010-勇者の目覚め

 俺は一心不乱に走っていた。


「畜生……!」


 誰に向かって言ったのかは分からない。

 いや、俺は自分自身に向けて言ったのかもしれない。

 ……セラを傷つけたうえ、置き去りにして逃げた自分に!!


「はぁ……はぁ……」


 俺は走るのを止め、肩を落として歩いた。

 このまま早苗姉さんのところに戻って、どうするつもりなのか。


「セラが逃げろと言ったから、見殺しにして逃げた~……か」


 さすがの早苗姉さんでも、俺に愛想を尽かして怒るだろう。


「でも、どうすりゃ良いんだよ……」



『君、難しく考えすぎじゃない?』



「っ!?」


 突然前方から話しかけられた俺は、慌てて顔を上げた。

 そこに居たのは……


「え、誰……???」


 俺の目に映ったのは、幼い姿のセラとほぼ同じくらいの背丈の女の子だった。

 ウェーブがかったセミロングの金髪が夕日色に輝く姿からは、この世のものとは思えない不思議な雰囲気を漂わせている。


『カナちゃんもだけど、もっと肩の力を抜いた方が良いと思うんだよねぇ』


「お前も天使なのか……!」


『厳密には天使じゃないんだけどね。第三世界こっちに居る時は、この姿じゃないと色々と目立っちゃうんだよ』


 さっきもカナを"ちゃん付け"で呼んでたし、その口振りといい、もしかして俺は今、とんでもなく偉い方と対面しているのでは……。


『君んトコの死神ちゃんがピンチだから手短に言うけどさ。……あの子、どう考えてもチョー良い子じゃん! 性格良し、嫁としても器量良し、しかも褐色のじゃろり!! こんな優良物件、大金積んだって買えないよっ!?』


 お前は何を言っているんだ……。

 俺が呆れ顔で固まっていると、少女はくすりと笑った。


『君は今まで"正義であるコト"を強要されすぎちゃって、自分というモノを見失ってたんだよ。誰かを助けるとか、勇者がどうとか関係無しでさ。今、君にとって何が一番大切なのか、それを第一に考えてごらん?』


「今の俺にとって、一番大切な……」


 頭を過ったのは、別れ際に見せたセラの笑顔だった。

 俺のせいで傷ついて、そんな状況でも笑って……。



 ――安心するがよい! 我輩がお主を護ってやる!!



 どうしてこんな大切な事を忘れていたのだろう。

 俺はグッと奥歯を噛みしめると、少女に背を向けた。


「……ありがとう」


『うん。頑張ってね』


 俺は声援を背に受けて、再び走り出した!


『さーて、こっちは片付いたから良いとして、次はカナちゃんかな。あのお堅い性格を丸くするには、ちょっとした刺激が必要だよねぇ』


 そんな事を言いながら、少女は夕暮れの街へと消えていった。



~~



 夕日の沈みかかった街の外れで、金属同士のぶつかる音が響く。

 片や命を奪う事を目的にギラリと光る曲刀、もう片方はまるで飯事ままごとに使うオモチャのような、とても心許こころもとない小さな鎌。

 当然ながら斬り合いなど出来るはずもなく、受け流すだけでも精一杯だ。

 幸いな事に通りがかる者は誰も居らず、気兼ねなく回避に専念出来る。

 ……正直、そろそろ限界なのだが。


『そんな武器と身体でよく戦えるものだな。貴様には敬意を払う価値がある』


『敬意よりも、そこで溶けておるアイスクリーム代金を支払って欲しいのぅ』


 買い物袋にちらりと目をやると、その中で悲しく棒アイスの袋がくたりと蕩けているのが見えた。

 今晩の楽しみだったのに、全くもって残念だ。


『せめてもの情けだ。苦痛を味わう事もなく逝かせてやろう!』


 ヴァンピルは右手の曲刀を構えると、切っ先をこちらに向けてニヤリと笑う。

 ……もはやここまでか。


『逃げ切ってくれよ……リク』


 我輩は目をつむり、最期の時を迎えていた。


『さらばだ死神よ!!!』


 だが、正面の殺気が膨らみ、刀が振り下ろされようとしたその時、ふわりと身体が宙に浮くような不思議な感覚に包まれた。

 そして……


「諦めてんじゃねえっ!!」


 大きな腕に抱き締められながら、一番逢いたかった人の声が聞こえた。

 再び目を開けるとそこに彼が居て、我輩はそれが嬉しくて……


『全く、戻ってくるのが遅すぎる。大遅刻じゃ!』


 抱き締められたまま、リクの頭をぽかりと叩いた!


「いてっ」


『むしろ、あれほど逃げろと言ったのに、とうして戻ってくる!? お主は大馬鹿かっ!!』


「逃げろと言ったり、戻ってくるのが遅いと言ったり、わがままな奴だなぁ」


 すっかり迷いが晴れた顔で苦笑するこやつを見ていると、怒る気も失せてしまった。

 だが、一人だけ空気の読めぬ輩が怒りの形相でこちらを睨んでいる。


『女を一人置き去りにして逃げた腑抜ふぬけが今更、何の用だ』


「ちょっと顔を洗いに行ってただけさ。……おかげで目が覚めたぜ」


 リクはそう言うと、我輩をそっと地面に下ろした。


『今度こそ宜しく頼むぞ?』


「ああ、任せとけ」


 リクが再び右手を振り上げ、そこから伸びる光の帯が我輩の首へと繋がる。

 その表情に迷いは無く、その目の輝きはまるで我輩の全てを信じる事を誓っているかのように見えた。


『ならば我輩も期待に応えよう!!』

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