011-静止した世界の中で

『なるほど、それが貴様の真の姿か。幼子おさなごを斬るのは気が引けたが、その姿ならば遠慮は要らなそうだ!』


 ヴァンピルがセラの姿を見て、嬉しそうに笑う。


『それは良かった。美女は斬れぬとか言い出したら興ざめだからの』


 セラのとんでもない自画自賛には俺も笑ってしまった。


『それでは先程の続きを楽しむとしよう!!』


 初撃で頭上からヴァンピルが曲刀を振り下ろすと、セラは即座に大鎌でそれを打ち払いつつ、そのまま円弧を描いて横薙ぎに一閃!

 だが、ヴァンピルはそれを回避しながら曲刀で受け流すと、そのままセラを蹴り飛ばす。

 宙を舞ったセラは空中でくるりと体制を立て直すと、ふわりと浮遊しながらゆっくりと着地した。


『レディを足蹴にするとは、紳士としての格が下がるぞ?』


生憎あいにく、巨大な鎌で斬りかかってくる女をレディ扱いする文化は、我が国には無いのものでなっ!』


 互いに一歩も譲る事なく斬り合う二人の殺陣たては人間のレベルを遙かに超越しており、目で追いかけるのがやっとだ。

 だが、素人目から見ても明らかなのは……セラの方が強い!

 まるで舞のようにも見えるその華麗な技の前に、思わず状況を忘れて見惚みとれてしまいそうになる。


『フンッ!』


 ついに追い詰められたヴァンピルは、マントの隙間の死角からナイフを投げたものの、セラはそれを予測していたかのように大鎌で弾き返す。


『ふむ、飛び道具も良いのか』


『命の奪い合いに遠慮は無用! 全力で来るが良い!!』


 ――だが、その選択がヴァンピルの命取りになった。

 セラの雰囲気が一変し、瞳が燃えるようなあかへと変わる。


『ならば、遠慮無しで行かせてもらおうかの』


 そしてセラが大鎌をそらに向かって突き上げると、大声で叫んだ。


ときの最果て!!』


 セラの声が響いた直後、夕闇に染まっていた景色が突然モノクロームに変わり、世界が静止した。

 俺がこの世界を見るのは二度目だけど、この状況を知らないヴァンピルは呆然とした顔でそれを眺めている。


『貴様、何をした……!?』


『関係の無い者も巻き込む恐れがあるからの。ちょいとばかし空間を固定させてもらった』


『く、空間の固定だとっ!? 馬鹿な事を言うなっ!!』


 だが、実際に自分達以外の全てが静止した世界を目の当たりにして、それが嘘では無い事はヴァンピル自身も理解しているであろう。

 慌てふためく男に向かって、セラがゆっくりと歩み寄る。


『く、来るなァ!!』


 恐怖に震えながら曲刀をブンブンと振り回す様からは、先程までの偉そうな姿が見る影も無い。


『お主に恨みは無いし、魔王がどうとかいう話には全く興味も無いのじゃがな』


『クソがああああああーーっ!!』


 セラは半狂乱で飛びかかってきたヴァンピルを大鎌で迎撃し、宙に打ち上げながら魔法を発動させた。


『虚無へといざなえ!』


 セラの左手から放たれた黒い霧がヴァンピルの全身を包み込む!

 ヴァンピルはそれを逃れようと、たくさんのコウモリに姿を変えながら逃げ惑うものの、一匹、また一匹と塵となって消えて行く……。

 そして最後の一匹が消えゆくのを見届けたセラが大鎌を振りかざすと、再び景色が夕暮れの色を取り戻した。


「終わった……のか?」


 俺の呟きとほぼ同時にセラが少女の姿に戻る。

 その理由は分からないけど、ずっと元の姿で居られるわけではないらしい。


『リク……』


「セラ……」


 二人がどちらからともなく駆け寄ると、俺はセラの……ドロップキックで吹っ飛んだ。


「!?!?!?」


 突然の状況に目を白黒させている俺の上に馬乗りになったセラは、こちらの首を絞めながら笑顔で問いかける。


『さて、白状してもらおうか』


「え……」


『訳も分からないまま光のトゲで刺されるわ、我輩を見て怯えられるわ……。その理由わけ……包み隠さず、洗いざらい吐いてもらおうかの?』


 やっぱりそうなりますよね!!


『さあ、怒らぬから言ってみよ?』


 絶対嘘だーーーー!!!



◇◇



『まったく、あのポンコツ天使にたぶらかされるとは……』


「うぅぅ、面目ない……」


 カナが転校してきた事や、俺とセラのどちらかが死亡すると片方にその能力が転移する事などを一通り伝え終わった俺は、地面に正座したままガクリとうなだれていた。

 きっかけはカナの言葉だったにしても、俺が一方的にセラを避けて、それが原因でセラを傷つけてしまった事実は変わらない。


『他の女子おなご共であれば、まず愛想を尽かしておろう。この貸しは大きいぞ?』


「本当にゴメン……。どうすれば返せるか全然分からないけど、頑張るよ」


 俺がしょんぼりしながら答えると、セラはイタズラを思いついた子供みたいに、ニヤリと笑った。


『それでは、今から返してもらおうかの』


「えええ、今からっ!?」


 突然過ぎる宣言に仰天していると、買い物袋から何かを取り出したセラが、それを俺の手にベショッと乗っけてきた。


「これは……ガリ○リ君? めっちゃ溶けてて悲しい事になってるけど」


『スーパーに戻るぞ。今宵こよいの食後アイスはハー○ンダッツで決まりじゃ!』


 相変わらず要求がリーズナブル過ぎるセラを見て、俺はいつも通り呆れ気味に笑うしか無かった。


「……ありがとな」


『うむ』


 セラは満足げに笑うと、俺の手を引いて歩き出した。



~~



 義理の兄妹が仲良く買い物に向かっているその側で、人知れず空を飛ぶ一匹のコウモリの姿があった。

 ――ヴァンピルの正体は複数のコウモリが集まって出来た集合体であり、その中の一匹でも生き残れば消滅する事は無い。

 それに気づかぬまま、死神セラは空間を開放してしまったのだ。


『おのれ死神め……。だが、勇者とその従者どちらも見つかったのは収穫だった。一刻も早く、この情報を魔王様に……』


『行かせませんよ?』


『なっ!?』


 ヴァンピルが慌てて振り返ると、そこには夜空に輝く天使の姿があった。


第一世界オリジンの天使だと……!』


『ちょっとヒヤヒヤしましたけど、貴方みたいな三下相手に勇者様が負けるわけ無いんですよね~』


 三下と言われたヴァンピルは苛立った様子でカナを睨むが、彼女はそれを気にかけること無く、クスクスと笑う。


『それにしても、相手に全力を出せと要求しておいて、それでボコボコにされるなんて、ホント噛ませ犬ですね~』


『なんだと貴様っ!! ……うっ!?』


 自分を愚弄するカナに怒りをぶつけようとした矢先、凄まじい殺気がヴァンピルの肌をヒリヒリと焼く。

 既に彼女の表情から笑顔が消えている事に気づき、ヴァンピルの背筋が凍りついた。


『私はこの世界の守護者です。その平穏を乱す脅威を決して許しません』


 この姿では絶対に天使に勝つ事は不可能。

 かくなる上は……!


『ウォオオオオオーーーーっ!!』


 ヴァンピルは力を振り絞ると、カナを引き離そうと一気に加速した!

 どこまでも、どこまでも……。


『これでどうだァァーーーっ!』


 くるりと後ろを振り返ると、そこにカナの姿は無かった。

 ヴァンピルは自らの速さに感動し、空高く舞いながら高笑いを響かせた。


『ふ、ふはははは! 私は速い! 私は最速ゥゥゥッ!!』


『そうですねー』


『っ!!!!!!!!!!!』


 ヴァンピル……いや、小さく無力なコウモリの前に、槍を構えた天使が呆れ顔で浮遊している。


『そろそろ終わりにしましょうか』


『ひ、ヒィィィィィ! こ、殺さないでくれええーーーーっ!!』


『そんな物騒な事しませんよ……そもそも私には誰かを殺める権限が与えられていませんから』


 カナは苦笑しながらコウモリの羽を乱暴に掴むと、天界に繋がる門へと飛び立った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る