第25話 春夏秋冬 ~涼&早紀~
今回、次回の話には晴次の姉、早紀が登場します。本編とは直接関係ありませんが、番外編という事でご了承下さい(笑)
生き物を飼っている以上、基本的には仕事に休みはない。私が働いている牧場も土日は交代制で休みをとる。牧場の従業員には家庭や育児などの理由で休みを申請する人もいるので、予定がない限り私の休みは平日が多かった。
「暇だ…」
たまにはバイクに乗ろうと思っていたのに、朝からの雨で予定が消えてしまった。夏樹さんにも会ったばかりだし、退屈で仕方がない。部屋でごろごろする事にも飽きて近場をスマホで検索すると、街の中心部に図書館があるのを見つけた。折角なのでと時間潰しに行ってみることにした。
「何、ここ…」
訪れた図書館は夏樹さんの働いていた所よりも断然大きく、綺麗だった。どうやらリニューアルしたばかりらしく中に入ると真新しい匂いがする。広々としたゆとりのあるスペースにお洒落なソファー、貸し出しは機械で行うらしい。あの小さな図書館しか知らない私には、驚きすぎて声も出ない。
(夏樹さんがここで働いていなくて良かった…)
彼女が笑顔で出迎えてくれる雰囲気が好きで、私はあの図書館に遊びに行ったのだ。もし彼女が働いているのがこんな場所なら、きっと遠慮したに違いない。
本を読む気は全くなかったが、折角来たのだからと思いぶらぶらと一通り回ることにした。利用者も多く騒々しさはないものの、談笑したりスマホを見ている人がいたりと全体的にゆったりとした時間が流れている。本棚の間を歩いていると、一人の女性が目についた。覚束ない足取りで歩き、女性の頭の上の本棚に手を伸ばそうとして横に倒れかかるのが見えた。
「!!」
考えるより身体が先に動き、間一髪で女性を抱きとめた。服の上からでも分かるくらい細く柔らかい身体に内心驚く。
「あの…すいません…」
「あっ、ご、ごめんなさい!」
緊張した様な声の女性から声をかけられて慌てて身体を離した。顔を上げた女性は、同性の私がはっとする位綺麗な人だった。
「いえ、私が助けて貰ったのに、謝らないで下さい。
ありがとうございました」
「あ、いや、…すいません」
微笑みかけられて、思わずしどろもどろで答えると、女性は可笑しそうに笑った。
「本、取りましょうか?」
「お願い出来ますか?あの白い背表紙の本なのですけど…」
本を手渡すと嬉しそうにする様子に、この人は本が好きなんだろうな、と思っていると、女性は言い訳をするように少し恥ずかしげに説明した。
「この本を友人に面白いからって勧められて借りに来たんです。普段は車椅子なんですが、ようやく動けるようになって少し歩きたくなって。恥ずかしい所をお見せしました」
視線の先に無人の車椅子が置いてある。まるで、失敗したところを見つかった子供の様に話す姿に、私も思わず笑ってしまった。
「転ぶ前に間に合って安心しました。あちらまで大丈夫ですか?」
「ええ」
ゆっくり歩き出す女性の傍で何となく私も付き添う。無事に車椅子まで戻ると小さく安堵のため息が出た。
「ありがとうございます」
「いえ…本が好きなんですね?」
「ええ。あなたも本を借りに来たのですか?」
「私は、あまりに暇で…今日初めて来たんです」
「ふふふ」
私の言葉におかしそうに笑う女性は、思った以上に気さくな人らしい。笑う顔にふと既視感を覚えるものの、直ぐに消えた。
「初めて来た感想はどうでした?」
「いやぁ、凄いですね。この図書館。
私の友人も図書館で働いていますけど、規模が違います」
「あら、そうなんですね。私の友人も図書司書なんですよ。凄い偶然ですね」
「本当ですね」
私と同年代くらいの女性と急に親近感が湧いてきて、二人で驚きあい、笑った。不意に、スマホが無言で震える音が聞こえ女性がバックに手を当てるのを見て、会釈して立ち去る事にした。
「それじゃあ」
「ええ」
お互い微笑んで歩き出す。何気なく振り返ってみると、女性が嬉しそうにスマホを見つめていた。
「早紀さん!」
私を見て駆けるように歩いてくる彼女に、つい笑みがこぼれる。会えて嬉しいのは私も同じだが、少しだけ余裕の表情を繕って迎えた。
「夏樹、走ると危ないわよ」
「ふふふ、大丈夫だよ」
私の自宅近くの大きな公園で待ち合わせるのが定番となり、今日は二人でお弁当を持ち寄った。先週の今日は朝から雨だったが、本日は傘の心配も無さそうだ。
ベンチに向かい合って座ると、お互いの近況を話しながらお弁当を広げる。
「あら、夏樹はお弁当箱を二つ準備したの?」
「こっちの小さい方はおにぎりで、おかずは早紀さんと半分こしようと思って…」
「それなら、私のおかずもどうぞ」
「楽しみだね、…えっ!?」
「?」
小さめの弁当箱の蓋を開けた夏樹は、そのまま固まってしまった。中を覗いてみればオムライスの上に可愛らしく'LOVE'の文字が飾られている。
「…夏樹、良かったわね。愛されてて」
「あ、綾乃ちゃん…いつの間に…」
赤くなって崩れ落ちそうな夏樹には悪いが、つい笑ってしまい、夏樹も赤い顔のまま、それでも嬉しそうに箸を取った。そんな彼女が愛しくて仕方がない。最近は友人も出来て、彼女の周りは随分賑やかになったようだ。嬉しそうな表情で話す夏樹を見つめてそんな事を考えていた。
「早紀さん、どうしたの?」
「何が?」
「私の顔に何かついてる?」
「ううん。夏樹はやっぱり可愛いなあと思っていただけ」
「!?」
途端に顔を赤くする彼女に、ついいたずら心が湧いてきて、見つめたまま彼女に告げた。
「好きよ、夏樹」
「…ありがと」
ごにょごにょしながら、辛うじて答えた彼女がやっぱり愛しくて、くすくす笑った。冗談だと分かったのかようやく顔を上げた夏樹に、話題を変えてみた。
「そう言えば、この間夏樹が勧めてくれた本、おもしろかったわよ」
「本当に?良かった」
「私、図書館で本を借りたのだけど、その時にね、面白い事があったの」
「えっ、何があったの?」
「歩く練習をしようと思ってね、本棚まで車椅子を使わずに歩いたの。上の棚にあった本を取ろうとしてバランスを崩した時、さっと助けてくれた人がいたのよ」
「わっ、ドラマみたいだね。その人って、男の人?」
「それが女性だったんだけどね、最初は男の人かと思ったわ。
背が高くて細身なのに体つきがしっかりしていて、格好良い人だったから」
「早紀さん随分良く覚えているね」
「だって、その後しばらく二人で話したから。その人もね、図書司書の友人がいるって言っていたの」
「凄い偶然だね。それで、その後は?」
「お互い挨拶して別れたわ」
「そうなんだ。意外な場所でまた会ったりするかもね」
「ふふふ、また会いたいわね」
「えっ!?早紀さん、もしかして…?」
思わず問いかけた夏樹に笑って説明する。私の言葉に恋愛的な意味を感じたらしい。
「違うわよ、何だか気が合いそうな感じの人だったの。
私と同じくらいの年だったし。それに…」
私を見る彼女の頬をそっと指でつつく。彼女の恋人もこのくらいのスキンシップは許してくれるだろう。
「私の好きな人は目の前にいるしね」
「綾乃、あんた何それ?」
おにぎりの入った小さな弁当箱と二つの惣菜パン、鳥の炭火焼きのパックを見て、春香が呆れたように言った。
「ちょっと訳ありでね。とりあえず早く食べようよ。
朝が早かったんだから、眠いしお腹ぺこぺこだよ」
「朝から夏樹さんを襲ったの?」
「心外な!私は襲ってはいません。
ちゃんと本人に承諾を得ています!」
「威張って言うことじゃないでしょう…
どうせ、そのお弁当も夏樹さん絡みなんでしょう」
「へへ、内緒。今頃驚いているかもね、楽しみだなあ」
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