第20話

 ――母親の記憶は、いつだって朧気の記憶のままだ。物心つく前から、俺の中に、母親という二文字は存在していなかったようにも思える。

 記憶は朧気だ。この言葉が俺の中には染みついている。しおりさんのように途中から母親がいなくなったものもいれば、朔のように愛されなかったものも存在し、俺もまた愛されなかった人間なのだろう。

 ――だからこそ、なのかもしれない。性の目覚めは他のクラスメイトに比べて早かった。それは俺にとっては当然の帰結だった。いや、今となっては父親の「それ」を受け継いでいたから、ともいえるかもしれないが。


結局のところ中学の時に男としての「卒業」は果たし、あとは親父殿との喧嘩、他校の人間との交流、当然そんなことばかりをしていれば生活は荒れに荒れていく。父親はその頃からサラリーマンをしており、製薬会社の重役の人間だった。しかし、家に帰ってくることもまれだったので、口座に振り込まれていたお金を使い、何とか日々を過ごすのと同時に、時には彼女の家、友人宅に泊まらせてもらうのもしばしばあった。

 どうしても将来が不安でどうしようもない時は相手が女性に限って抱きしめてもらいつつ、胎児のように丸くなって眠る。

それらの思い出には罪悪感もあり、さらには現実からの逃避も含まれている。そのすべては覆ることはなく、確かに「俺」という人間の後ろに、過去の道に、その箱はおいてあるのだ。それはガムテープで乱雑に閉じられ、二度とは開かない過去のものだ。

 気にする必要はない。だが、たまにそれらが一斉に開き、俺の頭の中を占拠し、汗がにじみ、泣き出してしまう自分がいる。

 「とりあえず外に出るか……」

 ガチャリと、扉の外に出ると、二人は何もなかったかのようにリビングに座っていた。朔はここぞとばかりに近江先輩の膝の上に乗る。

「少しは慣れてきたのか? あ?」

 近江さんはそういいつつもほっぺをつつくが朔はそれに対して無反応のまま、テーブルの上に乗っかっている近江さんのつまみに手を出し始めた。

 「乱暴な口調はよしてくださいよ、先輩」

 俺は髪をガシガシと拭きながらも軽くそう言っておく。しかし、彼の耳には届かなかったのか、それとも朔と同じように無視をしているのか……どちらにせよ、じゃれつき始め、朔は少しばかり迷惑そうにしている。

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