第10話

「どうして、こうなったんだよ」

俺がそう唖然と口をするのにも大概の人間は納得してくれるだろう。会議室には、大量のコピー用紙、そして、疲れ切った表情の茜がいた。隣には後輩らしき人物も腕に突っ伏している。どうやら徹夜で作業をしていたらしい。

 「何がどうなったって、そりゃこのありさまよ。壁にドン詰まってる状況。それで?  なんの用事よ。すっごく忙しいんだけど」

 茜はそう言いつつも、書類の束を取ろうともがくが、その書類の山は触っただけで崩れていった。

 「あーもう。本当にイラつく」

 舌打ちを一つこぼして、茜はそれを拾い上げていく。俺もかがんで何本かの企画書を取り出し、軽く中身を読んでいく。

 新しい商品のPR。それにどんな要素を盛り込んでいくのか。マスコットキャラクターやタレントを起用するなどありふれた案や、自社の過去のデータなどを参考に案を練っているようだった。中には数年前に俺自身が作っていたダメ企画書まである。

 「おいおい、これ俺が作ったやつじゃねえか。どういうことだ」

 「何か参考になるものないかなって思ってなんでもかんでも出したのが間違いだったわ目を通すだけでかなりの時間がかかるんだもの。ああ、それありがと」

 俺が持っていた書類をひったくるようにとると、彼女は再び席へと戻ろうとする。

「そりゃ無謀にもほどがあるぞ。どれだけの書類だよこりゃ」

 「アイデアがでないのよ」

席に戻って、茜はうなだれた。前までであれば優秀な人間だと思い込んでいたが、やはりそうではない、彼女も人間なのだ。

「失敗したものをそのまま使うってのもどうかと思うんだけどな」

「さっきも言ったけど、本当に参考程度よ。部長の目も厳しくなっていることはわかるけれど、どうしてもダメなのよ。納得できる形に持っていけてないの」

 やり方に問題があるのか、それとも別の問題があるのだろうか。俺には判断しかねた。は彼女が焦るのにもなんとなく思い当たる節はあった。彼女自身は意識していないかもしれないが、周りの目というものがどうしても出てきてしまう。こうしなければならないという思いが自分の発想の自由を奪ってしまっているのだろう。

「あまり気にしない方がいいと思うんだけどな。部長だとか周りの目をよ」

そのまま素直にそう口にするが、彼女は疲れた表情のまま、書類の山に頭を突っ込んでいる。これを手伝えと言っていた部長の目の光を思い出す。あれは明らかにこの惨状を知っていたからだろう。

 「そこの力尽きている後輩君は一体全体誰なんだ」

「んー? うちの部署の一番の後輩君。まあ今回の仕事に関しては二番目の被害者よね」

「一番は誰だよ」

「もちろん私よ。こんなこと引き受けなきゃよかったって何度も思ったわよ」

 もちろんこれには多少ばかりの見栄もあるのだろう。こんなにも苦しんでいる茜を見るのは久々である。

 新人のころはこうやって二人で試行錯誤をしながらも、作業をしていたものだ。

 「とりあえず、少しばかり寝てきたらどうだ。書類の整理くらいだったら手伝うぞ」

「ありがたいんだけど、締め切りもまずいのよ」

 「少し寝た方が、アイデアも浮かぶってもんだろう。とりあえずここは俺に任せて、応接室のソファーに寝転んで、二時間くらい寝てこいよ」

 しばらくの間……彼女は何も口にはしなかった。あきらめずにじっと彼女を見つめていると、あきれたような口調で、彼女はため息をつく。

「わかったわよ。休めばいいんでしょう」

首を回しながらも、彼女は立ち上がり、会議室を出ていった。

 俺はとりあえず名も知らぬ後輩君に毛布を掛けなおしてやり、俺は茜の残していった書類の束を整理し始めた。

「よくもまあ、こんな集めたもんだよな」

独り言をつぶやきながらも、内容に目を配っていく。様々な内容は彼女らしさの含まれている内容もあれば、てんでダメだろうと思えるような内容のものまである。

 本当に迷走していたんだな、と思いつつも頭の片隅で神澤の事を思い出す。いやでも昔の事を思い出しそうになり、恥ずかしさと同時に悔しさが湧き起こりそうになるのをぐっと我慢する。

 とりあえず、目の前の作業に集中する方が先決だろう。またあとで彼には連絡をすればいいわけだし。

 「よし、やるかあ」

うんと、伸びをして、俺は紙の束と、正面から向き合った。

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