023-キサキの願い

『皆さん、お疲れ様っス!』


 今まで物陰に隠れていたキサキが手を振りながら戻ってきた。


「これで一件落着かな」


 俺が安堵の溜め息を吐くと、カナとセラは少し残念そうな顔で首を横に振った。


『残念ながら、まだですね』


『うむ』


 二人はそう言って俺の前に立つと、セラが両手を広げて叫んだ。


ときの最果て!!』


 銀世界が灰色に変わり、静かな世界が更なる深い静寂に包まれた。

 カナは雪に埋まったソードメイスを回収すると、大鎌を構えたセラの横に並ぶ。


『あんなザコ相手じゃ準備運動にもなりませんし、その小芝居に付き合うのも面倒になってきたんで、そろそろ仕舞いにしません?』


 カナは再び絶対零度の視線を向けた。

 ――キサキに対して。


『……どこで気づいたんスか』


 ボソリと呟いた言葉を受けて、カナは呆れ顔で溜め息を吐く。


『どこでと言われたら、教室で貴女を一目見た時からずーっとですよ、ずーーっと。だけど、ぶん殴ろうとするたびにリクさんが止めるんですもの。こうなったら、リクさんが納得するまで泳がせておくしか無いじゃないですか』


「うっ」


 カナが不満そうに頬を膨らせ、俺にジト目を向けてくる。


『まあ責めてやるな。"我輩を疑った時"に散々な目に遭っておるのだから、リクに責は無い』


 何故か『我輩を疑った時』の箇所だけ妙に強調してて、さらに気が重くなった。

 チラリと俺の顔を見たセラは、可笑しそうにクスリと笑う。


『じゃがな。リクは誰かを疑う事無く、素直なまま生きていてくれ。お主を惑わす悪意は、全て我輩が振り払ってやる』


『私もですよっ!』


 頼もしい二人の言葉に思わず笑みがこぼれた。

 だけど、一つ確認しておきたい事がある。


「キサキは何が目的でこんな事を……?」


 俺の問いかけに、キサキは悲しそうな顔で俯く。


『自分が助かるには、もうこれしか無いんスよ……』


 そう言いながら上着を脱ぎ、シャツのボタンを外して胸の少し上を露出させる。

 すると、雪のように白い肌の上にドス黒い刺青のような模様が見えた。


『この世界に来る直前、私は魔王に捕らえられ、呪いをかけられたっス。この呪いは身体をむしばみ、宿主を殺す……。呪いの解除条件は勇者を倒す事』


『なるほど。つまり、自分可愛さにリクさんを殺そうとしたわけですか。……まったく、貴女は本当に救いの無いクソ女ですね』


 オブラートに全く言葉を包まないカナの暴言を前に、キサキは唇を噛みしめながら降り積もった雪を強く踏みつけた。


『そんな事は分かってるっス!!! ……でも、だったら私はどうすれば!! 単なる無力な氷精に何が出来るって言うんスか!!』


 悔しそうに嘆くキサキを見て、俺は仲間二人へと目線を向けた。


「なあ……魔王にかけられた呪いって、こっちで解いたり出来ないのか?」


『できますよ?』


 ……は?

 さらっと言ってのけたカナに、一同の目が点になる。



『ディスペル!』



 カナの手から放たれた光がキサキを包むと、胸元の呪いの紋様が宙に溶けて消えた。


『………』


「………」


 なんだこれ。



◇◇



 何だかんだ色々あったが、とりあえず俺達はキサキを連れて我が家に帰ってきた。


『あの、この度はご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでしたっス……』


「いや、魔王に脅されてやってただけだし、まあ仕方ない……のかなぁ」


 突如やってきた留学生――!

 その正体は魔王から送り込まれた刺客――!

 だが、彼女も魔王に脅された被害者だったのだ――!

 ……からの秒速解決とか、全く意味が分からない。


『冒険モノのマンガであらば、ここから3~4話くらい引っ張ってから次の巻に入るとこじゃな』


 俺の思っていた事を完璧に代弁してくれたセラだったが、それを聞いたカナはやれやれといった表情で椅子に座った。


『そもそも天使に課せられた使命は、世界の闇を払い平和を維持する事ですよ? その私が、こんなチンケな呪いを解けないわけが無いですって』


「なるほどなー」


 初対面の印象や素行が悪いせいで意識していなかったけど、カナは魔王から送り込まれた刺客を笑いながらボコったり、アイスゴーレムを素手で倒す程の実力があるわけで、呪いを解くような能力も飛び抜けて高いようだ。


『私の直属の女神様なんて、天使だった頃に別世界の魔王を改心させて正義に目覚めさせたうえ、世界を滅ぼそうとした悪の元凶を倒して、世界を救った事があるんですよ!』


 何その王道ファンタジーのヒロイン。


『だがな。いま問題なのは、こやつの今後じゃの』


「今後?」


 セラが困り顔でキサキにちらりと目をやる。


『こやつが第四世界ワンダーワールドに戻ったとして、魔王がそれを放置するとは思えぬし、真っ先に拘束されるはずじゃ』


『えっ!?』


『それから身体を調べられ、呪いが消えている事も判明。となると、誰が解いたのかという話になるな』


 キサキの顔が青ざめていく。


『正直に吐け、さもなくば殺す……と、再び脅されたこやつは、これまでの経緯をベラベラとバカ正直に全て話し、後は言わずともがな』


『そ、そんな事! し、しない……と思う。……たぶん』


 しないと言い切れないのが悲しい。

 いや、実際コイツの性格を考えるとセラの言う状況に陥る未来しか見えない。

 本人もその自覚があるのか、血の気が引きすぎて今にも倒れそうな顔色である。


『さて、私は一度天界へ報告に戻りましょうか』


『なんで私の方を見ながら言うんスかっ!? なんで手にロープ持ってるんスか!!?』


 目を光らせながら手をわきわきするカナを見て、キサキが怯えながら俺の後ろに隠れた。


『ほほう、私から逃げられるとでも? どこまでも追いかけて貴女を八つ裂きにっ! ……あいたっ!?』


 気を抜くとすぐドSモードになるカナにチョップしつつ、俺は改めてキサキに問いかける。


「なあ、お前はどうしたい?」


『え……?』


 先ほどまでの怯えた表情とは違い、少し困惑気味にキサキはこちらを見つめてくる。


「二人とも厳しい事を言ってるけど、少なからずお前の事を心配してるんだよ」


『………』


「魔王に脅されたり、俺らに捕まったり、色々辛いとは思うけどさ。キサキがどうしたいか教えてくれたら、俺らでも力になれるかもしれないし」


『……私、君を手に掛けようとしたのに、そんな事、許されるんスか?』


 キサキは恐る恐るセラとカナに目を向けると、二人は不満そうな顔でそっぽ向いてしまった。

 それらは俺に対してのポーズなのかもしれないけれど、つまりは拒否するつもりは無いという事だ。

 それを見たキサキはわんわんと泣きだした。


『……私はただ普通に冬を告げ、静かに生きていきたいだけ。他に何も望まないから、お願いだから、私を助けて……勇者様っ!!』


 俺は勇者じゃないし、勇者になるつもりも無い。

 だけど、ここで言うべき言葉はひとつ。

 ――それが男ってもんだろう?


『ああ、任せとけ!』

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