018-いっしょに暮らそう!

 第二の刺客スカログロウズの身柄を第四世界ワンダーワールドの神に引き渡した私は、そのまま天界へと帰還した。


『天使カナ、任務完了しました!』


『うん、おかえり……』


 戻ってきた私を見るなり、女神アンジュ様は少し気まずそうに目を伏せる。

 ……気に障るような事をしてしまったのだろうか。


『あの、今回の件で何か問題が……?』


『ううん、今回の件が発端じゃないんだけどね。偉い方々から、カナちゃんに出向の指示があったんだよ』


『えっ!』


 思わぬ言葉に、心臓がドクンと跳ねる。

 私がこの世界に来てからまだそんなに経っていないし、勇者様の転生に関する事柄だって何一つ解決出来ていないのに!

 それなのに出向という事はつまり、左遷……!?


『うっ……うぅぅ……うわぁーーーーんっ!』


『え、えええぇーーーっ!! ちょっ、カナちゃんっ!?』



◇◇



『すみません、取り乱してしまって……』


『いや、言葉足らずでゴメンね。まさかガチ泣きされるとは思わなくて……』


 泣いてしまうなんて自分でも驚きだった。

 でも、何も事情を知らない天使がいきなりあの二人の前に現れて、状況が良くなるのかと言われると微妙だ。

 それよりも、最後まで見届けられない事の方が悔しい……。


『それで君の次の行き先なんだけど~……』



~~



「……アレなんなん?」


「俺に聞くなって」


 神崎は俺の背中をツンツンすると、斜め前の席で突っ伏したままのカナを指差した。

 昨晩に小学校に侵入して、スカログロウズとか言うガイコツっぽいヤツをセラと一緒に締め上げてる時のカナはニコニコ笑顔だったのに、何故か今日は学校に来るや否やこれである。

 スカログロウズを簀巻すまきにして、西部劇の拷問みたいにズルズルと引きずったり、相当ムチャやってたし、性格がドS過ぎるとか天使らしさが足りないみたいな理由で、偉い神様に怒られたのかもしれない。


「もしかして、天使にも例の日があるとか……!」


「それ当たりでもハズレでも地雷だから、絶対本人に向かって言うなよ?」


 ただでさえド変態の称号輝く神崎の名がさらにグレードアップされると、一緒に居る俺までとばっちりを食らいかねない。

 それを未然に防ぐ、つまり適切に人の道に誘導してあげるのも俺の役目なのである。

 ……神様は、この行いを善行と見なしてノルマ消化してくれねーかなぁ。


「はぁ」


「なんでリクまでダウンしてんのっ!?」



◇◇



「結局、何があったんだ?」


『えっ!?』


 学校からの帰り道でもしょんぼりしたままのカナに声をかけると、驚いた顔でこちらに振り向いた。


『心配して頂けるのですか……?』


「そりゃ、隣の席で一日ずっと落ち込んだ顔されてたら気になるって。……もしかして、俺がいつまでも転生しないから、神様に怒られたとか?」


 俺の問いかけに対し、カナはブンブンと首を横に振った。


『いえっ。今の状況では転生そのものが出来ませんし、そういった催促をされる事もありません! ただ、その……』


 ゴニョゴニョ~……と何か言いたそうに言葉を濁してしまう。


「なあカナちゃん、俺らはもう友達なんだ。困った時は相談したって、良いんだぜ?」


『神崎さん……人の身で私の友を名乗るのは烏滸おこがましいです。身の程を知りなさい』


「すみません……」


 言葉は丁寧だけど、言ってる事はゴミ虫扱いしてた頃と何ひとつ変わってない!

 でも、しょんぼりとする神崎を見てカナは少し笑うと、その顔に明るさが戻った。


『でも神崎さんの言う事も一理ありますね』


 カナは覚悟を決めた表情で俺の目をじっと見つめてきた。


『実は神から出された命令は……リクさんと一緒に暮らしなさい、という話なのです』


「えええーーーっ!?」


 なんだそりゃ!

 俺ん家の都合おかまいなしにそれって、乱暴すぎるだろ神様!


『そもそもリクさんに許可を頂いていませんし、既にセラさんの面倒だけでも手一杯だというのに、これ以上の負担を強いるなんて……』


「まあ部屋は余ってるけどさ」


 我が家は二階に三部屋あり、そのうち二部屋は俺とセラが使っているけど、残りの一つは神崎のアイテムストレージになっている。

 それを片づければ寝泊まりするスペースくらいは確保できるから、カナの部屋を作る事に関しては問題は無い。


「でも、いきなり一緒に暮らすと言われても……ハッ!?」


 後方から凄まじい殺気を感じ、俺は慌てて後ろを振り返る!

 この波動……魔王の送り込んできた刺客達よりも、強い!!


「ドウシテ、オマエバカリ……」


 気づけば神崎が殺意の波動に目覚めていた。


「お、落ち着けっ! 正気を保つんだ!!」


「オ、オレタチ、トモダチ……?」


「お、おう、友達だ!」


「トモダチナノニ……オイシソウ!」


「その発言は色々アウトーー!!」


 だが、手遅れになる前にケダモノ……じゃなくて神崎の脳天にカナのチョップが炸裂し、そのままその場に昏倒したのであった。



◇◇



『うぅむ。状況は察したが……どうしたものかのぅ』


 俺の腕に抱きついたままアカンベーの顔で挑発するカナの姿を見て、セラは少し困惑している様子だ。


『じゃがリクよ、経済的な余裕はあるのか? 前に早苗が相当心配しておったではないか』


「うーん、同級生を養うってのはさすがにキツいかな」


 厳密に言うと、セラの生活費に関しては早苗姉さんや義父母から少し援助をしてもらっているからどうにかなっているだけで、高校生のバイト程度の稼ぎではそもそもどうにもならないのが実状だ。

 そこに「もうひとり天使が同居する事になったので、お金ちょーだい!」とはさすがに言えないし、言うつもりもない。


『天使よ。神の眷属けんぞくなのであれば、石からパンを作ったり、水からワインを作って生活の充てにせぬか?』


『そもそも出来ませんし、出来たとしてもそんな私利私欲に力を使ったら一発で堕天コースですよ! 私が神聖術を使える対象は人助けか悪魔退治の時だけですから』


 しょんぼりと俯いたカナを見て、部屋の隅っこで小さくなっていた神崎が恐る恐る手を挙げた。


「あ、あのー、カナちゃんがウチの店で働くってのはどうかなー? なんて~……」


『ウチの店……ああ、神崎さんのご実家は喫茶店でしたね』


「でも、店員なんて募集してたっけ?」


 俺が疑問を口にすると、神崎は目をクワッと開いて立ち上がった。


「甘いぞリク! こんな超絶美人の御嬢様が接客とか、どう考えても集客力ハンパねえよっ!! こんな子に働いてもらえたら間違いなく評判になるし、神崎珈琲店の将来は安泰っ!! 頼むっ、頼むから来てくれカナちゃんっ!!!」


 必死だな。


『……』


 カナは難しい顔のまま悩んでいる様子。

 それからチラリと俺の方に目を向けてきた。

 うーん……


「まあ神崎の親御さんやリンナの目もあるし、大丈夫なんじゃない?」


『分かりました。それでは神崎さんのお店で働く事にします』


「リクに言われたら即決なのなー……まあ良いけどよぅ」


 不満そうにぶちぶちと文句を垂れつつも、一応は結果オーライという事で納得したようだ。


「ところでリクよ。セラちゃんがカナちゃんに対して天使って呼んでたって事は、二人は前から面識あったんか?」


 神崎の質問にセラはキョトンとしている。


『なんじゃ。こやつが天使と知っておるから、我輩の事もリクから説明を受けておるのかと思ったが、違ったのじゃな』


「???」


 セラが少し高い椅子からピョンと飛び降りると、神崎に向かってビシッと指差した。


『我輩は死神のセラ。彷徨さまよう魂を冥府に送り、人々を正しく死に導く者じゃ』


 ニヤリと笑いながら口上を述べたセラだったが、それを見た神崎は首を横に振りながらセラの肩をぽんぽんと叩く。


「君の歳で中二病は早いよ?」


 直後、セラのドロップキックが神崎の顔面にクリティカルヒットした。

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