036-友を捜して

『はい。ありがとうございました。引き続き何か判り次第、報告をお願いしますね』


 早苗姉さんが電話を切ると、沈痛な面持ちでとても深い溜め息を吐いた。

 時刻は夕方4時半過ぎ、俺達は伊藤家に集まっていた。


『昨日、セラちゃん達と別れて集団下校の列に居たところまでは判っているのだけど、皆どこでユキコちゃんが居なくなったのか記憶に無いって』


「記憶に無い?」


 俺の問いかけに早苗姉さんはコクリと頷く。


『ユキコちゃんは最後尾を歩いていたらしいのだけど、物音も立てずに居なくなるなんて、そんなまるで神隠しみたいな事が……』


 早苗姉さんの言葉に、一瞬カナが苦虫を噛み潰したような表情を見せたかと思うと、席を立ち玄関に向かった。


「お、おいっ!」


『ちょっと天界に戻って、心当たりのあるヤツが居ないか調べてきます!!』


 有無を言わさず、カナは出て行ってしまった。


『カ、カナさん、心当たりって。天界に人攫ひとさらいするヤツが居るんスかね???』


『まあ、第一世界オリジンには昔、前科がありましたから……』


 目を白黒させるキサキに向かって早苗姉さんはボソリと呟くと、席を立って玄関へ向かった。


『今から町内会で今後どう子供達を守るか会合があるから帰るけど、リっくん達は絶対に単独行動で解決しようとか考えちゃダメだからね! そんなの、メッだからね!!』


 いつも以上に真剣な顔で念を押すと、早苗姉さんは出て行ってしまった。


『これは……"ふり"っスかね?』


「絶対に違うからヤメとけ」


 キサキにツッコミを入れつつ、俺はずっと無言のまま俯いていたセラに目をやる。


『……なんじゃ?』


「いや、静かだなって」


 咄嗟とっさに答えたものの、我ながら何と気の利かない返しだろうか。

 そんな内心を察してか、セラは弱々しいながらも久しぶりに口元を緩ませて少し笑顔を見せた。


『お主にまで気を遣わせてしまってすまぬな』


「い、いや、むしろ気が利かなすぎて申し訳ないというか……」


『我輩は大丈夫じゃ。だが、一人もっと心配なヤツがおる。それが気がかりじゃ』


「……行ってみるか?」


 俺の問いかけに、セラはコクリと肯いた。



◇◇



「何よ?」


 神崎珈琲店に行くと、珍しくリンナちゃんがエプロン姿で接客していた。


「いきなりカナがしばらくバイト休ませてって言うんだもの。そういう事は前もって言っててくれないと困っちゃうんだけどね!」


 リンナちゃんはプンプンと怒ったような態度で、席についた俺達の前にお冷やのコップを並べていく。


「で、今日はどうしたの?」


『お主が一人で落ち込んでないか見に来た』


 セラの手加減ナシの直球の言葉に、リンナちゃんは一瞬ビクッと震えた後、誤魔化すように呆れ顔で手をパタパタと振った。


「アンタはそういうトコ、もうちょっとオブラートに包む事を覚えなさいよね」


 リンナちゃんはぼやきながらも、セラの目を一瞬だけチラリと見てからその内心を語り始めた。


「アンタが転校してくるまで、ユキコの事は顔を見るだけで腹立つ! ……くらいに思ってたわ。学級委員でバカ真面目で…・・・何よりも、あの上から目線がムカつくったらありゃしないわ」


『何ともひねくれておるのぅ』


「うっさいわね! ……でも、正直なところ自分でもビックリするくらい動揺してる。昔ママが居なくなった時も辛かったけど、今回のはそれの比じゃなくてね……っ」


 そこまで言うと、くるりと後ろを振り向いて目元を袖でゴシゴシと拭った。

 それから深呼吸を数回繰り返すと、いつもの強気な顔でこちらを向く。


「はいはい、この話はここでおしまいっ! わざわざ看板娘のリンナちゃんが接客してんだから、しっかり注文しなさいよねっ」


 リンナちゃんはそう言って、不安な気持ちを押し殺すように怒り顔でカウンターの奥に下がっていった。

 俺とセラはアイコンタクトで意思を疎通し、不思議そうな顔をしているキサキを見て強く頷いた。



◇◇



 時刻は夜18時過ぎ、春も近いとはいえ既に夕日は沈み辺りは薄暗い。

 神崎珈琲店を出た俺達は、真っ直ぐに「とある場所」を目指して歩いていた。


「早苗姉さんには"単独行動はするな"と言われたけど」


『協力者に"やってもらうな"とは言われておらぬからな』


『二人とも行動が似てきたっスね……』


 苦笑するキサキを連れ、俺とセラは小学校に向かうのだった。







 ――ここはどこだろう?


 真っ暗闇の中、自分は独り佇んでいた。

 確か私は、セラちゃんやリンナちゃんと別れて、集団下校中に……突然、黒い影に包まれたんだ!


「誰か居ませんかー!!」


 暗闇に向かって叫んだものの、全く反響がない。

 どうやら途方もなく広い場所に居るらしい。


「どうしよう……」


 呟いたものの、どうにもならない事は自分でも分かっている。

 私は騒ぐのを止め、その場にしゃがんで床を触ってみると金属質であることは分かった。


「冷たい……」


『まるで君の心のようだろう?』


「っ!?」


 声のした方へ慌てて振り返ると、そこに居たのはまるで枯れすすきのようにヒョロリと細い身体をしたヤツが居た。

 顔には某匿名ハッカー集団のような仮面を付けており、その表情までは分からないが、コイツはどう見ても人間ではない。


「私をここに閉じこめたのは貴方なの?」


『……やっぱり君は僕が見込んだとおりの逸材だ! ふつう人間がこの状況に追い込まれたら半狂乱になったり、怯えたりするものなのに、君ったら驚くほど淡泊過ぎるよ! まるでこの状況を"知っている"みたいじゃないか!』


「……」


『裏切りの魔女よ』


「っ!!!!!」


 ずっと大昔に捨てた名で呼ばれた私は不気味に笑う男から目を逸らし、奥歯をギリリと鳴らした。


『取引をしよう』

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