024-こんな平和な日々が、ずっと続けば良いのにな

『実は、もう一つ問題が残っておる』


 キサキの件も一件落着かと思いきや、セラがまたまた不穏な発言をしてきた。


『な、なんスか? 死神的にタダで働くのは嫌だから、魂よこせとか言うんです!?』


『それも魅力的ではあるが、そうではない。……お主、これからどこで生活するつもりじゃ?』


『え、私は涼しければどこでも良いっスよ? 今はそこら辺の山とか池で寝てるっス』


「野性的スギィ!?」


 氷精フラウは精霊らしいので行動としては正しいのかもしれないけど、偶然通りがかって池の中で寝てるキサキに遭遇してしまった人は、腰を抜かして驚くだろう。

 どう見たって水s……いや、それ以上は言うまい。


『こやつが誰かに目撃されるのも問題ではあるが、もしそれが魔王の刺客であれば間違い無く消されるぞ? 失敗した者には死を! ……というのは、悪者の定石じゃからな』


『ひいぃっ!』


 その悪者ってのは、たぶん神崎から借りてるマンガの世界での話だと思うけど、下手に指摘すると余計に話がややこしくなりそうなので黙っておこう。


『……あの、もしかしてセラさん。この氷精をここで匿おうとしてます?』


『うむ。それで良いと思うが?』


 あっけらかんと言うセラを見て、カナは立ち上がってキサキを指差した。


『氷精ですよ!? 私はともかくとして、クソ寒がりな貴女やリクさんが、極寒を好む彼女と生活するのは無理ですって!!』


 カナの指摘にキサキはキョトンとしている。


「キサキが生活する上で、快適な環境ってどんな感じ?」


『日常生活なら暖かい部屋でも大丈夫っスけど、寝る時は池の表面に氷が張るくらいが良いですかね』


 氷点下確定です、本当にありがとうございました。

 当然、我が家には人間サイズを氷点下以下に冷却出来る設備は無いし、あったとしても『冷凍庫の中に女の子』とか、我が家に遊びに来た神崎がうっかり開けたら卒倒するだろう。

 だって、どう見ても凍s……いや、これ以上は言うまい(2回目)。

 どちらにしても、我が家にはそんなデカい冷凍庫はないし、あるとしても冷蔵庫の冷凍室くらい……あっ!


「あのさ。キサキって、魔法で身体の大きさを小さくしたり、出来たりしない?」


『はい、出来るっスよーっ♪』


 キサキがそう言うと、ポンっと軽い音を立てて、水色の衣装をまとった妖精っぽい姿に変化した。

 薄水色の髪に、見る角度でキラキラと虹色に輝く透明な羽が何とも可愛らしい。


『どっちかと言うと、これが本来の姿っス! 自分で言うのも何ですけど、イイ線いってると思いません?』


 自慢げに胸を張るキサキを見て、カナが笑顔のまま腕を伸ばしてその頭を掴んだ。


『最初から言えやボケナスがーーっ!!!』


『なんでキレられるんスかあああああーっ!?』



◇◇



 というわけで、我が家についに三人目の居候がやってきたわけだが、それを見に来た神崎の表情は何とも不満そうである。


「んで、ついにキサキちゃんまで同棲ではべらすとか、お前マジなんなん? ハーレム系の主人公なん?」


「お前なら絶対そう言うと思ってたけど、ハーレム系ならアレは無いと思う」


 俺の視線の先には、どこの家にもよくある冷蔵庫。

 だが、一番下段の冷凍室に貼られたメモ紙には、本来そこに書かれているはずのない言葉が記されていた。



【ご用の方はノックしてください】



「冷蔵庫でこの注意書きを見たのは初めてだわ」


「俺だって、冷蔵庫にノックしたのは生まれて初めてだよ……」


 結局、キサキは我が家の冷蔵庫で生活する事になり、休日は専ら自室でお昼寝という快適(?)な生活をエンジョイしている。

 しかも、必要な食事は『少量の氷と日光だけ』という省エネっぷりなので、セラやカナと違って我が家の経済的負担は限りなくゼロに近い。


『私はせっせと働いていて生活費入れてるのに釈然としない……』


 カナは恨めしそうに冷蔵庫を睨みながら、神崎珈琲店アルバイトに向かう支度をしている。


『ほれ、つべこべ言わんとさっさと行ってこい。働かざるもの食うべからずじゃ


『貴女がそれ言います!?』


わらべはよく遊び、よく学ぶのが仕事じゃからな~』


 セラは適当な事を言いながら、特にこれといって面白い番組の無い日曜昼のテレビ番組をザッピングしている。

 そして、しばらくして冷蔵庫の中からグーグーとイビキが聞こえてくると、カナが微妙にキレ気味な顔で冷凍室を蹴っていた。


『や、やめっ。そんなにしたら、製氷皿が押し寄せてくるっス! あ、やめっ、アッアアアーーッ!!』


 冷凍室内から悲鳴が聞こえた後、カナは満足げに鞄を持ってバイトに出かけて行った。


「んで、ハーレムが何だって?」


「ごめん、俺が悪かったわ」


 ――といった具合に居候が一人増えた我が家だったが、冷凍食品とアイスの保管スペースが半減した事を除いて、いつも通りの日常が戻ってきた。


『こんな平和な日々が、ずっと続けば良いのにな』


 ふと、セラがぼそりと呟く。

 幼い姿ではあるけど、その横顔は何だか少し大人びて見える。

 そして、何だかセラがどこか遠くへ行ってしまいそうな気がして……。


「そうだなー」


 俺は不安を隠すように、わざと素っ気なく答えた。





 巨大な鳥が雪の降る夜空を翔ける。

 野を越え、山を越え、ビル街の遙か上空から遙か遠くを眺め、白く染まるその視界の向こうに一人の少女を捉えた。


 ――夜の闇の中で一際美しく栄える金色の瞳。


 それは紛れもなく「御主人様」が求めていたモノに間違いない。

 御主人様に褒められる未来を喜ぶかのように、巨鳥はクククルゥと鳴き声を響かせながら、再び夜空へと消えていった。

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