第4話
困った。一体俺はどうすりゃいいんだ。その頃、俺の目の前には一人の子供が座っていた。とりあえずと残っていたレトルトのカレーを出すと素直に食べ始め、腹も減っていたのだろうそれも手伝ってガッツいている子供の姿を目の前にしながら、流石に先輩に頼るわけにも行かねえよなと一人で呟く。
「すいません、頼みたいというのは?」
神澤がそう言うと、メガネをかけた女性店員は困ったように経緯を話し始めた。
「本当はすぐに交番に行かなきゃいけないとは思っていたんですが、服も汚れていたし、怪我もしていたら一応行く前に店で保護していたんです」
なんの話か見えずに様々な可能性を考えていると、店員は窓のそばにより、手招きしてくる。いわれたとおりに中を覗くと、そこには十歳に満たないような子供が、男の店員と話しをしている。ぶっきらぼうに顔をしかめている子供と、笑顔の店員。きっと怪我の処置を終えたばかりなのだろう。
「子供? 親はどうしたんです?」
俺がそう言うと、彼女は困惑した表情のままで首を横に振った。
「わからないんです。何度も聞いたんですがそれについては話してはくれなくて。膝とか顔とかも、怪我してたし……もしかしてって思って」
なるほど、何か事件に巻き込まれた可能性があるというわけになるのか。もしくは、親からの暴行、それか、よほど長い間外をふらついていたかのどれかになるだろう。
ここら辺で起きた事件はすぐに連絡がくるはずだ。来ていないということは、子供自身の身辺で起こったことになるだろう。いずれにせよ、これは警察の案件であり、仕事である。
「では私どもの方で預からせていただきます」
そう言いながら、中へ入ろうとすると、女性店員が慌てふためいて、ドアに手を伸ばした俺を止めた。
「なんですかっ!」
何事かと慌てる。高校時代はそれなりに女性経験はあったが、今となってはそれも昔の話になってきている。それに好みの女の前だと、俺はとても、なんというかダメになってしまうのだ。
顔が真っ赤になるのを感じる。心臓が早鐘を打ち始めている。慌てて、下半身をなだめるように頭の中を羽佐間の顔でいっぱいにした。
「あの、少し待って下さい、その格好ですときっと逃げられてしまいますので」
「格好? 別におかしなところなんて……」
と言いかけてはたと自分の格好を見て、ああ、と納得する。警察の制服では確かに子供相手では何かと警戒されて当然だろう。
「とはいっても、これ以外の制服なんてどこにもないですよ。一旦、交番の方に戻らないと」
そう答えると、彼女はそのままでまっていて欲しいと言われる。
「店員の私服とか借りてきますので、少し待っていて下さい」
すると、ガチャリと店の扉が開き、そこから男性店員が顔をのぞかせてる。ぱっと見大学生だろうと思える男は心配そうにこちらを見たあと、女性店員に視線を移した。
「しおりさん、いい加減にしてくださいよ、俺子供の相手なんてしたことなくてさっきからこっちが泣きそうなんですけど」
「ちょうどいいところに! ちょっと望月君、私服貸して。」
「ええ、しおりさんが着るんですか? 入るかなあ」
口元に手を当てて、考え込んだ望月という男に、しおりと呼ばれた、女性店員は顔を真っ赤にしながらも、店内にいる子供に聞こえないよう声を抑えて叫ぶ。
「わたしが着るわけないでしょう! さっさと持ってくるの!」
いわれた店員は慌てふためいて、顔を引っ込めた。
「裏口から入りましょう。そうすればあの子にも見つからないですし」
彼女はそう言うなり、そのまま店の裏へと回っていく。こんなにも力強い女だとは思わなかった。見た目は大人しそうなのに……まだ、昨日会った恭子さんの方がおしとやかで素晴らしい女性だったとなんとなく思ってしまう。
わざわざ子供一人のためにこんなことをするのか……。と仕方なくワイシャツの袖に腕を通していく。裏口には従業員専用の個室が一応あったはものの、果たしてこれが更衣室になるとは……バイトの苦い経験を思い起こすと、やはりスタッフというのは世知辛いものだよなと思ってしまう。
私服をすべて着るべきかとも思案したが、ズボンだけはそのままにしておいた。男が男のジーパンを履くのも気持ちが悪い。
伸びていた袖などをなんとなく腕巻くりしてみたり、髪の毛をかるくいじると、ちょうどカーテンの向こうで待っていた、しおりさんが声を上げた。
「大丈夫ですか? 一応体格が似てるから入ると思ったんですが」
「ああ、問題ないよ。それにしても、しおりちゃんってこのバイト長いみたいだね」
「ええ、一応。バイトのリーダーですので」
控えめな返事が帰ってくるのを見計らって、俺は外に出る。おかしな格好ではない。確かにこの作戦はいいかもしれないな、改めて立ち鏡の場所までいき、自身の格好を確認する。
「よし、それじゃあ作戦決行ですね!」
両手を握り締めるようにしおりさんが言い、先立って歩き出した。
果たして、うまくいくのだろうか。
そんな心配を振り払うかのように、子供はこちらを警戒などしなかった。ただただ、俺はニコニコして、しおりさんが必死に子供を説得する様子を眺めていればよかったのだから。
「このお兄さんはね、実はヒーローなんだよー? だからこのお兄さんと一緒におまわりさんの場所にいこうね。大丈夫、怖くないから……ぶっ!」
投げられたのは、くまのぬいぐるみであった。誰が渡していたかといえば、先程望月と呼ばれた彼だ。元々、ここは主婦層の女性達も多いことから、店長が置いているぬいぐるみを、子供はしおりに向かって投げていた。かなり警戒心の強い子供だ。まるで大人が相手にならない。むしろ相手にすらされていない。
「ヒーローなんてばかみてえ」
子供がそう口を聞いた。へえ、という感覚が俺の中に生まれる。それはまるで現実を見知っているかのような口ぶりだ。
それとも単に強がっているだけなのだろう。自分自身にもこういう年頃があったかと思うとなんともいえないむず痒さが湧き上がってくる。
「どうしましょうか。このままだとぜったいお客さんにも迷惑がかかちゃうし。まずくないですか、店長が来たらこれ、どやされちゃいますよ」
望月青年が、人形を持つしおりにこっそりと耳打ちしている。
「別に怒られやしないわよ。小学生でもよく来ているし。けど、このままでも良くないことはたしかね」
うん、と頷く。いつになったら交番に帰れるのかと、夕暮れに沈む街並みを呆然と窓から見つめる。カウンベルが鳴り、袋を両手に持った男が入ってきた。
「あ」
望月青年が発すると共に、その男も、疑問そうに四人を見つめた。見慣れない俺と、その背中で打ち合わせをしているバイト二人。そしてカウンターにふてぶてしく座る少年を順繰りにみる。
「ただいま。なんだなんか賑やかだな。まだ仕事中だろう。そんな騒がしくしていいと思っているのか」
渋い髭を顎に蓄えた昔の西部劇に出てきそうな風貌の男は捨て台詞のようにそう言うと、カウンターの側を通りすぎて、事務所の中へと入って行った。
「いやあ、店長、おかえりなさい」
揉み手をして、望月青年は店長を追って、事務所へと入っていく。思わず背中の後ろに隠れている、しおりを見るが、彼女は携帯を取り出し何かを打ち込んでいる。
「それで、その子供の代金はそこのあんちゃんが払ってくれるんだろう?」
カウンターで作業をしながら、店長と名乗る男がそう口にした。目も上げずにそう言うのものだがら俺に話しかけているとは思っても見なかったが、周りをみればあんちゃんと呼ばれるような男は俺しかおらず、窓際の席に移動して、子供の相手をしていたバイトの二人が困ったような顔でこちらを見てくる。
「はい、いくら……でしたっけ」
これって経費で落ねえだろうなあ、とそんなことを思いつつも店長が渡してきた伝票通りの金を渡す。
「あと、まかないで申し訳ねえけどカレーがあるからもって帰るといい」
「あ、はい。助かります」
そういうと、お釣りと共に、ビニール袋を渡される。帰りに何かを買おうと思うが、コンビニでチキンでも買えば見た目もよくなるだろう。
とりあえず、羽佐間に今日は直接帰ることを伝え、さらには子供をうちに泊めなければならない。着替えとか色々準備しなきゃいけないかもなあ……どうすんだ経費。
頭の中は財布の中身のことでいっぱいいっぱいである。子供なんて、あと数年は縁遠いものだったはずだ。
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