020-看板娘の座! 後編
「兄貴ィ、いやー外は寒いっスねぇ!」
「この辺にホテルでもありゃ休めるんだがナァ!!」
わざとらしく騒ぎながら入ってきた男二人組の姿に、店内に緊張が走る。
二人組は店員の案内すら待たずにテーブル席にドカッと乱暴に座ると、兄貴分と思われる男がパンパンと手を叩いて、店員を呼びつける仕草をしている様子が見えた。
「さっさと来いやオラァ、接客がなってねーぞ!!」
騒ぐ弟分を見て、セラが苦虫を噛み潰したような顔でそのテーブルを眺めている。
『なんじゃアレは?』
「しーっ、声が大きいっ」
案の定、脳天気な事を言うセラの口を慌ててふさいだ私は、ユキコにもアイコンタクトで状況を伝えつつ、身を潜めた。
「今時珍しいわね……」
『だからアレは一体何なのじゃ???』
未だに状況を飲み込めてないセラが不思議そうに訊ねる。
「うーん……みかじめ料~っ言ってもセラは分からないわよね。難癖つけてお金をよこせと行ってきたり、店員に嫌がらせをしてお客さんを追い出してお店を潰すのが狙いだったり、まあ色々よ」
と言ってもお金の要求は違法なので、今時のヤクザはそんなバカな手を使うわけがない。
ホテルでも~……とか言っていたので、狙いは地上げだろうか。
『リンナよ。あの連中の"存在"は迷惑かの?』
「そりゃ迷惑よね。パパがあんなのに負けたのは見たこと無いけど」
『そうか……』
セラがそう呟いてカウンターの奥に目を向けると、ちょうどそのタイミングでカナが水の入ったコップを盆に乗せてやってきた。
その顔はいつも通りの笑顔に見えるものの、さっきから散々からかわれてキレ気味だった上にチンピラの登場で、何だか破裂寸前の風船のような危うい感じが漂っている。
『お待たせして申し訳ありません』
機械的に謝罪の言葉をひねり出したカナに対し、破裂寸前の風船の"気配"を感じとれなさそうな兄貴分の男は、ジロジロと身体を眺めながら下品に笑った。
「ほほぅ、噂通りの上玉じゃねえか」
『あの、ご注文は……』
「そんじゃ、キミをお持ち帰りで~?」
ピシッ!!!
チンピラの弟分が発言した直後、何かが割れたような音が店内に響いた。
「今の何???」
どこで鳴ったのか分からなかったのか、ユキコは不思議そうな顔でキョロキョロと周りを見回しているが、私の目は音の発生源である『カナに握り潰された鉛筆』をバッチリと見ていた。
哀れにもその鉛筆は中央よりも少し下あたりで真っ二つに折れており、とても書きにくそうなフォルムになってしまっている。
「ねえユキコ……。右手で鉛筆を思いきり握って、折れると思う?」
「そ、そんなの無理だよっ!? ゴリラじゃあるまいし」
そっか、ゴリラか~。
うちの店はゴリラを雇ってたのか~。
「ははは……」
もうどうにでもなーれ~☆
頭の中でキラキラと光るステッキを持って踊る絵を思い浮かべながら、私は成り行きを遠い目で見守ろうと決めた。
しかし、ふと目の前を見ると、別の意味でやらかしてくれそうな爆弾娘の姿が忽然と消えていた。
「せ、セラちゃーんっ!?」
ユキコがアワアワしながら視線を向けた先には、脳天気に入り口付近の本棚でマンガ本を物色するセラの姿。
アイツは一体、何を……?
『む、包○人味平の7巻が無いのぅ』
無いのぅじゃねええええーー!!
私が心の中で悲鳴を上げていると、何かに気づいたセラがチンピラ席に近づいて行く。
『のぅ、そこの若いの。読まぬのであれば、それを貸してもらえるかの』
「はぁ?」
突然やってきた小娘に、兄貴分の男は呆気に取られる。
どうやらお目当ての本が、騒ぎの渦中のテーブルにあるらしい。
「今、兄貴は忙しいんだ! ガキンチョはシッシッ」
『……そもそも先程から猿のように騒ぎおって、鬱陶しい事この上無い。大の大人がみっともなかろう』
「んだとテメェ……!」
言っちゃったーーーーっ!?
あまりにド直球過ぎる一撃に、兄貴分の男は怒り心頭でセラの胸ぐらを掴む。
一触即発の状況に万事休すかと思っていた矢先、カナが呆れ顔で折れた鉛筆をポイと床に投げ捨てると、その右手で兄貴分の男の頭を掴み……
「あだだだだだだだだっ!!!?」
『お客様お客様お客様、あー、お客様困りますー』
酷い棒読みで言葉を吐きながらアイアンクローをキメると、頭を掴んだまま男を垂直に持ち上げた。
片手であんな事出来るものなのか……? と、一瞬戸惑ったものの、あそこに居るのはゴリラという事で納得することにした。
「て、テメェ、兄貴に何しやが……ひぃっ!?」
『一緒にこちらへどうぞ♪』
どうして弟分の男が怯えているのかは分からないけど、借りてきた子猫のように縮こまりながらカナの誘導に従い、頭を掴まれたまま引きずられていく兄貴分の男と共に入り口の外に出て行ってしまった。
「………」
皆が呆然としている中、セラがマンガ本を手に持って満足そうな顔で戻ってきた。
『とりあえず全12巻読破しようかと』
「もうツッコミ疲れたわ……」
◇◇
『そういえば、お主の店はあれから大丈夫かの?』
昼休みにいつもの三人で過ごしていると、セラが先日の一件について訊ねてきた。
「ええ、今のところはね」
そう答えたものの、少なくともあの男二人組が嫌がらせに来る事はもう無い気がする。
戻ってきたカナは笑顔で『快く説得に応じて頂けました☆』とか言ってたけど、ゴリラの世界では
『しかし何というか。あれだけやらかしておいてカナの雇用を継続するとは、お主の店も物好きよのぅ』
「思いきりトドメを刺したアンタが言うか……」
セラの言う通り、カナは騒ぎの後も神崎珈琲店で働いている。
お客さん達からの評判はと言うと……『可愛い上に、超強い』と、何故かカナの株は爆上がり。
あの日以降、ときどき迷惑行為に対して注意される客は居るけれど、どいつもこいつも嬉しそうだったし、別の意味でうちの店はもうダメかもしれない。
「ところでセラちゃん」
『なんぞ?』
ユキコが恐る恐る核心を問いかける。
「もしかして、怖いお兄さん達のところに飛び込んで行ったのって……カナさんがやっつけてくれるって、分かっててやったの?」
ユキコの質問にセラは鼻で笑うと、したり顔で答えた。
『当然じゃろう?』
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