第12話
祥太が出ていったリビングで、しおりちゃんがぽつりとつぶやいた。
「……」
「決めつけるもあれですけど、きっとあの子が生まれた時、親もうれしかったと思うんです」
森住 朔。彼の年齢を知っている訳ではないが、子供にあることに変わりはない。彼にとっての人生も、知らない。ただの大人が、それも他人が、彼からの救難信号があったわけではなく、身勝手に動いて彼の世界を変えようとしている。
それは、正しい事なのだろうか。神澤もしおりちゃんも、そして祥太も。何か得するものがあるわけではない。ただの自己満足で、人ひとりの人生を変えようとしてしまっている。
「正しい事なのだろうか」
ぽつりとつぶやいたつもりであったが、しおりちゃんは立ち上がるのをやめ、再び座りなおした。
「と、いうと?」
年下の彼女に愚痴を吐き出してもいいのだろうか……。
「いや、なんというか。これって正しい事なのかなって思ってさ。俺らっていってしまえば、あの子供の他人じゃん。そんな風に俺らの身勝手でやっちゃっていいのかなって思ってさ。
人の人生一人変えようとしてるんだぜ?」
「正しいだとか、悪い事だとか、関係ないっすよ」
驚いて、しおりちゃんを見ると、彼女は神澤の口調でそう言ってのけた。
「たぶん、シャワーから帰ってきたらこういうかもなって。会って間もない私がいうのもおかしな話なんですけど」
高校時代の事を俺は思い出していた。あの時も神澤はこんなことをいっていた。いじめの問題が持ち上がった時、泣きながらすがってくるクラスメイトを見て、何も言えない俺に対し、神澤は笑っていた。
「誰が正しいだとか、誰が悪いなんて関係ないっすよ、近江先輩。俺らがどうするか、どうなりたいか――それがきっと大切だと、俺は思うんです。そう信じていかないと、つらいじゃないっすか」
だから、やらかしましょうよ。俺らが。
大人が嫌いだった。あの時ほどそう思ったときはない。誰も助けてはくれない……ならば、俺らが信じるしかないのだ。自分自身を
「ういーす。上がりましたーってあれ? 祥太さんはどこに行ったんですか?」
「店です……って神澤さん!?」
しおりちゃんの驚いた声に、俺もやつを見ると、彼は上半身裸であった。
「服を着ろ、この馬鹿野郎! 少し見直したと思ったらいつもこれだ!」
俺の言葉に、やつは……ん? と自身を見下ろして、ああ、と納得している。
「いや、洗濯物とかこっち置いてるんで」
「持って行けよ!」
「やだなあ、濡れちゃうじゃないですか」
この阿保! と大声をだして、思わず声を潜める。子供の寝言が聞こえてきたからだ。
「ほら、起きちゃいますよ!」
「どうでもいいからとりあえず服を着てください、神澤さん!」
しおりちゃんの悲鳴に近い声に、俺はとりあえず、やつの顔面にこぶしを入れておいた。
K
公開セクハラ扱いを受けるってどうなんだ。俺の家なのに……その文句は、胸の中にしまっておいた。俺が服を着て、三十分後に、しおりさんは帰っていった。とりあえず家の事をしなければならないらしい。
「次は店の席を空けておいてくれるように、父に頼んでおくので」
玄関先で、彼女はそう言いながらうつむいている。どうやら男性にはあまり耐性がないのだろうか……。
「ああ、わかった。えっと――俺も次からは気を付けるので」
そんなことをいうと、後ろから近江先輩にはたかれた。
「あたりめえだ、この馬鹿」
「前から思っていたんですけど、再会してから何度もバカバカ言われている気がするんですけど! あんまりな扱いすぎませんか?」
先ほど殴られた鼻もまだじんじんしている。それを思ってくれてもいいのではないだろうか、こっちだって一応被害者なのに!
「この話については終わってんだ。グダグダいうな!」
そんなことをいえば怒鳴り返される。コントのようなやりとりも再会してからずっとしている気がする。それを見かねたのか、しおりさんはペコリと頭を下げた。
「それじゃあ、私はこれで……」
「あーまった。俺も帰るわ。こいつとずっといてもいい案は浮かびそうにねえし」
近江先輩はそういうなり、革靴を履き始めた。と、いうかまたいじられている気がする。
「明日から部屋の角とか、棚とかそこらへんの事きちんとしておけよ。怪我させましたじゃ話にすらならねえからな」
「なんだったらしばらくの間、私の店にいてもらいましょうか?」
二人してそんな心配をしてくる。
「大丈夫です。とりあえずたらい回しにするのもかわいそうですし。昼は……店にお邪魔するかもしれませんけど」
ああ、それはいいかもな。と先輩が言い、しおりさんも
「父に話しておきますね」
と言ってくれた。
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