008-魔王の刺客

 空に雷鳴が轟き、稲光が辺りを強く照らす夜。

 怪しい男がビルの屋上から街を見下ろし、不敵な笑みを浮かべた。


『クックック……感じるぞ……これは紛れもなく、憎き勇者の力……!!』


 男は空に飛び立つと、マントを広げて叫んだ。


『見ていてください魔王様っ!! ヴァンピルが、必ず奴の首を差し出してみせましょう!!!』



~~



「そういや、この辺でヤバい不審者が出るってウワサ知ってるか~?」


 帰り道、神崎がやぶから棒に話を振ってきた。

 ちなみにカナは急用があるとか言って、文字通り飛んで帰ってしまったので、今日の帰りは神崎と二人だ。


「不審者かぁ。うちのセラにも一応注意はしておくかな」


 実は、早苗姉さんから服を貰って以来、セラには社会勉強も兼ねて買い出しの手伝いをしてもらっている。

 もちろん、平日の真っ昼間から外をうろつくのは色々と問題があるので平日の夕方か土日に限られるのだけど、その時間帯に不審者に出会わないとも限らないわけで。


「あれ? お前ん家に妹なんていたっけ? ねーちゃんが居るってのは聞いた気がするけど」


「つい最近、色々あって血の繋がってない妹が出来たんだよ。今は二人で暮らしてる」


「おめー、さらっとすげーコト言ってんな……」


 神崎は呆れつつも、何かを思いついたのかニヤリと笑った。


「一つ屋根の下、義妹との同棲生活……ついにリクにも春が来たか!」


 とんでもない事を言いやがる悪友をジト目で睨む。


「小学4年生だぞ?」


 実際にセラが何歳なのかは知らないけれど、早苗姉さんが『セラちゃんは体格的に10歳くらいかな。超可愛い~、でへへへ~~』とか言って悶えていたので、そういう設定にしている。


「なあに、あと5年もすれば射程圏内だって。ちなみに俺は小学生でも射程圏内さ」


「くたばれ、ロリコン野郎!」


 だが、俺に腹パンをくらいながら神崎は邪悪な顔で高笑いを響かせた。


「ふははは何を言うっ! 義妹とイチャラブするのは男の夢だろうっ!!」


「それに関して否定はしないけども!!」


「だよなっ!!」



『……何を道端で男同士じゃれて居るのだ? こんな所で騒いでは他の者の迷惑であろう』



 っ!?

 いきなり後ろから俺のよく知る声が聞こえた。

 慌てて振り返ると、そこにはセラが呆れ顔で突っ立っていた。


「……どの辺から聞いてた?」


『ついにリクにも春が来たかー、の辺りからじゃな』


「ンンンー、一部始終ゥゥゥーーーっ!!」


「やっ、やめろっ! 俺の首を絞めてどうするつもりだっ!? やっ、やめっ、あっ、アーーッ!!」



◇◇



「俺の名は神崎ユージ。改めて、よろしくなセラちゃんっ!」


 明るく爽やかな青年を偽装よそおう笑顔の神崎とは対照的に、セラはジト目で警戒している様子。


『幼子の身体に欲情する輩と仲良くするのは勘弁願いたいのじゃがな……』


「えっ!? いや、さっきのアレは常套句みたいなもんだから……っていうかリク! おめーの妹すげえな!!」


 コイツの言う「すげー」には色んな意味が込められているのだけど、そりゃ幼いのは見た目だけだし。


「そういやさっきの話の続きだけど、ヤバい不審者ってどんなだ?」


 せっかくセラも居る事だし、一緒に聞いておいてもらった方が良さそうだ。


「俺も実際に見たわけじゃねーんだけどな。その不審者ってのは、マント姿の細身の中年男性らしい」


「ガチの不審者じゃねーか……」


 黒装束姿のセラですら相当ジロジロ見られてたのに、そんな輩が外を出歩いていたら怪しさ爆発だ。

 お巡りさんと遭遇したら、まず職質不可避であろう。


「まるで獲物を探すような目つきらしくて……」


 神崎はそう言いながら両手を広げて怪しい人を装う。

 その動きは不審者というか、どっちかというとゾンビである。


『むむ、演技とは思えぬ程に不審者が様になっておるのぅ』


「せ、セラちゃん、それ褒め言葉になってないからっ! おにーちゃんキズつくからっ!!」


 どうやらカナから蔑まれるのは喜ぶくせに、セラに同じ事を言われると辛いらしい。


「それはいいから、さっきの話の続きをだな……」


「うぅ。まあ、そのマント姿の男がいきなり話しかけてくるらしいんだけど、それも変わっててな。遭遇した人の証言によると、勇者はどこだ~? って聞いてくるんだとさ」


「『えっ!?』」


 神崎の言葉に俺とセラは思わず驚きの声を上げる。


「マント姿の男が勇者を捜して徘徊とか、ヤバ過ぎるよなぁ。妄想で頭イッちゃった感じなんかな~……って、なに深刻そうな顔してんの?」


「えっ、いや、セラが一人で居る時に現れたら怖いなーって思ってな」


「あー、確かに兄貴としては心配だよな。うちも妹に注意しとかねーと」


 そう言うと、神崎はいつもと違う道に曲がった。


「あれ、今日そっち?」


「ああ、かーちゃんから買い物してけって言われててな。そんじゃまた明日学校でなー」


「おー、また明日ー」


 俺達は神崎と別れると、家に向かって歩きながら先程の話を再開した。


「……どう思う?」


『勇者……つまり、お主の天敵となる何者かが寄越よこした刺客かもしれん。まだ情報が足りなすぎるゆえ、断定は出来ぬが』


「やっぱり、そう思うか……」


 カナ曰く、俺は転生した時点で魔王を倒して世界を救う程の英雄になるらしいのだけど、それはつまり魔王みたいな悪者にとっては、俺に転生されてもらっては困るわけだ。

 もし、そいつが何らかの方法で「別の世界に無力な勇者が居る」と知り得た場合、次に何をするのかは言わなくても分かるだろう。


『なあに、お主を付け狙う輩と遭遇したとしても、我輩が撃退してやろうぞ。大船に乗ったつもりで任せておくがよいっ』


「ああ、よろしく頼むよ」


 エッヘンと自信満々に笑うセラを見て、俺は……



 ――元の姿に戻った死神セラは、貴方を殺害して勇者の能力を奪う事が可能です。



「っ!?」


『む、どうかしたかの?』


「い、いや、何でもないっ」


『???』


 俺は、キョトンとした顔で俺を見上げるセラの髪をくしゃくしゃと撫でて、脳裏をよぎった不安を振り払うように、帰り道を急いだ。

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