015-りんごの縁

 ある日の夕方の事。


「本当にありがとうねぇ」


「いえ、こちらこそ頂いてしまってすみません」


「妹さんと仲良く食べんさいね」


 俺は通りすがりのおばあちゃんの荷物を運ぶのを手伝い、そのお礼に頂いたリンゴの入った紙袋を手に帰路についていた。


『うんうん、一日一善。リクさんは今日も勇者って感じですね~』


「どんな感じだよ……」


 ニコニコ笑顔のカナにジト目を向けつつ、俺は袋に入ったリンゴをいっこカナに手渡した。


「ほい、さすがに天使でもリンゴくらい食えるだろ」


『天使に向かって禁断の果実を渡すとかスゴイ事しますねぇ。まあ、私達は禁じられて無いんですけど』


「?」


 よく分からないけど、色々と複雑な事情があるようだ。


「桃太郎さん桃太郎さん、俺にも一個くださいワン」


「なんで犬なんだよ……。まあ別に良いけどさ」


 いつもなら夕方に善行イベントが発生すると分かっている日は神崎と別行動を取るのだが、カナが一緒に帰ると知ったコイツは「俺もっ!」と下心丸出しで付いてきたわけである。


「……あれ? セラが近くに居るっぽい」


 俺が何気なく見守りアプリで地図を表示すると、近くの交差点付近がヒットした。


「お、セラちゃんにケータイ買ってあげたのか。でも、この辺って通学路じゃなくね?」


 確かに俺達の通う高校と小学校とは少し距離があるし、当然ながら通学圏外だ。

 理由を確かめるべく現場に向かうと、電信柱の陰に隠れてコソコソしているセラの後ろ姿を発見。


「お前、何やってんの?」


『うおぉ!? って、リクか』


 セラは安堵の息を吐くと、カナと神崎をチラリと一瞥いちべつしてから事情を語り始めた。


『うむ。よく分からんが、またクラスメイトの……はて? 竜宮レナ……いや違うな、まあ名前は忘れたが勝負を挑まれてのぅ。面倒なので巻いてきた』


 セラに勝負を挑んだという事は、例の「牛乳を飲みすぎてトイレに駆け込んだ子」だと思われる。

 あと、今とんでもない名前が聞こえた気がするけどスルーしておこう。


『……む、それは何じゃ?』


「?」


 セラの目線の先にあったのは……ああ、なるほど。


「人助けで貰ったリンゴだな」


『っ! これが……リンゴじゃと!?』


 何故かセラは驚いた顔でまじまじと果実を眺めていた。



◇◇



 何故かカナが帰った後も神崎だけ我が家についてきたわけだが、家に帰った後もセラはリンゴが気になる様子。


「うーん、晩飯前だけど一人一切れなら良いか……」


 俺は一個を手に取ると、フルーツナイフでささっと切り分けて皿に並べた。


「ヒュー、相変わらず手際いいね~」


「なんでコ○ラっぽい口調なんだよ……」


 俺が神崎に苦言を吐きつつセラに目を向けると、こんな顔(・Д・)で固まっていた。


「どしたのセラちゃん?」


『……』


 不思議そうに訊ねる神崎の問いかけに応える事なく、セラは皿の上の一切れを手に取ると、まじまじとそれを見つめた。

 汁が滴らんばかりのジューシーな果肉には薄黄色の蜜が浮かんでいて、今が食べ頃である事を物語っている。

 品種は『サンふじ』だと思うけど、見た目といい大きさといい、おばーちゃんがくれたのはデパートの贈答用のお高い品なのかもしれない。

 それを恐る恐る口に運んだセラは……


『……っっっ!!!』


 こんな顔(●´∀`●)になった。


『なんぞこれはあああああぁぁ!!! こんな美味いものがこの世界にはあったのかあああああああああああああ!!!』


「お、落ち着けセラ……」


 半狂乱状態で叫ぶセラを見て若干引きつつ、ふと横目で神崎を見たら何故か号泣していた。


「うぅ、セラちゃんは今まで辛い境遇だったんだね……。いつでもユージおにーちゃんに甘えていいからね!」


『それは遠慮する』


「いきなり落ち着くな!」


 結局、皿の上に盛った一玉は全てセラの胃袋に収まったのであった。



◇◇



 神崎が帰った後、夕食を頂きつつ今日の出来事を振り返る。


「それにしても、リンゴ一個であそこまで取り乱したのは驚いたな」


『その事は忘れてくれ……』


 結局、今回の一件により、神崎がセラの事を「リンゴを口にする事すら叶わない困窮こんきゅうの暮らしを経て俺の妹になった薄幸少女」と斜め上過ぎる解釈をしてしまう事となった。

 帰り際までずっと慈愛の眼差しを送り続けた神崎に対し、セラが『頼むからリクと同じように、普通に接してくれんかの……』と懇願したところ、これまた「辛い過去を思い出したくない」と都合良く解釈されてしまい、ますますセラのイメージが明後日の方向へと飛んでいってしまった。


『我輩はどうすれば……』


「うーん……」


 だが、この勘違いがきっかけで話が思わぬ方向へ進むことなるとは、この時のセラは知る由も無かった。



~~



 次の日、小学校での出来事。


「今まで悪かったわね」


 朝からリンナが静かだと思いきや、開口一番でいきなりコレである。


『今日は雨でも降るのかのぅ?』


「なんでよっ!?」


 なんでと言われても、今まで勝負を挑んできては玉砕されてきたはずのリンナが謝罪してくるなんぞ、驚くなという方が無理であろうに。


『もしや、我輩が油断している間に後ろから棒のような物で一撃……』


「しないわよっ!! ……はぁ。アンタんとこも色々大変だなーって思っただけ! それだけっ!」


 きびすを返して自分の席に戻っていくリンナを見て、我輩と隣席のユキコとで顔を見合わせた。


『あれがツンデレというヤツかのー?』


「セラちゃん、どこでそんな言葉覚えたの……」



◇◇



 結局この日は、リンナから勝負を挑まれる事無く平穏無事に放課後になったわけだが……。


『用事があるなら素直に話しかけてくれば良かろう』


 我輩が横目でちらりと見ながら呟くと、リンナは慌てた様子で赤面しながら首を横に振った。


「な、なななっ、べ、別に用事なんてっ!」


 そうは言うものの、一日中こちらをチラチラと見ては目を逸らすを繰り返されると、さすがに気になる。


『我輩はこれまで勝負を挑まれた事を負担に感じてはおらぬし、お主に憤りを覚えた事も無いから気にせずとも良い。まだ何か伝え足りない事があれば聞いてやるぞ』

 

「う、うぅ……」


 泣きそうな顔でこっちを睨むリンナを見て、ユキコが「あっ!」と声を上げる。

 それから少し迷うような仕草をしたかと思うと、彼女はリンナの手をぎゅっと握った。


「えっ、何っ?」


「神崎さんも一緒に帰ろっ!」


「へっ? あのっ、ちょっ」


 結局、ユキコに強引に押し切られる形でリンナも一緒に下校する事になった。

 どうやら三人とも帰る方向が同じらしく、校門を出た後も同じ道を歩いている。

 しばらく先頭を歩きながら黙っていたリンナだったが、途中でくるりと振り返るとユキコの方を向いて口を開いた。


「アンタ、見た目は結構おとなしそうなのに意外と大胆よね……」


「神崎さんは見た目通りだね~」


「どういう意味よっ!」


 見た目通りと言われてわめくリンナを見て、ユキコは優しく微笑むばかり。

 我輩は未だに状況を把握しきれていないものの、どうやら悪い雰囲気では無さそうだ。


「それにしても、どうして神崎さんはセラちゃんに勝負を挑むのを止めることにしたの?」


 ユキコの質問に、リンナは「うぐっ」と一瞬唸った後、言いづらそうにしながらも理由を語り始めた。


「……うちのバカ兄貴がセラの事を知ってたのよ。やたら号泣しながら身の上話を語るもんだから、鬱陶しいったらありゃしなかったわ」


 バカ兄貴……号泣……あっ!


『お主、ユージの妹じゃったのか!』


「不本意だけどね」


 そう言って不満そうに頬を膨らすものの、表情から察するに、兄に対して抱いている感情は嫌悪では無さそうだ。


「別に兄貴に言われたからって訳じゃないけど、困ったらちゃんと相談しなさいよ」


 そっぽ向きながら言う姿を見て、ユキコは何も言わずにニコニコと笑っている。


『……そうじゃな。その時は宜しく頼む』


 我輩がそう答えると、リンナはとても嬉しそうに笑った。

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