007-天使は語る

 学校からの帰り道。

 思いっきりやらかしてしまったカナは、申し訳なさそうにトボトボと歩いている。


「なるほど、リクが子供の頃に出会った天使ってのが、カナちゃんなのな」


「なのなって、あっけらかんとしてるなぁ。もっと驚いても良いと思うんだけど」


「さっきのアレでもう十分驚いたさ。おしっこチビるかと思ったぜ」


 神崎が目をやると、カナは更にシュンと縮こまった。

 確かに、源先生にパシりでゴミを捨ててこいと言われて、体育館裏に来るや否や泣いているカナに遭遇した上、それを助けようとしたら当のカナが天使に変身して襲ってくるとか、ハプニング過ぎるにも程がある。


『勇者様の御学友とは知らず、大変なご無礼を……』


「いや、同じクラスだよ~? 君の斜め後ろだよ~~?」


 全く眼中に無い事をストレートに告げられ、必死に自分の存在をアピールしている神崎の姿が何とも悲しく切ない。


「っていうかリクよぅ。カナちゃんに勇者様って呼ばせてんの?」


 ……はっ!

 神崎に言われるまで気づかなかったけど、これはイカン!


「カナ、さすがに学校でそれはダメだ! 普通に呼んでくれ」


『リク様?』


 フォオオオオーーー!

 金髪美少女が名前に様付け!!

 俺の中で何かが目覚めそうだーー……って、そうじゃなくて。


「呼び捨てとか。もしくは、せめて"さん"付けにしてくれ……」


『んー、じゃあこれからはリクさんとお呼びしますね』


「まあ、それでいいや」


 俺達がそんなやり取りをしていると、神崎がハイハーイ! とか言いながら挙手した。


「カナちゃん! 俺の事は何て呼んでくれるかなっ!?」


『黙れこの虫ケラが』


「ホワッ!?」


 あまりにも違い過ぎる対応に、見ていて可哀想になってきた。


「もうちょっとマイルドに対応してやってくれないか?」


『えぇ~……。まあ、リクさんがそう言うなら……』


 だが神崎は首を横に振って、カナに向かって宣言する。


「虫ケラで良いです。何か新しい境地に目覚めそう」


 神崎の言葉に、さすがのカナもドン引きしていた。



◇◇



「そんじゃ、またなー」


 神崎は手を振りながら【神崎珈琲店】の裏口に入っていった。


『なるほど。神崎さんは、ご実家が喫茶店なのですね』


 結局、奴を虫ケラ呼ばわりすると自分にダメージが返ってくると察したカナは、神崎の事を名字+さん付けで呼ぶ事にしたらしい。


「アイツの性格で後を継ぐかは怪しいけどね。まあ、妹のリンナちゃんが看板娘で頑張ってるし、何とかなりそうな気はするけど」


 そんな当たり障り無い会話をしながら、俺とカナは帰路を二人で歩く。


「そういえば、カナはどこから通学してるんだ?」


『天界に繋がるゲートが、北に向かって30分くらい飛んだ先にあるんですよ。毎朝の通学はちょっと大変そうですね~』


 一見、笑いながら話す姿は普通の女の子なのだけど、通学の手段が「飛行」という時点で普通じゃないんだよなぁ。

 30分くらい飛んだ先と言われても、どのくらいの距離なのかイマイチ想像できない。


『……リクさん』


 再びカナが真剣な顔で俺を名を呼んだ。

 でも、その瞳からは前までのような冷たさは感じない。


『死神セラに気をつけてください』


「え……?」


 突然のカナの言葉に、俺は慌てて振り返る。


『……リクさんは数日前、何らかの理由でその主従契約を緩めて、死神セラに能力使用の許可を与えましたね?』


「ああ、セラが元の姿に戻ったやつ、だよな」


 早苗姉さんに言われて、首輪に繋がれたセラを妄想した時の事を言っているのだろう。

 そして、カナは顔をしかめながらボソリと呟いた。


『元の姿に戻った死神セラは、貴方を殺害して勇者の能力を奪う事が可能です』


「っ!?」


『リクさんは優しいですから。きっとあの死神女の言う事を信じるでしょうし、今、私が言った事も信じるでしょう』


「…………」


『でも、ご自分の事も大切にしてください。……って、私が言うのも変ですよね』


 カナはイタズラっ子っぽく舌をペロッと出し、少し笑ってから両手で空を仰いだ。

 そして……


キィンッ!!


 一瞬高い音が響いた次の瞬間、カナの姿が消えていた。

 しばらくすると空からヒラヒラと光の羽が舞い降りてきて、それを手のひらで受け止めると、キラリと輝いて宙に消えた。


「……これで30分も北上って、ホントどっから通学してんだよ」


 呆れ顔で呟きながら空を見上げた俺は、そのままバイト先のレストランへ向かった。



◇◇



「ただいま~」


 時刻は夜8時前。

 家の玄関の鍵を開けて声をかけると、セラがひょっこりと顔を出してきた。


『む、戻ったか。こういう時は"おかえり~"で良かったかの?』


「ああ、バッチリだ。ほい、これ晩飯な~……って、あれ?」


 俺がバイト先で買った「まかない飯」の入った袋を渡そうとしたら、セラが妙に可愛らしい服を着ている事に気づいた。


「その服、どうしたんだ?」


 俺が訊ねると、セラはまかない飯の入った袋を受け取ってからフフンと自慢げに笑い、その場でクルクルと回った。


『今日の昼頃に早苗が持ってきたのじゃ。この世界の服は少し変わったデザインではあるが、可愛らしくて良いな!』


 ピンクのアクセントカラーの入ったライトグレーのパーカーにパンツスタイルが上手にまとまっていて、さすが早苗姉さんは女性だけあって服選びのセンスがとても良い。

 セラの褐色肌と相まって、何だかとても元気そうな感じがする。


『さあさあ、リクよっ。どうじゃっ?』


「ん?」


 どういう意味だろう。


『…………』


「………?」


『おい、さっさと感想を言わんか!』


「……あー! あーあーあー、そういう事かっ!!」


 ようやく意味を理解して手をポンと打つ俺を見て、セラは呆れ顔になってしまった。

 そもそも小さくなる前の姿がとんでもない美人だったわけだし、それがちっこくなっても美人さんは美人さんなのである。

 ぶっちゃけ、ボロ布みたいな黒装束を着てても美人だったのだから、コイツは何を着ても美人だ。


「まあ、すげー可愛いと思うよ。元の姿も凄く綺麗だったしな」


 俺が率直に意見を伝えると、セラは顔を真っ赤にしてリビングに引っ込んでしまった。


「おーい、感想言えって言ったのはそっちだろー?」


『ば、馬鹿者っ! 我輩が言ったのは服が似合うかどうかであって、直接的に容姿を褒めろとは言っておらぬわっ』


 照れたセラはムキになって、ブンブンと俺の渡した袋を振り回す。


「わっ、バカっ! 中身はナポリタンスパゲティだぞっ!」


『わ、わああ~~~!』


 そんなこんなで、今日も我が家は賑やかでしたとさ。



 ――元の姿に戻った死神セラは、貴方を殺……



 一瞬だけカナの言葉が頭をよぎったけれど、目の前でスパゲティを美味しそうに頬張る少女の姿を見て、俺の不安はすぐに消えていった。

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