第25話

私の向かい側で気まずそうに近江さんは笑う。そんなことを望んでいなかったのにも関わらず、こうやって神澤さんは警察官になり、子供を保護をした。これは良い事なのだろうか、と私は自身に言い聞かせてみせる。きっと友達だって心配しているだろう。彼にそんな存在が――――。

「そうか・・・・・・」

  今まで誰もみなかった視点がそこに存在している事に気がついた。祥太さん


は親を調べてみると口にしていた。実際少しの情報ならば誰かに伝わっているだろう。

 それと同時に私が友達を調べてみる事くらいできるんじゃないだろうか。

 しかし、だ。彼が友達と呼べる存在がいたのかどうかになってくる。だって虐待を受けていたのだ。知識としてあるとすれば彼を友人と呼ぶ子はおらずどちらかといえば「排他するべき存在」いじめの対象か、あるいは避けられている事だってあり得るだろう。

 朔に友人の事を聞いて、彼が逆上なり、私の事を嫌いになってしまえば・・・・・・他の大人に対しても、不信感を持ってしまう可能性だってある。どんな状況に持ち込んでも、朔の心境では「裏切り」になってしまうのだから。

 「私、調べてみたいことがあるんですけど・・・・・・」

 私の言葉に近江さんは不審そうに眉を潜めた。

 

 神澤敏行という存在を認められるために、俺はどんなことでも「彼」の言うとおりにしてきた。布団の中でくるまっている朔の髪を撫でる。

 髪はサラサラで少し天然パーマ気味だ。これは誰の「遺伝」なのだろう。俺はその「遺伝」のせいで苦しい生活を強いられてきた。家が裕福ならいいじゃないと何度も他の女には言われてきたが、俺にとってその裕福さこそが「苦しさ」の原因だったのだ。

 ――理解を求めているわけではない。理解されたところでどうしようもないのも事実である。誰にも何もできなかった。担任も、隣の家に住んでいたこれまた裕福で「不幸」なんて言葉すら知らない家族ですらも。母親は果たして、俺の荒んだ生活を知ったらなんと言っただろうか。そんなことを考えて毎日誰にも知られずに泣いていた。

 どうだっていいと自棄になり喧嘩もした。しかし、喧嘩で勝ったとしても……大抵は報復や、複数人に囲まれ、ボコボコに殴られ路地裏で一人空を見上げる。

 そんな中、一人の警察官と出会ったのを今でもはっきり思い出す。


「なんだ。お前、ボコボコじゃねえか」

  空ははっきりと茜色であった。まだその頃は近江さんに会うよりも前のことで、はっきりと自分がわからず将来の不安から女の家をうろうろしていた時期だ。

ある時、不良の女を寝取ったことが原因で奴らに囲まれ、のされた後通報を受けて一人の警官がやってきてそんなことを言ってきた。

 「んだよ。関係ねえだろ」

 警官のベストに、警棒。まさに警察官。俺の右目は腫れあがっていたのでよくは見えなかったが、まだ新人のような風貌だ。

「関係ねえってことはねえだろ。一応俺だって市民を守る義務があるからな」

警官は俺のそばにしゃがむと、どうだ。と髪の毛を触ってくる。

「触んじゃねえよ! 殺すぞ!」

 頭にたんこぶができていることくらいはわかっていた。驚いた表情を彼はした後、もう一度頭を撫でてくる。

「あちゃーこりゃ、派手にやったなあ? あ? 腕は大丈夫そうだが、足はどうだ?」

 とそんなことをつぶやきつつ、やつは俺の太ももを触る。

「いって! さわんなっつうの!」

痛みにもがく俺を面白がるように、警官はにやりと笑う。

「蹴られたか? 鉄パイプ? まあ、なんにせよ折れるまではいってなさそうでなによりだわ」

 よく笑う変な野郎だな。マジで手を出してやろうか。そうすればあのクソな親父も何かを考え直すかもしれない――いや、それはない。

黙っていると、警官は心配そうに再び顔を覗き込んでくる。

「ほれ。これで頭ひやしとけ。あと、喧嘩した原因教えろ。それやるから」

 コトリと地面に置かれたのは、缶コーヒーだ。有名なロゴが表記されている。

「これで頭なんか冷やせっかバーカ!」

「公務員に向かって何たる口の利き方だてめえは」

硬い上に、それほど効力もない事はわかっていたが、言い合いも面倒になってきて手で拾い、ほっぺにあてておく。それを見て安心したのか、警官はよし、とつぶやくと俺と同じように地面に座り込んだ。

「さぼってていいのかよ、市民を守る公務員様がよ」

「しらねえのか、公務員様だからこそいいんだよ。どうせ交番にいたって日誌を書くくらいしか、やることねえんだからよ」

 はーくだらねえ、俺は何してんだ。喧嘩してサツとなれ合いまでしている。右を見れば、大通りが見える。下校時刻だからか、学生達の姿がここからでも観察できた。

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