第15話
「だらしない顔」
ぽつりといわれたのは、気のせいではない。真向いの朔があきれた表情をしながら俺の事を見ていた。
「だらしないとはなんだ。お前のためでもあるんだぞ」
「そうじゃない。神澤兄ちゃんはだらしない人」
「だらしなくはない。ただ寛容なだけだ」
憮然と返せば、寛容って何だろう。という疑問そうな表情をした彼をおいて、俺はキッチンの方を見た。
しおりさんがエプロン姿のままキッチンで料理をしている。これはこれでまさに新婚生活を味わっているようにも思えてきて思わず緩んでしまう頬をどうにかしないといけない。
オムライスを食べた後、俺らは再び街の中を歩いた。
様々な人が歩いており、そこにはカップルも、サラリーマンもいる。途中のコンビニにより、用を足して外に出ると、朔が茫然と立ち尽くしていた。
親子連れの子供の楽し気な声が聞こえてきて、ふと朔を見れば彼はなんとも言えない表情のまま店の前に立っていた。
――なんと声をかければいいのだろう。こういう時、よくわからなくなってしまう。相手は子供だ。近江先輩のようにふざけてみても彼の気持ちは晴れないことは確かである。
若い夫婦と子供は駅の方角へと向かっていく。俺は思わず彼を担ぎあげた。
「ほれ、帰るぞ。荷物もたくさんあるんだしお前まで担いでいくとなると、結構大変なんだがな」
朔は驚いたように俺を見上げた。その表情がなんだかおかしくて思わず低い笑い声を出してしまう。
「よっしゃ、行くぞ!」
俺はその声と共に走り出した。
O
仕事を終えて、俺は神澤の宅を訪れた。何か役に立てることがあるんじゃないかと思ったからである。インターホンを鳴らすと、扉を開いて出てきたのは気になる張本人、朔であった。
「おう、兄ちゃんいるか?」
サラリと手を挙げて気軽を装うと、彼はこくりを頷いて家の中へと引っ込んでいった。扉が閉じかけ、慌てて扉を抑える。まったく昨日とは打って変わっての態度である。
昨日であればもっと距離もあったような気もするが、これもあいつのなせる業というものなのかもしれない。
リビングに入っていくと神澤の奴は料理を出しているところであった。見れば大概はどこかのスーパーでの総菜だ。
「なんだ、買った料理か?」
「いきなりやってきてその言い草はひどいですね」
「昨日、祥太にいろいろと仕込まれていただろ」
「はいそうですか、で料理なんて作れるわけがないでしょう。一応、少しずつでも始めるつもりではいます」
近江さん分の茶碗ないですけど……と神澤が口にするので、俺はもう食ってきたと答えた。
「また恭子さんですか? 飽きないですねえ」
「うるせえよ。俺らがどうしようと俺らの勝手だろうが」
恭子とは仕事で今日の昼から会えていない。まあ、忙しいのはお互い様であるし、たまには高い料理ではなくラーメンをすすりたくもなるというものだ。
脂っぽい料理の陳列を見て、思わず胃もたれを起こしそうになるのをなだめ、きちんと栄養のある食事なのか確認した後、どちらかといえば男っぽい料理ばかりなのに、辟易とする。
まあ、しょうがねえか……と床に腰を下ろし、とりあえずはと晩酌用のビールをやつに差し出す。神澤は一瞬ラベルを見て好みのビールだとわかったのだろう。しかし、輝かせた表情は一瞬で真顔に戻り、はにかむように笑った。
「これはどうも。けど、俺らこれから晩御飯ですし、朔の風呂もあるのでそれが終わってからでもいいですか?」
「好きにしろ」
二日目でこうやって変わる人間がここにいたのか。判然としない気持ちのまま、やつらに背を向けて一人でテレビを見る。
それをよそに晩御飯をまさに準備し終えた神澤は朔を大人用の椅子に座らせた。
「いただきます」
と神澤がいうと、朔もまた真似するように両手を合わせた。
のんびりしてやがるなあ。と何度思ったことか。しかし、打開策のようなものがない以上動きだすわけにいかないのも確かである。
「森住朔について調べてみたが、新橋にあるキャバのボーイのダチが森住って女に心当たりがあるそうだ」
祥太からそんな連絡があったのは、夜ラーメンを食そうとしていた時であった。 ざわついている店内をちらりと見やり、俺はそのまま、席について、食券を店員に渡すと、携帯電話を再び持ち直した。
「意外と早いな。それに名称が長い……もう誰かが探しているとかか」
直球にそう聞くと、彼の笑うため息が聞こえてきた。
「どう説明しろというんだ、お前は。少しばかり伝手を頼ってみたら案外そこまでのルートは簡単だったって話だよ」
朔の母親の名前は千恵里というらしい。高校卒業と同時にキャバクラで働き始めたころ。そして半年もしないうちに、客との関係、そして子供ができたとのことだ。
「じゃあ、だとすると……」
俺の言葉に祥太のくぐもった音が聞こえオイルライターのカチンという小気味よい音が聞こえてくる。
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