042-第三世界ハッキング

『ハハ……ハハハハハハハッ!!!!』


 ロロウナが自身を別世界の魔王の配下と名乗る様子に、イルスヴァは妙なテンションで高笑いを上げた。


『何をほざくかと思えば、第六世界の魔王? しかも君がその配下最強? 小娘ふぜいが笑わせてくれるね!』


 ロロウナの言った事を冗談と茶化すイルスヴァだが、当のロロウナの表情は真剣そのものだ。


『そうだね。他の達とはしばらく会ってないし、もしかするとボクを追い抜くくらい強くなってるかもしれない。でも……』


 灼熱と炎と見紛うようなあかい瞳を細めたロロウナは、何か懐かしむような顔でイルスヴァに杖を向けた。


『ボクら魔王四天王の誰よりも、キミの方が弱っちいのは間違いないかな』


『貴様ァ!!!』


 挑発に憤慨したイルスヴァが黒い魔力の固まりをロロウナに向けて放つと、着弾と同時に空間を揺るがす程の巨大な爆発が上がった。


『生意気な小娘の分際で僕を愚弄するからこうなるんだ! ハハハァー!』


 イルスヴァは両腕を振り上げて力を誇示したものの、黒い爆炎の向こうに薄らと浮かぶ影に気づくや否や、すぐに表情が凍り付いた。


『不意打ちで急襲したうえ勝ったと早とちりして勝利ポーズか。見ててこっちの方が恥ずかしいから止めてくれないかなー?』


 黒いローブに付いた砂埃を両手で払いながら、つまらなそうにぼやくロロウナの姿に、イルスヴァだけでなくカナまでもが驚愕している。


『い、いつの間に防御魔法を……!』


『別に防御なんてしてない。"キミが弱すぎて、ボクに魔法でダメージを与えられない"ってだけだからさ』


 なにやらロロウナがトンデモナイ事を言い出した。


『我輩とカナの二人がかりでも苦戦する輩を相手に、弱すぎとは……』


『……』


 セラとカナの二人は若干呆れ気味ながらも、その顔には少し警戒の色を浮かべている様子だ。


『じゃあ次はボクから……ファイアーボール!』


 ……よくあるファンタジーモノでファイアーボールと言えば、赤い小さな火の玉を放つ『初心者用の魔法』というイメージがあるのだが、ロロウナの杖から放たれたそれはまるでSF映画のレーザービームのようなエネルギー弾だった。


『ぬおおおっ!!!』


 すんでのところでファイアーボールを回避するも、その衝撃波でイルスヴァの鎧からメキメキとプレートの軋む音が響き、鎧の表面が熱で融解していた。

 そしてファイアーボールが"時の最果て"の壁に触れた途端、空間が崩れて世界に色が戻ってしまい、セラが慌てて結界を張り直していた。

 この一発がいったいどれだけの超高温の一撃だったのかは想像も付かない。


『このくらい、普通に打ち返してくれると期待してたんだけどね』


『こ、このぉっ!!』


 残念そうな顔で両手を広げてヤレヤレとぼやくロロウナに対し、イルスヴァは再び不意打ちで2本のナイフを投げる!

 ……が、それらを全てマントのようにひるがえした黒ローブで受け止めると、つまらなそうな顔でナイフを消し炭に変えた。


『不意打ち以外ないの?』


『お、おのれ……! 裏切りの魔女よ、僕の盾となれ!!』


『い、痛いっ!!』


 突然自らの名を呼ばれたユキコちゃんは、長い三つ編みをイルスヴァに掴まれ無理矢理引っ張られて羽交い締められた。


『くっくっく……。僕を倒す為にこの小娘とその父親を犠牲にしても良いのか?』


 相変わらず懲りずに人質で脅しをかけてくるイルスヴァに、さすがのロロウナも苛立って来たのか、微妙に怒りの色を滲ませている。


『誘拐、人質、不意打ち、不意打ち……~からの人質って、本当キミって……クソ野郎だね』


『黙れっ!!』


 だが、イルスヴァは何かを思いついたのかニヤリと笑うと、ユキコちゃんを羽交い締めにしながら何か魔法の詠唱を始めた。

 その魔法が何であるのかを察したのか、ユキコちゃんがそれを止めようとバタバタと暴れる。


「こ、この人を止めてっ! みんな死んじゃう!!」


『もう遅い!! くらえ秘奥義……デッドリーポイズン!!!』


 イルスヴァがユキコちゃんを突き飛ばして両手を空に広げると、黒い靄が吹き出した。


『貴様ら皆殺しにしてくれるわフハハハハハアアアアアーーー!!!』


 叫び声と共に黒い霧が辺りに広がると……



【Function error -1】



 空中投影されたスクリーンに不思議なメッセージが表示されたかと思った矢先、黒い靄が宙に融けて消えた。


『……は?』


 間の抜けた声を漏らしたイルスヴァだったが、懲りずに同じ魔法を何度も唱えたり、に浮かぶスクリーンに映ったユキコ父に向けて『発動!』とか『死ね!』などと叫んでいる。

 ……が、やっぱり何も起こらない。

 いつの間にかスクリーンに表示されたカウントダウンの数字も、増えたり減ったりとデタラメな挙動になってしまっている。


「どゆこと?」


 俺が不思議そうにしていると、ロロウナが少し自慢げな顔でフッと笑った。


『コイツの使う即死系スキルは実処理ルーチンにバグがあってね。事前にこの世界のリソースを使い切っておくと、発動に失敗するんだよ』


『事前に使い切るっ!!?』


 何故かカナが驚いている。


「やっぱそれって凄い話?」


『凄いとかそういう次元じゃないです! 確かに第三世界は他に比べて、魔法や神聖術を使う為の"リソース"と呼ばれる力の源が少ないのは確かです。でも、それを一人の力で使い切るなんて到底不可能ですし、たとえ神の力をもってしても実現できないと思います……なのに、貴女は一体どうやって!?』


 驚愕するカナを見て、ロロウナはフフっと楽しそうに笑う。


『うちの魔王様や大天使アウリアはそういうトコに長けてた方達でね。色々と方法はあるのさ。方法は企業機密だけどね♪』


『そんなバカな……!!!』


 いつの間にか悪あがきを止めていたイルスヴァは、空中に浮かぶスクリーンを眺めながら叫んだ。

 そして、ロロウナはゆっくりとそこに向けて歩み寄りながら語り始める。


『父親を人質にとられた少女ユキコの恐怖を喰らい、友に襲われた少女リンナの絶望を喰らい、その事に激高した他者の怒りを喰らう。……負の感情を喰らう事で能力を高める悪霊、それがキミの正体だね』


『ひぃっ!?』


 完全に手の内まで明かされ、イルスヴァは先程までの威勢が嘘かのように縮こまっている。


『そもそもこんなザコ程度の相手なんて、素の状態であればカナちゃんやそこの若い死神ちゃんの実力なら十分に倒せたはずだよ。もっと冷静に、ね?』


『う、うむ……』

『は、はいっ!』


 優しく諭されてセラが応じているのはまだしも、他人を見下す態度の多いはずのカナまでもが素直に従っているのは、何だか不思議な感じだ。

 セラも同じ事を思っているのか、驚いたような様子でそれを眺めている。


『おのれ……おのれええええっ、勇者アアアアアアア!! せめてお前は道連れにしてやるゥゥゥっ!!!』


 直後、イルスヴァの手からロロウナに放ったモノと同じ投げナイフが、真っ直ぐこちらに飛んできた!

 だが……



『アイシクル・デコイ!!』



 目の前に現れた氷柱に全て止められ、ナイフが俺に届く事は無かった。

 ――だが、俺達は別の意味で驚愕していた。


『……それ、前から使えたんスか?』


『いいえ、貴女のを見て即席で覚えました』


 何故なら、俺を護ったのはユキコちゃんだったのだから……。


『一目見ただけで習得ラーニングって……アンタ、悪魔なんかに頼らなくても十分バケモノじゃないっスか』


 呆れながらぼやくキサキを見て、ユキコちゃんは久しぶりに嬉しそうに笑った。

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