013-学校へ行こう!

 我輩は、妙に派手な色のバックパックを背負いながら、こちらを凝視する集団の前に立たされていた。


「えーっと、自己紹介をお願いできるかな?」


 気の弱そうな女に言われ、深緑色の壁板に仮の名を書く。

 この国の文字や文法については以前から学んでいたものの、さすがに不慣れなので本当に正しく書けているのか、正直あまり自信はない。



伊藤いとうセラ】



『名は伊藤セラと言う。不束者ふつつかものじゃが、宜しく頼むぞ』


 挨拶にざわつく幼子おさなご逹を見て、我輩は小さく溜め息を吐いた。

 ……我輩は今「小学校」という建物にある『4年は組』と呼ばれる部屋で、わずかよわいとお程の幼子共に囲まれている。

 別に自らが望んだわけではなく、そもそも人間なんぞの知識を得たところで何の足しにもならないのだが……。

 どうしてこうなってしまったのかと言うと、話は数日前にさかのぼる。


……


『セラちゃんには小学校に通ってもらいます』


「えええーっ!?」


 リクが頓狂とんきょうな声を上げて驚いた。


『小学校って何じゃ?』


『んー、セラちゃんの世界に例えるなら、幼精ようせい達の集まる学校かしら?』


 突然とんでもないことを言う早苗の言葉に驚愕する。


『わ、我輩が幼精じゃとっ!? 確かに見た目は幼子のようではあるが、いくらなんでもそこまで落ちぶれては! それに知力に影響は出ておらぬし、今さら我輩が学ぶ事なんぞ何も……!』


 早苗は首を横に振ると、真面目な顔で我輩の両肩に手を置いた。


『人間の世界には、世間体ってものがあるの』


『世間体』


『学校に通っていない子が居るなんて事が児童相談所に知られるとシャレにならなくてね』


『児童相談所』


『あと、市内の小学生は医療費がかからないし、給食費も全額補助あるし、手当もバカに出来ないの!!』


『お主ら、そんなに困窮こんきゅうしておるのか……?』


『リク君の家計の負担軽減の為に協力をお願いします! ホントお願いしますっ!!』


……


 人間という種族は生きていくだけでも大変だということが、早苗の表情からひしひしと伝わってきた。

 それならば皆で同じ住居に暮らせばそれだけ節約出来るだろうにと思ったのだが、色々と家庭の事情があるのだろう。

 我輩はそういったデリカシーに欠くような問いかけはしない主義なので、そっとしておくことにした。

 何はともあれ、我輩は幼子おさなご達に紛れて生活する事になったのである。


「せ、セラちゃんは御両親の都合で海外から来たばかりで、まだ日本語に慣れてないの。だからね、みんな仲良く……」


『両親は居らぬぞ? この名字も保護者のモノを借りたに過ぎぬしな』


「せ、セラちゃーーーんっ!?」


 女が涙目で我輩に訴えかけてくる。

 だが、無意味な嘘を重ねた結果、より悲惨な状況に陥る人間共をこれまで嫌という程に見てきたのだ。

 ハッキリとさせておいた方が気が楽であるし、ここまで露骨に家庭の事情を臭わせておけば、ずけずけと内情まで踏み込んでくる輩もおるまい。



 ――と、甘く考えていた時代が我輩にもありました。



「セラちゃん! どこの国から来たのっ!」


「日本語上手だねっ! お侍さんみたいだけど、どこで習ったのっ?」


「その服可愛いね! 海外ブランドっ?」


 いやはや、幼子というのは想像以上に容赦なくずけずけと来るものであった。

 さらに男児の方を見ると……


「この心の高鳴りは一体っ?」


「褐色、のじゃ……いい」


「いい」


 若干名、幼心に変な性癖を植え付けてしまった気がして大変心苦しい。

 そんなわけで、加減を知らぬ小童こわっぱ共の猛攻を受けて途方に暮れていると、少し困った顔をしながら隣席の娘が話しかけてきた。


「みんなが騒がしくしちゃってゴメンね。あ、わたしは井上ユキコ。仲良くしようねセラちゃんっ」


 黒髪、三つ編み、黒縁メガネ装備……と、これまた典型的な姿を見て、我輩は手をポンと打つ。


『なるほど、お主は委員長じゃな』


「えっ? うん、クラス委員だけど……わたし、言ったっけ???」


 なるほど、ユージから借りたマンガに書かれていた通り、この手の容姿であれば「委員長」という肩書きを持っている可能性が高いと考えて良さそうだ。

 家に帰ったら更に多くの情報を得る為、続きを読むとしよう。


「み、みんな~、授業を~。ねぇ、聞いて~?」


 先生と呼ばれる女はオロオロと困り顔で幼子共に翻弄されていて、何とも情けない。

 もしも幼精育成所であれば、この幼子共は鞭打ちでは済まされぬであろうに。


『……まあ、退屈はせずに済みそうじゃの』


 我輩は誰にも聞こえぬよう、窓の外をぼんやり眺めながら呟いた。



◇◇



「私と勝負しなさい、転校生っ!!」


 放課後、さっさと帰ろうと思っていた我輩の目の前に、妙にクルクルした髪型の女児が立ち塞がってきた。

 突然の状況に、辺りは騒然となる。


『誰じゃお主?』


「クラスメートの顔くらい覚えなさいっ! 私の名前は神崎リンナよ!!」


『さすがに互いに自己紹介すらしておらぬのに、それは無理であろう。気持ちは分からんでも無いが、そこまで自己顕示欲が強いと苦労するぞ?』


「じこけんじ? 意味わかんないコト言ってないで、勝負なさいっ!!」


 いきなり勝負と言われても困ってしまう。

 そもそも何の目的でこの女児と争わねばならぬのか、その理由が分からない。

 いぶかしげに首を傾げる我輩を見て、リンナはフフンと自信ありげに笑った。


「アンタ、ちょっとばかし可愛いからって、チヤホヤされて良い気になってんじゃないからねっ!」


『ああ、なるほど』


 状況を理解した我輩は手をポンと打った。

 これも漫画で見た事がある流れだ。

 この国の言葉で何と言うのだったかな?

 えーっと、確か……


『噛ませ犬というヤツじゃな!!』


 我輩がそう言うと、辺りが静まりかえった。

 しばらく静寂が続いた後……幼子達が一斉に笑い始めた。


「うひゃひゃひゃ言っちまった!!」


「すげー、転校生すげー、ひぃーー!」


 笑い転げる男児連中の姿を見て、いささか不安を感じる。


『む、間違いじゃったかの?』


「うーん、ちょっと意味が違うと思うけど……ぷぷっ!」


 ううむ、ユキコが肩を震わせながら顔を背けてしまった。

 その一方で、我輩に勝負をふっかけてきたリンナは顔を真っ赤にしながら、涙目でプルプルと震えている。


「お……」


『お?』


「覚えてなさいよぉぉぉーーーーっ!! うわーーーーんっ!!!」


 捨てゼリフを残して、走り去っていってしまった。

 ……あ、転んだ。



◇◇



『という事があった』


 夕餉ゆうげの支度をしているリクに状況を伝えたところ、何とも微妙な表情をしている。


「お前、登校初日からトバしすぎじゃね?」


『我輩が悪いのかのぅ?』


 だが、人間の幼子共といさかいを起こすのも避けたいところであるし、明日からは気をつけようと心に誓うのであった。

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