第24話 春夏秋冬 ~晴次&綾乃~

前書き

こちらは本編に一度名前が出てきた晴次がメインの話です。詳しく知りたい方は前作「私と貴女と…」に登場するので良かったら読んで見て下さい。




「お疲れ~」


グラスを合わせて乾杯すると、アルコールではなくジュースを流し込んだ。他の三人がビールをごくごくと飲んでいるのを見て、俺には、まだビールの旨さは分からないな、と心の中で呟いた。


仕事終わり近くになって職場の友人から'今日集まらないか?'と誘いを受けた。たまには他の場所で、という事で集合したのは個室の多い居酒屋だった。特に用事もなかったので参加したのだが、全員揃ったのは久しぶりだった。


料理もアルコールもデザートも種類が多く、皆で色々と注文する。次々とアルコールが追加されるなか、ちびちびとジュースを飲み、ばくばくと料理を食べた。このメンバーで酒を飲むのは危険すぎる。真っ先に潰れる自信があるからだ。


「長谷くん、これも食べる?」

「おう、ありがとう」


隣の席の女性が差し出した皿を遠慮なく受け取る。居酒屋の料理はどうしてこんなに旨いのだろう、そう思うと、彼女の顔が思い浮かんだ。同時に、胸がちくりと痛む。


(夏樹にも、随分会っていないな…)


ずっと想い続けていた彼女は恋人が出来て、見違えるように明るく綺麗になった。彼女達への遠慮もあって自分からは連絡しないでいたが、時々無性に会いたくなる。もう自分の想いは叶うことはないと諦めてはいるのだが、ふとした瞬間思い出す。


「それで、長谷は付き合っている人はいないのか?」

「は?何が?」

「お前、話聞いていた?」

「いや、聞いていなかった」


いつの間にか、話題が変わったらしく話が分からずに聞き返すと別の友人に呆れられた。どうやら既に三人ともかなり出来上がっている様だ。


「長谷くんは格好良いから、付き合う人には困らないでしょう?」

「本当、羨ましいよな」

「俺も出会いが欲しい」


それぞれの言葉に笑っただけで答えなかった。まさか片想いの人から全く意識されずに、そのまま終わったなんて言ったところで、誰も本気にしないだろうと思ったからだ。

話題は次へと移り、そろそろ帰ろうか考える。この三人は次の場所で飲むのだろう。


(あいつ、元気にしているかな)


姉の早紀から隣町の図書館で働き出したとは聞いていたが、一度も訪ねた事はなかった。スマホを取り出して図書館を検索すると、それ程遠くない場所にある。近々訪ねてみようと思い立ち、スマホをしまう。


「俺、そろそろ帰るわ」


前に座る二人に告げると「トイレに行ってから会計しようぜ」と言われ、席を立つのを見送った。隣の女性の職場の愚痴を聞いていたが、一向に二人が戻ってくる気配がない。


「なあ。あいつら、遅くないか?」

「そうだね」


二人で荷物を持ち合い、個室から出てトイレの方に行くと正面に二人が見えた。二人の前には同じく女性がいて、どうやら彼女達に熱心に声をかけているようだ。


「俺達をほったらかしてナンパかよ…」

「これだから、男っていうのは…」


いつもの事にうんざりしながら遠目で合図を送るも、全く帰ってくる気配がない。


「ちょっと、長谷くん。どうにかしてよ」

「おい、俺かよ。

俺が行くと、絶対あの二人は俺に文句を言うんだぜ。お前が来なければ成功していたのにって」

「私が行っても同じよ。お前のせいで彼女持ちに誤解されたって言うんだから」


明らかに困っている様な女性達の雰囲気に、渋々二人を回収に向かう。結局、俺には何のメリットもないことに、それでもほっとけなくてついお節介をしてしまう。


「お前ら、次に行くんだろう。早くしろよ」


俺の呼び掛けに、ほっとした様子で振り返った女性を見て驚いた。


「夏樹!?」

「えっ、晴次さん!?」


思っても見ない場所での再会に、二人で驚きあう。夏樹に会えて嬉しい反面、なぜここにいるのかも分からずお互い言葉が出ない。そんな俺達の様子を隣の小柄な女性が不思議そうに見ていた。


「長谷の知り合いか?」

「まあな、友人だ」

「お前、こんな美人と友人だったのかよ!?」

「それなら、ますます都合が良いじゃない?

俺達と飲みに行こうよ。長谷も行くから心配ないだろう?」

「はぁ!?何勝手に決めているんだよ!!」

「良いじゃないか、今日だけ付き合えよ」


「晴次さん…」


ますます調子に乗る二人に、さりげなく小柄な女性を庇いながら困った様子の夏樹を見て、つい荒い口調になった。


「お前達、いい加減にしろよ。困っているだろうが!

それに、こいつには恋人がいるんだよ。諦めろ!」

「何だ、男がいるのかよ。それなら仕方ないな…」

「そうだよな、これだけ美人なら彼氏の一人や二人はいるよな…」


心底がっかりした様子で、肩を落とし帰っていく二人を見送ってから夏樹を見た。笑顔で「ありがとう」と言われ、思わず顔がにやける。


「ごめんな。嫌な思いさせて…」

「ううん、晴次さん、格好良かったよ」


「そうか…」


その一言で、幸せな気分になる自分に内心呆れるものの、悪い気はしない。本当はもう少し一緒にいたいが、レジの傍で三人が待っているのを見て、泣く泣く諦めて向かった。


会計を済ませ三人と別れると、まるで見計らったかのようにスマホが震える。着信の相手を見て、思わず笑みがこぼれた。


「もしもし」

「いやぁ、格好良かったよ!

私、思わず惚れちゃいそうだった」

「冗談も休み休み言え、綾乃。お前、夏樹に今の言葉言うぞ。

見てたのなら、助けに行けよ」

「勿論、冗談です。言わないで下さい。

私が行く前に晴次さんが行ってくれたの。

ありがとう」


久しぶりのやり取りに、先程の友人とは違った気楽さを感じる。どんなに離れていても、あいつとはいつまでもこんな関係でいたい。


「晴次さん、今から飲み直すの?」

「いや、俺は飲んでないし、もう帰ろうかと思って皆と別れたところだった」

「それなら、こっちに来ない?久しぶりに会いたいし」

「お前、夏樹といたんだろう?

あいつ知らない女性と一緒だったぞ。俺が押し掛けたら迷惑だろうが」

「あぁ、大丈夫。後で紹介するから。

ここにはね可愛い女の子が四人もいるんだよ。

晴次さんが来たら、モテモテだよ」


「…夏樹は当然だとして、その'可愛い女の子'の中にまさか自分もカウントしていないよな?」

「勿論入っているよ。

可愛いでしょう?私」

「あぁ、確かに。綾乃の性格を知らなかったらな」

「相変わらずムカつく!!

とりあえず、店を入って左側の一番奥にいるから、来てね」


綾乃の言葉に行こうか迷っていると、こちらの考えを見透かしたかのように一言告げた。


「夏樹さんも会いたいから、待っているって」


そのまま一方的に通話が切れ、スマホを耳から離す。悩んだ末に、綾乃の最後の一言につられて店へと引き返した。


「…おい、綾乃」

「何?晴次さん」


俺の不機嫌な声に臆するどころか、むしろ嬉しそうに訊ねる綾乃を睨み付ける。こいつは俺の言いたい事を分かっているらしい。


「お前を一瞬でも信じた俺が馬鹿だったよ…」

「何が?私、きちんと説明したよね?

晴次さんにちゃんと本当の事を話したでしょう?

'可愛い女の子が四人もいる'って」

「あぁ、その通りだ。この野郎!!」

「うひひ」

「変な笑い方をするな!

何がモテモテだ!殆ど知り合いじゃないか!」


「まあまあ、そんな事は気にしないで楽しく飲もうよ」

「お前、俺に奢らせる気だろう?」

「大丈夫。私、バイトしてるから。今日は晴次さんに奢ってあげるよ。夏樹さんと桜ちゃんを助けてくれたお礼で」

「何のバイトしているんだ?」

「知りたい?」

「別に良いや。綾乃が奢ってくれるなら遠慮なく頼もう」

「綺麗にスルーされた!」


俺達の会話を前に座る二人が驚いたように見ていた。隣の夏樹はくすくすと笑っていて、その笑顔にやっぱり心が惹かれる。

個室の扉を開けてみれば、見知った顔ばかりだった。夏樹に綾乃、そして先程の女性、もう一人は以前会った水瀬さんだった。綾乃に席を勧められ、右に夏樹、左に綾乃、正面に水瀬さんと女性という他人が見れば羨む様な状態だったが、素直に喜べない。

ただ、こうして見れば、先程の友人が声をかけたくなるのも納得するくらい、彼女達はそれぞれが魅力的だった。


「あの…」


正面の女性がおずおずと声をかけてきた。


「さっきはありがとうございました」

「いや、こちらこそ連れが迷惑をかけてすいません」

「長谷さん、桜を助けてくれて、ありがとう。

もう少し早く気がつけば、私が行ったんだけど…」

「俺ももっと早く止めるべきだったよ」


俺達の会話を聞いていた女性が水瀬さんに「涼さんの知り合いの人?」と訊ねているのを聞いて、自己紹介する。


「俺は長谷晴次。夏樹の友人で、水瀬さんとも一度会った事があるんだ」

「そうなんですね。私、早川桜です」


ぺこりと頭を下げる彼女は随分若く見える。おそらくこの中でも一番年下だろう。


「早川さんは、いくつ?」

「私、十八です」


彼女の年齢に内心驚きながらも表情に出さず話を続ける。このメンバーがどういった経緯で仲良くなったのか全く分からない。


「高校生?」

「いえ、大学生です」


同じ大学生でも綾乃と早川さんでは随分雰囲気が違う。ちらりと二人を見比べた俺の視線を感じたのか「何?」と言う綾乃ににこりと笑って告げる。


「大学生活も四年経つと、こうも変わるのかと思ってな」

「…私に喧嘩を売ってるの?」

「俺はあくまで感想を言っただけだ」

「夏樹さーん!晴次さんが私を苛める…」

「はいはい、相変わらず仲良しね」

「がーん、夏樹さんが冷たい…」


騒ぐ綾乃に構わず夏樹を見ると、視線が合って微笑まれた。綾乃は、正面の二人と何か話している。


「このメンバーでよく集まるのか?」

「ううん、久しぶりなの」

「そうか。

夏樹が元気そうで安心したよ」

「晴次さんとは会わなくなったものね。電話してくれれば良いのに」

「まあな」


ふふ、と笑い合うと「何か飲む?」と聞かれた。メニューを渡されお勧めを説明してくれる夏樹の身体がいつもより少し近くてどきりとした。さりげなく距離を取って飲み物と料理を頼む。

綾乃に気を使ったのではなく、自分の心が平静でいられないからだ。

こちらのテーブルの料理は、いかにも女性が好みそうな物が並んでいて先程の揚げ物ばかりのテーブルより断然良い。綾乃は奢ると言っていたが自分で払うつもりで箸を取る。先に来た飲み物で彼女達と乾杯すると、追加の料理にアイスと一口ステーキが混じって運ばれてきた。嬉しそうにアイスを食べる夏樹を横目で見ながら、その反対側で綾乃が美味しそうに肉を食べている光景は理解不能だった。


「お前、最後の締めに肉なんて食うなよ…」

「良いじゃない、美味しいんだし」

「…一口くれ」

「良いよ、あーん」

「ば、馬鹿!!誰がするか」


俺の言葉ににやりと笑うと、綾乃は夏樹に声をかけた。


「夏樹さん、晴次さんが食べさせて欲しいって」

「えっ?」

「はぁっ!?

俺は一言も言っていないからな!」

「もう、晴次さんたら、照れちゃって。食べさせてあげようよ、夏樹さん」

「お前、酒の飲みすぎだろう。

今日はテンションがおかしいぞ」

「だって、久しぶりに晴次さんに会えたんだもん。ずっとからかいたくて、うずうずしていたんだよね」

「この酔っぱらいが!

夏樹、こいつ大丈夫か?」

「大丈夫だよ。いつもの綾乃ちゃんだから」


告げる彼女はなぜか嬉しそうだった。水瀬さん達も笑うばかりで助けに来ない。


「長谷さんって、面白い人だね。私、何だか親近感を覚えるわ」

「俺じゃなくて綾乃が面白いんだ」

「涼さんと綾乃さんもいつもあんな感じだものね」


綾乃のお陰で打ち解けた雰囲気となり、それから色々な話をした。水瀬さんは現在、俺の実家近くに住んでいるらしく地元トークで話が弾む。

それからあっという間に時間が過ぎて解散となった。「私が勝手に呼んだんだから良いのに」と言う綾乃を無視して会計をする。「今度奢ってくれ」と返すとやっと納得してくれた。


駐車場で水瀬さん達と別れると、誰かのスマホから音が聞こえた。


「あっ、私だ」


慌ててバックからスマホを取り出した綾乃は、少し離れた場所で電話をしている。やがて、スマホを持ったまま俺を呼んだ。


「ごめん、晴次さん。私、もう少し電話に時間がかかりそうなの。良かったら、夏樹さんを送って行ってくれない?」

「ああ、構わないぞ」

「ありがと」


再びスマホを耳に当てる綾乃は、俺に手を振って反対側を向いた。不思議そうに見つめている夏樹に歩みより事情を説明すると「それなら一緒に帰ろう」と言って綾乃に手を振る。片手でぶんぶん振り返す姿に二人で笑って、歩き出した。


暑くもなく寒くもない過ごしやすい季節の夜の散歩は気持ちが良く、ゆっくりと歩く。夏樹の歩調がいつもより少し遅めなのは、遅れてくるであろう綾乃の為だという事が分かっていたが、それでも構わなかった。


「良かったな、夏樹」

「うん?」

「綾乃がいてくれて」


「うん」


俺の言葉に顔を向けると、にこりと笑う。その表情は陰りのあった昔の笑い顔ではなく、幸せに溢れた顔だった。

そんな彼女に、それ以上何も言えなくて黙って歩く。話したい事、聞きたい事はたくさんあるのに言葉が出ない。幸せそうな彼女の笑顔が、締め付けられるような胸の痛みを呼び起こす。だけど、そんな彼女を見る事が出来て、幸せな気持ちになる自分もいた。


(いい加減にきっぱりと諦めなきゃな…)


彼女はもう大丈夫だ、だから、離れなければならない…そんな思いが頭を掠めた。

やがて、分かれ道に差し掛かる。夏樹の家はここから直ぐだ。

一人でも大丈夫だろう、彼女にはもうすぐ綾乃が追い付くはずだから…


「夏樹」


もう会わないつもりで最後の質問をする。答えは分かっているのだが、もう一度きちんと聞いておきたかった。


「今、幸せか?」

「うん、幸せだよ」

「そうか」


笑顔で答える夏樹を見つめて笑う。俺の好きだった人の幸せな笑顔を忘れないでいたかったから。


「だけどね…

だけど、私、もっと幸せになりたいんだ」

「えっ?」


「綾乃ちゃんが言ってくれたの。私は、綾乃ちゃんがいて、早紀さんがいて、涼さんや桜ちゃんとも知り合えた。私を支えて、見守ってくれる人がたくさんいる。これからはもっと皆で楽しい思い出をたくさん作ろうって。

だから、私は皆と一緒に楽しんで、昨日よりも、今日よりも、もっと幸せになりたい」


夏樹がすぐ目の前まで来る。彼女の香りがふわりと鼻を掠めた。


「だから、私、晴次さんともずっと一緒にいたい」


手を伸ばせば抱きしめられる距離にいる彼女は、真っ直ぐ見つめてくる。少しだけ不安そうに、だけど期待に満ちている表情の彼女は、俺がどんな気持ちで見つめているかなんて少しも知らないだろう。だけど…


「今まで俺が夏樹の頼みを断った事があったか?」


その言葉に、ぱっと明るい表情に変わった夏樹に苦笑し、抱きしめる代わりに、夏樹の頭をぽんぽん撫でた。


「ありがとう、晴次さん!」

「ほら、もうすぐ綾乃が帰ってくるんだろう?

家で待っていてやれよ」


手を振って笑顔で別れた夏樹を見送り、後ろを見ると綾乃が立っている。何となく彼女が近くにいた気がしたから特に驚かなかった。


「遅かったな」

「まあね」


「…ごめんね、晴次さん」


綾乃は辛そうな表情で俺に謝った。夏樹の願いに付き合うことは俺に取ってどれ程辛いか綾乃は分かっているから…


「気にするな」


そう言って綾乃に笑って見せる。俺は夏樹の悲しい顔を見たくないし、こいつに夏樹の事で辛い想いをして欲しくない。


「俺は夏樹がお前を好きになって、本当に良かったと思っているよ」


「晴次さん…」


「俺や早紀じゃ夏樹の傍にいることは出来ても、あんな笑顔は見せれない。お前がいてくれるから夏樹は幸せなんだよ」


一瞬顔を歪めた綾乃は袖でごしごしと目元を拭うと、少し赤い目のまま笑って見せた。いつもの様に笑う綾乃に安心して「じゃあな」と歩き出す。後ろから呼び掛けられ、振り向くと綾乃と視線が合う。


「ありがとね」

「今度は奢れよ」

「分かった。その時は電話してね」


手を上げて応える俺に後ろから「約束だよ」と声がかかった。少しだけ必死さが込められたその声に、もう一度綾乃を見つめて笑って告げる。


「安心しろ。

俺は約束を守る主義だ」


その言葉に、彼女は嬉しそうに笑って手を振った。

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