019-看板娘の座! 前編

 私の名前は神崎リンナ、老舗喫茶店『神崎珈琲店』の看板娘だ。

 だけど、最近ちょっとピンチなのである。

 その理由はというと……


『いらっしゃいませ~。あっ、田中さん、連日ありがとうございます♪』


「わはは、カナちゃんが注文を間違えていないか、心配で来ちまったよ」


『もうっ、今日はちゃんと出来てますから!』


 お客さんに失敗した時の事をからかわれ、ぷいっとそっぽを向いてしまう姿が、これまた可愛くて憎たらしい!

 ……もとい、高齢者のお客様方にとても好評だ。

 さらにその一方で……


「あの……このお店、初めてなのですけど、何かオススメはありますか?」


『そうですね……でしたら、まずは当店マスター自慢のオリジナルブレンドはいかがでしょう?』


「は、はいっ。それでお願いしますっ」


『かしこまりました。ブレンド1入りまーす』


 受付票に"ブレ1"と書いてからぺこりと頭を下げると、カナは長い金髪をフワフワと揺らしながらカウンターの奥へ向かう。

 若い男性のお客さんはその姿を惚けた顔でずっと目で追っていて、今日もまた一人、彼女の虜となってしまったに違いない。


『あっ、いらっしゃ~……あら、おかえりなさい、リンナちゃん』


 屈託のない笑顔で迎えてくれるその姿はとても可憐で、その姿はまるで天使のよう。

 

「うん、ただいま」


『お母さんが居間におやつがあるって言ってましたよ~』


「ありがとう」


 伝言を伝えてから再び仕事に戻り常連客と談笑するカナを尻目に、私はおやつとジュースの乗った盆を持って自室へ向かっていった。


「………」


 少し行儀が悪いと思いつつも部屋のドアを足で開けると、盆を勉強机に乗せ……そのままベッドにダイブっ!!

 ボフッと凹んだ布団に顔を押しつけながら、私は……私は……


「くやしいーー! くやしいくやしいくやしい、くーやーしぃぃぃーー!!」


 ジタバタと足をばたつかせたせいで、木製のベットがギシギシときしむ音が部屋に響く。

 ……そもそも、神崎珈琲店の看板娘といえば、昔からリンナちゃんというのは相場が決まっていたはず!

 なのに、ぽっと出の金髪女がやってきた途端に、皆はコロッとそっちに寝返ってしまったのだ。


「何よあんなのっ。小柄なのにスタイルが良くて、ふわふわサラサラの金髪で、アイドル顔負けの顔に綺麗な青い瞳、文句の付け所がないくらい真面目な働きっぷり~~……って、勝ち目がどこにも無いわっ!! 何よ、何なのよーーーーっ!!?」


 自分で言っていて悲しくなってきたけど、カナはあまりにも完璧過ぎる。

 セラが転校してきた時も少しは焦ったけれど、あの子はあまりにも周りに対して達観し過ぎな性格ゆえに男子受けが悪いし、そもそも仲の良い友人なのだから脅威とかそういう話ではない。

 だけど、何もかも全てが完璧な人間なんて居るはずが無い。

 どこかに弱点があるはず……!


「でも、カナの弱点って何なのかしら?」


 ――この日から、私の「カナの弱点を調べてやるぞ大作戦」が始まった!



◇◇



『カナの弱点じゃと?』


「アンタ一緒に住んでるんでしょ。アイツの苦手なモノとか何か知らない?」


 驚くことに、カナとセラは一緒に暮らしている。

 よく分からないけど、シェアハウスってヤツなのだろうか?


『うーむ……』


 しばらく難しい顔で唸っていたセラだったが、何かを思いついたのかポンと手を打つと、首の前で手刀を横に動かすようなジェスチャーをした。


「何それ?」


『全力で呪いを込めた剣で首を飛ばせば倒せるかもしれぬ』


「物理的スギィーー!! っていうか、弱点うんぬんじゃなくて普通に死ぬわっ!!!」


 しかも"倒せる"とか、まるでモンスターを相手にするみたいな言いようだし。

 もっとも、私にとってはモンスターよりも強敵ではあるのだけど……。


『しかし、何故なにゆえにカナの弱点を探っておるのじゃ?』


「うぐっ……」


 非の打ち所が無さ過ぎるのが気にくわない……なんて本音なんて言えるはずがあるまい。


『どうせ、お主の事じゃ。チヤホヤされるのが気にくわないとか、客があやつばかりを注目して悔しいとか、そんなとこじゃろう?』


「なんで分かるのよっ!?」


 いつもの癖で脊髄反射的に突っ込んでしまった。

 慌てて自分の口を手で押さえたものの、目の前の二人は妙に優しい顔でウンウンと頷くばかりで、それが余計に腹立たしい。


『うむ、正直で結構』


「リンナちゃんはそうでなきゃね」


「何がそうでなきゃなのよ……」


 ユキコをジト目で睨んでもニコニコと笑うばかり。

 その一方で、しばらく目をつぶって考え込んでいたセラは、何かを思いついたのか突然目を開けて立ち上がった。


『まあ良かろう。我輩も力を貸してやろうぞ』


 そう言って笑うセラの顔は、まるでイタズラを思いついた幼子のようだった。



◇◇



『はーい、いらっしゃいま……』


 いつもニコニコと評判の店員さん……もとい、カナの顔が笑顔のまま凍り付いた。

 その目線は真っ直ぐにセラに向いており、笑顔を装うその表情の向こうから凄まじい警戒心をひしひしと感じる。

 一方のセラも、そんなカナを頭から爪先までじっくりと眺めていて、まるで小姑こじゅうとのよう。


『なるほど、学校制服の上から店名入りエプロンか。その服装は男ウケが良さそうじゃの』


『うぐっ!?』


 いきなりド直球の一撃を叩き込まれたカナは、すごい冷や汗を流しながら笑顔を引きつらせる。

 確かに前々から"あざとい"とは思っていたけれど、まさか一切オブラートに包む事無く、面と向かって言うとは……。


『なかなか良い店ではないか。贔屓ひいきにさせて貰おうかの』


「ひいきって……。セラちゃん、お小遣い大丈夫なの?」


『我輩は無駄遣いはしない主義での。今月リクから貰った千円には、まだ手を付けておらぬ』


「うちとしてはありがたいけど、無茶しないでよね」


 神崎珈琲店は良心的な価格設定ではあるものの、子供のお小遣いで通うには荷が重い。

 そもそもセラの家は色々と複雑な事情があるみたいだし、私が相談したのが発端とはいえ、それが原因で彼女の負担になるような事は避けたいところだ。


『さて、そこの店員よ。我輩達を席に案内するがよい』


『は、はいっ。かしこまりました~』


 どうにか気を取り直したカナは、何事も無かったかのように私達を一番奥のテーブル席に誘導すると、そそくさと奥に引っ込んで行った。


「空席いっぱいあるのに一番奥に通されるとか、思いっきり警戒されてるじゃない! アンタらどんだけ仲悪いのよ」


『あくまで利害が一致してるに過ぎんだけじゃからの。その本質は水と油、犬と猿みたいなものじゃ。無論、あやつが猿でな』


 なんつードライな関係だ……。

 水の一滴すら感じさせないカラカラに乾いた二人の家庭生活が、他人事ながら若干心配になってくる。

 しばらくして再びカナが奥から姿を見せたわけだが、こちらの席に来るまでに『実は遠い親戚の子なんですよ~』とか『最近イタズラが多くて、ハラハラしちゃいますよ~』などと他の客と談笑していた。


『ほほう、ヤツめ。これで我輩が何か無茶をしても、子供のイタズラという事で対処するつもりじゃな?』


「無茶ってアンタねぇ……。お願いだからお店を壊さないでよ? ホントお願いだからっ?」


『大丈夫、問題無い。大船に乗ったつもりで任せておくがよい。』


 セラはそう言うものの、私としては内心とても不安だ。

 ときどき価値観が妙にズレていると言うか、まるで別世界のヤツと会話しているみたいな気分になる事がある。

 いや、別世界の人と会った事は無いのだけれど。


『お待たせしました~。ご注文はお決まりでしょうか?』


 カナはしっかり布石を撒き終わったのか、私達の席までやってきてテーブルに「お冷や」を並べてから、注文を取り始めた。


『一番いいのを頼む』


『冒険者ギルドみたいな注文は止めてください……』


 ちなみに、この喫茶店において「一番いいの」はミックスサンド&コーヒーセット(デザート付き)の950円なので、ホントに持ってこられてしまうと、セラの一ヶ月のお小遣いの大半が一撃で吹き飛んでしまう。

 そもそも本格的なコーヒーなんて苦くて飲めたもんじゃないので(って私が言うのも何だけど)、もっと軽い飲み物を注文すべきだろう。


「うちの店はホットカフェオレも絶品なんだから、無難にそれにしときなさい」


『我輩は別にコーヒーでも構わんのだが、お主がそこまで言うならそうしよう。おい店員よ、さっさと三人分を持って参るがよい』


 何故か激しく上から目線で命令するセラを見て、カナのこめかみが一瞬ピクりと動きつつも、どうにか笑顔を維持している。


『か、かしこまりました……す~~~……は~~~~~……』


 接客しながら深呼吸するのはどうかと思うけど、それを指摘したら本当に怒りで暴れ出しそうな気がしたので、カウンターの奥に引っ込んで行くカナの背中をそっと見送る事にした。

 ……が、そんな私を見てセラが溜め息を吐いた。


『まったく、あそこでお主がいつも通り空気を読まずに"何その態度ぉ? アタクシはこのお店のオーナーの娘なのよ~? 靴をお舐めっ"とか言って追撃すればトドメを刺せたというのに、何をやっておる』


「トドメ刺してどうすんのよっ! っていうか、アンタ私をホント何だと思ってんのっ!?」


 やっぱりコイツに相談したのは間違いだったかもしれない。

 そう思っていた矢先、入り口のドアを乱暴に開く音が店内に響いた。

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