030-セラのフィアンセ
『それは困りますね』
突然の男の声に、俺とセラは慌てて身構える。
『やだなあ。心配で見に来ただけなのに、怖がらないでほしいな』
そう言ってニヒルな笑みを浮かべる男を見て、セラの表情が驚きに変わった。
『グレイズ……!』
『やあセラ久しぶり。アルカから話は聞いたけど、本当に幼い姿になってしまったのだね。君と出逢ったばかりの頃を思い出すよ』
男の口調から察するところ、どうやら昔からセラを知る仲のようだ。
だが、セラの表情に安堵の色は見られない。
『第四王位継承権者のお主にとっては、目の上のたんこぶが取れて清々したのではないか?』
「っ!!」
つまりこの
セラの弟には見えないし、先ほどの『出逢った頃』という言い回しを考えると、親戚筋なのだろう。
つまり、先ほどからセラが警戒する理由は……
『我輩を亡き者にしたところで、お主の力量では上の二人をどうにも出来まいて』
セラがそう呟くと同時に、今まで空に居たホロウも急降下してセラの肩に飛び乗ってきた。
そして、ホロウは今まで見たことが無い程に怒りを剥き出しでグレイズを睨んでいる。
『ハハハ、なるほどね! 君を暗殺しようとしている連中の事だろう? 既に首謀者は判っているし、わざわざ僕がこの世界に来たのだって、そいつを捕まえるためさ。それに……』
グレイズは両手をヒラヒラ振りながら笑うと、セラの頬に振れた。
『僕が
「えっ!?」
突然のグレイズの発言に俺は驚きの声を上げたものの、当のセラは呆れ顔で自らの頬に触れた手を振り払う。
『親連中が酒の席で決めた
『相変わらず君はつれないねぇ』
そう言って苦笑しつつ、今度はこちらに目を向けてきた。
『そして君が噂の"勇者様"だね。セラをこの世界に縛り付けているという、ね』
セラに接する態度とは真逆に、胡散臭い笑顔の奥に若干の憤怒の色を漏らしながら、グレイズは俺に皮肉を吐きかける。
初対面のヤツにそこまで言われると、さすがに俺も少しカチンときた。
「だったら、てめえがその束縛を解いてやればいいじゃねーか」
『なんだと貴様っ! ……おっと、僕とした事が
グレイズはそう言い残し、暗闇の中に消えていった。
その瞳に俺への明確な怒りの色を滲ませながら……。
◇◇
『なるほど、そんな事があったのですね』
我が家に帰った俺たちは、一仕事終えて戻ってきたカナに経緯を説明した。
『私の従兄弟にあたる関係ではあるが、奴は一見すると優男に見えてなかなかの曲者でな。間違いなく何らかの企みがあると考えて良いじゃろう』
企みうんぬんもあるけど、俺としては別れの直前に言っていた事が気になる。
「あのグレイズって人。セラの事を許嫁って言ってたけど、それは大丈夫なのか?」
『えっ、セラっちに恋人が居たんスかっ!?』
俺が問いかけるや否や、冷蔵庫で寝てたはずのキサキが冷凍室のドアをバーン! と、蹴っ飛ばしながら出てきた。
「お前、寝てたんじゃないのかよ……。あと、もっと静かにドアを開け閉めしなさい」
『そんな事より! 今はセラっちの許嫁の件の方が重要ッス!!』
目を輝かせながらクルクルと飛び回るキサキを見て、セラは疲れた顔でハァと溜め息を吐いた。
『キサキには悪いが、そんなもの勝手に上の連中が決めただけじゃぞ。あんな腹黒男に嫁ぐなんぞ真っ平ご免じゃ』
『なーんだ。良かったね、リクくんっ』
「なんでそこで『よかったね』なんだよ。まあ、俺と魂が結びついて離れられないのが原因で、恋人同士を引き裂いた形じゃなかったのは幸いかなぁ」
安堵する様子の俺を見て、セラはかんらかんらと笑った。
『まったく、
「若人って、俺と3つしか変わらないじゃねーか……」
俺が呆れ顔でぼやくと、何故かセラに頭を撫でられた。
何故か不思議と悪い気はせず、何だか胸の中のモヤモヤが晴れた気がした。
そんな俺達を見てフッと笑ったカナは、再び真剣な顔つきに変わる。
『でも、そのグレイズとかいう男の目的が気になりますね。もし本当に第三王位継承権を狙ってセラさんを亡き者にしたところで、真っ先に自分へ疑いの目が向かうでしょうに。どうして、この世界に来たのでしょう』
『うむ。尻尾を掴まれぬ自信があるにしても、ここで我輩を消すのは露骨過ぎるからの』
セラが不安げに呟くと、カナはコクリと頷いた。
『今回は私もセラさんの護衛に注力しますので、キサキさんは念のためにリクさんの側について頂けると助かります』
『えっ!? あ、うんっ。私に任せるッス!』
ブンブンと激しく頭を縦に振るキサキを見てフッと笑うと、カナは手を振るう。
一瞬眩しく輝いたと思ったら、天使の格好からパジャマ姿になっていた。
『さて、ここ二日ほどとても重労働を頑張ったので、今日はお先に休ませて頂きますね~』
「うん、お疲れさま」
カナはひらひらと手を振ると、二階の寝室に上がっていった。
「天使ってのも大変だなぁ。まあ、一瞬で着替えられるのは便利そうだけど」
『……カナさん、よっぽど疲れてたんスね。私に"お願い"する姿なんて初めて見たっスよ。いつもなら、笑顔でアイアンクローしながら命令してくるシーンっス』
『何だかんだで、我輩達のメンツの中では最高齢じゃからな。たまには
「老人扱いはやめてさしあげろ。アイツすげー気にしてるから……」
と、そんなこんなで聖夜の夜は更けていったのであった。
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