035-迫り来る闇

「最近、また学校周辺で不審者が出没しています。今日からしばらくは集団下校で、下級生の子達と一緒に帰ってくださいね」


 先生の言葉にクラス中が騒然となる。


「不審者ってどんな人ですかー?」


 クラスメイトの一人が質問すると、先生は困り顔でウーン……と悩んでから口を開いた。


「不審者情報によると、人を捜している~といった問いかけをしてくるらしいのだけど……」


『それは単に、本当に行方不明者を捜索しているのでは無いかの?』


 セラちゃんの指摘に、先生はさらに困り顔になる。

 確かにネットのまとめ記事などで「中年男性に声をかけられた」といった不審者情報が紹介されて、皆が「単に挨拶してるだけやん!」とか笑ったりするけども。


「でも通りすがりに道を尋ねるならまだしも、さすがに下校中の子に人捜しで話しかけてくるのは色々と問題がね……。そういうのは、お巡りさんに聞くべきだから」


『ほんに世知辛い世の中じゃのぅ』


 まるで田舎のおばーちゃんのような口調に、思わず私とリンナちゃんは苦笑した。



◇◇



「また明日ねっ」


『気をつけてな』


「うん、じゃあね~」


 二人と別れた私は、班の列の一番後ろをのんびりと歩いていた。

 交差点や公園の近くには、蛍光イエローの腕章を付けたお年寄りの方が立っていて、私達の帰りを見守っている。

 いくらなんでもこの状況で不審者が現れる事は無いだろう。


「今日の晩ご飯は何かなーっ」


 前方で低学年の子が楽しそうに談笑している。


「晩ご飯……ピザでも取るか」


 私は他の人に聞こえないくらいの声で私はボソリと呟く。

 父母は共働きで今日も帰りが遅いので、専ら食事は家で一人だ。

 まあ、ずっと昔から食事は独りで摂るものだったし、飢餓に怯える心配が無いだけで十分に幸せなのだけど。


「それじゃまた明日~」


 班の列から一人、また一人と幼子達が離れていく。

 後は次の十字路を曲がれば我が家に到着――するはずだった。


「あれ?」


 ふと顔を上げると、班の列が無くなっていた。

 それどころか、まるで街の人が誰も居なくなったかのように辺りは静寂に包まれている。


「これは一体……」


 私が呆然としながら呟くとほぼ同時に世界が暗転し、真っ暗闇の中に放り込まれた。


「空間転移魔法……?」


 辺りを見渡すもののどこまでも続く闇の中から私の問いかけに答える者は居ない。

 しかしそんな中、真っ暗闇の中でも一際漆黒に浮かび上がる『何か』が降ってきた。


『寂しさ、悲しさ、虚しさ……。君の魂の色はとても美しいね』


「誰……!?」


 私が慌ててその『何か』に声をかけると、そいつはニヤリと不気味に笑った。



~~



『というわけで、不審者とやらを捕まえようと思う』


「というわけで、じゃねーよ」


 夕食時に突然トンデモ発言をかましてきたセラに対し、俺は即答で却下した。


『むー』


「むー、じゃねえ。そもそも不審者を捕まえるのは警察の仕事であって、死神や天使やらがどうこうする問題じゃないだろうに」


『まあ、もしも私の前に現れたらメイスで一発ガツンですけどね』


「んーー! 傷害罪だねーーー!!」


 相変わらず我が家の天使様は物騒すぎて困る。

 俺がカナの言葉に呆れていると、キサキが不思議そうにセラに問いかけた。


『でも、セラっちは何でそんな不審者を捕まえたいんスか?』


『うむ。どうにもリンナが怯えておってな。あやつは口だけは達者ではあるが、人一倍怖がりなのを強がって誤魔化しておる裏返しじゃな』


「うーん、リンナちゃんらしいなぁ」


『それに、以前も不審者の正体が魔王の送り込んだ刺客ヴァンピルであったしな。もしそれと同じ状況であったならば、この世界の人間では対処出来ぬぞ』


「確かになぁ……。でも、無作為に辺りを俳諧して探そうにも、動けるのは週末だけになっちまうぞ?」


 俺やカナとキサキと三人は高校で帰りが遅め、しかも俺はバイト持ち。

 セラ単独で調査させるなんてもってのほかだ。


『こういう時こそ、頼れる者が居るではないか』


「???」



◇◇



『ここで頼ってもらえて、お姉ちゃん嬉しいっ!!』


 早苗姉さんにギューギューと抱き締められながらセラは苦笑している。

 確かに最も心強い味方だし、前回グレイズと違って上からの圧力で捜査ができないといった心配も無さそうだ。


『なるほど、第二世界セカンドのネットワークですか。確かにそれなら、私達が出られない時間帯に不審者が出没したとしても対処できますね』


 カナの言葉に対し、早苗姉さんはウンウンと頷く。


『こういう時こそ、大人が頑張らなきゃねっ!』


『たったら、最年長のカナさn……いえ、何でも無いっス!!!』


 危うく地雷を全力で踏み抜きそうになったキサキだったが、カナから放たれた凄まじい殺気を察知し、ギリギリのところで踏み止まった。

 そんな俺達の姿に、セラはクスッと笑うと呆れ顔でやれやれと手を広げた。


『宜しく頼むぞ早苗』


『うん、任せてね~!』


 早苗姉さんがエッヘンと胸を張りながら自慢げに答えると、セラは安堵の表情を浮かべ微笑んだ。


 ――だが、翌日セラの耳に届いたのは、友人のユキコちゃんが行方不明になったという知らせだった。

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