025-漆黒の獣使士

『だ~か~ら~、どうして貴女はそう意地汚いんですかっ!』


 プンプンと音が出そうなくらい怒り心頭なカナを見て、セラはあっけらかんとした顔でモグモグしている。


『なんじゃ、たかだか腸詰ソーセージ一本くらいでケチ臭い事を言いおって』


『た、たかだかですって!? 今回のは近所のお肉屋さんでちょっと奮発して買ったやつです! それをつまみ食いするなんて、私達天使であれば翼が漆黒に染まるくらい罪深い行為ですからねっ!!』


 人間や死神にはよく分からない例えだけど、どうやらとても重大だと言いたいらしい。

 と言うか、カナは当初の目的を完全に忘れてる気がするのだけど、俺とセラの魂を分離する話はどうなったのだろうか。

 まあ、下手に指摘すると面倒な事になりそうだから言わないけどさ。


『なのでリクさんは3本、私は3本、貴女は2本ですっ』


 ……ホント、所帯じみてきたなぁ。

 だけど、カナが我が家に居候しているのは全て『神の指示』によるものだ。

 その真意は未だ掴めないままである。


『まあ堅苦しい事を言うでない。太っ腹なリクが我輩に1本贈呈してくれれば、リク2、カナ3、我輩3でちょうど良かろう』


「何で俺のを減らしてんだよっ! つーかちょうど良くねえし、お前4本になってんじゃねーか!」


『育ち盛りじゃからな~』


 セラは真意うんぬん関係なく食い意地が張ってるだけな気がするけど、いつも通りの賑やかな食卓である。


『しかし、今日は外すごく寒かったです……。これを空を飛んで天界から通おうとしていたなんて、私も無謀でしたねぇ』


 キサキが猛吹雪を呼び寄せた時に比べればマシではあるものの、12月半ばともなると外は一気に冷え込むし、この空を高速で長時間飛行するのはさすがのカナでもキツいようだ。


『私はチョー快適だったっスけどねー』


『……キサキちゃーん? ちょっとコレ食べてみない?』


『私は肉食ではないので……って、ちょっ!? なんで羽を掴むっスか!!? その赤黒くて太いのを私に押しつけ……アアアァーー!!』


 余計な事を言ったせいで、熱々のソーセージを頬に押しつけられて悲鳴を上げるキサキを見て苦笑しつつ、本格的に冬を肌で感じていた。


『それにしても、天界と自由に行き来する権限すら無いとは、天使というのも難儀じゃな。その点においては、自由に空間移動が認められている我輩達の方が気楽で良いのぅ』


『貴女みたいな単なる死神にまでバカみたいに権限与えてるせいで、第二世界セカンドはトラブルが耐えないんですよ……。神々はそれを懸念して、大多数の民が権限を持たない第三世界ここを創ったんですから』


『いいや、皆が力を保有しているからこそ多様性が生まれ、規則を守ろうという意志が民の心に養われると信じておる!』


 天使と死神がそれぞれの立場を主張し始めたけど、何かすごい既視感があると思ったら、コレはアレだ。

 i○SとAndr○idのOS論争だわ。

 俺は経済的理由で中古白ロムと格安SIMを使わざるを得ないので後者派だけれど、双方の言い分が相容あいなれる事は無さそうだ。

 そんなこんなで俺が温かい目で両者の主張を見守っていると、いきなり二人が同時にこちらへ振り向いた。


『リクさんはどっちが正しいと思いますかっ!』

『お主はどちらに賛同するのじゃっ!』


 うーわ、面倒くさっ。


「うーん……」


 真面目に答えるのは面倒だし、どっちについても面倒になるのは目に見えている。

 俺は後ずさりしながら部屋の窓の前まで来ると、窓の外を指差して叫んだ。


「あんなところにUFOが!」


『なにっ! どこじゃっ!?』


『ゆーふぉーって何!??』


第三世界サードにそんなオブジェクトは実装してませんよっ!? おのれ異世界からの侵入者かっ!!』


 必殺、話逸らし術!

 見事に術が通じたのか、俺のハッタリを真に受けた二人は庭をキョロキョロと見渡し、セラが窓のサッシをガラガラガラ~~……。


「って、うおおおおいっ! 外クソ寒いんだから窓開けんなやっ!」


『そこに居るのは分かって居る、姿を見せるが良い!』


 セラは庭に飛び出すと、空を指差して叫んだ。

 ご近所様は皆窓を閉じているものの、さすがに夜8時過ぎに庭でギャーギャーと騒いでいるのはマズイ。


「お、おい、セラ。さっきのは冗談だからさっさと窓を閉め……」



『さすがセラ様です!』



 ……知らない女性の声が聞こえた。


『お主を見つけたのは我輩ではなく、そこの男じゃがな』


『人間が? 私の隠蔽ステルスは高度な魔力検知スキルが無ければ破れないはず……一体、何者ですか???』


 そう言いながら庭の窓から顔を覗かせたのは、巨大な鳥に乗った騎士だった。

 肌はセラと同じ褐色ではあるものの、妖艶さを漂わせていたセラ(大人バージョン)とは違い、とても勇ましい風貌だ。

 髪色は少し黒みがかった銀髪で、その長い髪を後ろでくくっているが、より凜々しさを強調している。

 死神の年齢は見た目では判らないのだけど、人間ならば二十代後半くらいだろうか。


『そちらのお二人さん、戯れ言をお話したいなら窓を閉めて、庭で好きなだけ駄弁だべって頂けます? せっかくの料理が冷えてしまいますから』


『私は構わな……いや、なんでも無いっス』


 外の寒さ以上に冷たさを感じるカナの声に、俺とキサキは無意識に背筋が伸びる。

 騎士を見据えるその目からは、初めてセラに接した時と同じ冷淡さを彷彿とさせていた。


『おや、これは失敬』


 そう言って騎士がパチンと指を鳴らすと、足下の巨鳥が小さな小鳥の姿に変わり、その肩の上に乗って静かに目を閉じた。

 それはまるで、次に呼ばれるまでは例え一生であっても待ち続けるという意思表示のようにも思える。


『なるほど、獣使士ビーストテイマーですか』


 カナの呟きに対し、フッと鼻で笑った騎士は窓から部屋に入ろうとして……


『玄関から入らんか馬鹿者っ!!』


『は、はいいぃーーっ。申し訳ございませーーん!』

『ピィッ!?』


 セラに怒鳴られ、騎士は慌てて庭を左に走り……『あれ、行き止まり!?』とか言って、今度は再び俺達の前を通って庭を右に抜け、玄関の方へ走っていった。

 御主人様が慌ててバタバタしたせいで振り落とされてしまった可哀想な小鳥は、慌てた様子でその背中をパタパタ羽ばたきながら追いかけていく。

 俺達が呆気にとられたまま部屋で待っていると、廊下から『靴を脱げ!』『靴を揃えろ!』『お邪魔しますと言え!』と、ビシビシと叱咤する声が聞こえてきた。


『……セラ以上のトラブルメーカー登場の予感がしますね』


「ホント勘弁してくれよ……」


 俺はグッタリとした顔で、冷えたウインナーを1本モグモグと頬張った。

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