041-黒幕、そして真打ち

「ついに黒幕のお出ましか」


『天使といい上に居る奴といい、我輩の"時の最果て"をあっさりと破って侵入されると、さすがに凹むのぅ』


 凹むと言いながらも、セラは警戒したまま、空から降りてくる奴へと向いている。


『やっぱり犯人はお前だったんスね、イルスヴァ』


 イルスヴァと呼ばれた男はゆっくりと地面に着地すると、自らの名を呼んだキサキの姿を見て、鼻で笑った。


『裏切りの魔女と裏切り者の氷精。反旗をひるがえすのが好きな連中ばかりだね』


 流れで挑発されたキサキは不機嫌そうにそいつを睨み返すものの、それを気にかける事なく、イルスヴァは不敵な笑みを浮かべながらユキコちゃんの方へ向いた。


『さて、裏切りの魔女さん。君にくれてやった杖を手放したという事は、任務失敗で良いのかな?』


「ま、待って……!!」


 ユキコちゃんは再び杖を握ると、俺達に向かって身構える。

 ……が、セラとリンナちゃんの姿が目に入ると、泣きながらうなだれてしまった。


『自らの欲望のままに他者を犠牲にし続けた裏切りの魔女ともあろう君が、まさかそこまで腑抜ふぬけになるとは全くもって驚いたよ。だったら、その曇りまなこを覚ましてやるとしようか』


 イルスヴァは両手で空を仰ぐと、白黒の世界の中へ唐突にカラフルな透過スクリーンが現れた。

 映像にはどこかの建物が映し出されており、夜にも関わらず多くの人がせっせとPCに向かって何か入力をしている姿が見えた。

 そして、イルスヴァがその中の一点を指差すと、ニヤリと邪悪な笑みを浮かべて口を開いた。


『カウントダウン!!』



 ――バターンッ!!!



 映像の中で一人の男性が倒れ、周囲は騒然となった。

 そして、俺達が何事なのか把握するよりも早く、ユキコちゃんがその様子を見て叫んだ。


「お父さん! お父さん! お父さんっ!!!」


 スクリーンに向かって叫ぶユキコちゃんの様子に、イルスヴァは愉快そうに笑う。


『制限時間は10分! それまでに勇者を殺せばお前の父を助けてやるよ!! ……ちなみに僕を裏切ったら即座にカウントゼロで君の両親共々殺しちゃうかもしれないから、気をつけてね☆』


 その言葉と同時にスクリーンに 09:59 の文字が表示され、宣言通りカウントダウンが始まった。


「うぅぅ……!」


 両親の命を人質にされたユキコちゃんは青ざめたまま泣き崩れるが、それを許さんとばかりにイルスヴァはその襟首を掴んだ。


『時間稼ぎも許さないよ?』


 ユキコちゃんの身体がビクンと震えた直後、ゆらりとこちらへ振り向いて杖を構えた。

 泣きながら詠唱を始めたユキコちゃんの姿に、皆で顔を見合わせてうなずく。


『セラさん』


『なんじゃ』


 カナはセラの隣に立つと、小柄な体に不釣り合いな程に巨大な剣を構えた。

 その表情は今まで見た事のない程に怒りに満ちている。


『あそこでうすら笑ってるクソ外道をぶっ殺したいんで、協力をお願いできます? 今回ばかりは始末書をウン百枚書かされたって平気な気がするんで』


『言われずとも……そのつもりじゃ!!』


 二人は一瞬でイルスヴァの前へと飛翔し、それぞれの持つ武器を全力で振り下ろす!

 だが、イルスヴァ大鎌と長剣を素手で受け止めるとニヤリと笑った。


『今までのザコ連中と比べるなよ俗物が! 僕こそが魔王様の右腕、配下最強の将、イルスヴァ様だっ!!』


 イルスヴァは自画自賛にしか思えないセリフを叫び、掌で受け止めた刃を握ると、セラとカナをそのままの勢いで地面に叩き付けた。


『ぐっ!』


 二人は苦痛に顔を歪めながら即座にその場を離脱すると、カナが自身とセラに対してヒールをかける。


『これは、なかなか強敵じゃな』


『……チッ』


 二人の反応から、イルスヴァは単なるビッグマウスではなく本当に強敵らしい。

 一方のキサキは、立て続けに魔法を放ってくるユキコちゃんへの対応で手一杯で、とても二人に加勢できる状況ではない。

 気づけば、空に浮かぶスクリーンに表示された残り時間が7分を切り、キサキと戦うユキコちゃんの表情にも焦りが浮かびつつあった。


「せめて俺も何か出来れば……!」


 今の俺では単にセラを元の姿に戻す事しか出来ない。

 もっと勇者らしく、何か力があれば……。



『はぁ、アンジュの読みは当たりかぁ』



「!」


 それまで静かに様子を眺めていたアウリアが唐突にそんな事を言ったかと思った刹那、空中から武器を出現させてそれを握る。

 赤い宝石の付いたそれは、古ぼけているうえ何とも仰々しい見た目をした杖だった。

 カナの振り回す武器に比べて何ともみすぼらしい感じで、ユキコちゃんの持つ杖に比べても貧相な感じは否めない。

 というか、どちらかというと『闇の魔道士』みたいな悪役が使いそうな邪悪な雰囲気が漂っていて、とても天使の武器とは思えないのだけど。

 ……と、思っていた矢先にアウリアは有無を言わさず巨大な『黒い炎』を放った!


『むっ!!』


 イルスヴァが両手を広げ、巨大なシールドを展開して炎を受け止める。


『闇属性の灼熱炎……天使がそんなシロモノを? もしかして、その翼は幻影まやかしかな』


『御名答』


 アウリアは茶化すような口振りで応えると、大きな翼と白い服が靄となって消え、代わりに黒いローブ姿へと変貌した。

 髪色や顔つきこそ変わっていないものの、先程まであった神聖な雰囲気は全く無い。

 そして、その背中に……翼は無かった。


『え、え、アウリア様???』


 何故かカナが一番驚いた顔で困惑している。


『ごめんねカナちゃん。ボクはアウリアじゃないんだよ』


『えええっ!?』


 驚くカナを見ておかしそうに笑うと、少女はきびすを返しイルスヴァに目を向けた。


『キミが配下最強だなんて、第四世界ワンダーワールドの魔王の底が知れるね』


『なんだと! 魔王様を愚弄する気か!!』


 怒りの声を上げるイルスヴァを鼻で笑ったロロウナは、杖を構えながら自らの真名を口にした。


『ボクの名はロロウナ。第六世界ソードアンドソーサリーの魔王配下の中では、一応最強って事になってるよ』

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