒に買い物に行った時は、ナイショだよって、高い化粧クリーム買ったり。それに、ママは本当はお料理も単純なのが好きで、パパがいない時は、サラダうどんとか、インスタントラーメンに、野菜とわかめ入れただけとか。そういうので済む人だもん……)
体中に力が入り、ぎゅっとひざの上で拳を小さく握った。
(本当は、私だって大学に行けたんじゃないの? パパが不倫なんかするから。なんか、あの女が、色気があって大学の元マドンナとか言われてる美人で。だから不倫して。勉強手につかなくなって。それで、美容の専門学校に行こうと思って。だって、綺麗じゃないことで負けるの嫌だし。結局それが大事みたいだし。それに、もしパパとママが離婚したら、私、ママの生活とか支えなければいけないし。ママは多分フルでは働けないし。だから、美容ならうまくいけば支えられるかもしれないし。それに……)
親指の爪だけ、ぎゅうっと人差し指の第一間接に押し付ける。
(それに、ママは金城さんと一緒なら、あんなに楽しそうで、あんなに輝くし。ママのこと、色気がないとかパパ言ってたけど……。それは好きじゃないから。ときめかないから。きっと自然と金城さんなら、ママはきっと女になって、色気を出せていたしきっと浮気されてない。それに、きっと金城さんは裏切らない。だって、ちゃんと話せる人だ。ちゃんと、話し合える人だ……)
バスが、アクアラインのトンネルに入る。ここが海の中なんて信じられない、といつも思う。等間隔に並んでいるオレンジ色の灯りが、次々と過ぎていく。
窓に映る自分の顔を見て、私はパパ似だ、と思った。
ぎゅーっと下唇を噛んだ。これ以上噛んだら血が出る、と思うところで止めた。
(自分を傷つけたくなる。傷んでるところを見て欲しい。でも見せちゃだめだって戦ってきた……)
目をつむって、一生懸命、考えないように寝ようとした。
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