002-死神との取引

 セラと名乗る女は、濃紫の長い髪の隙間から金色の瞳を覗かせながら不敵な笑みを浮かべた。


「取引……?」


『そうじゃな。お主の魂を少しばかり分けてもらえば、それと引き換えにこの物騒な"鉄の塊"を止めてやろう。お主を安全な場所に逃がしてやるだけでも良いが、それでは自分だけ助かって多くの犠牲者が出るじゃろうがな』


 俺はハッと後ろを振り向くと、そこには暴走トラックに突っ込まれ恐怖に顔を歪めた野次馬達の姿があった。

 コイツ、俺が断れないように逃げ道を塞ぎやがった……!?

 これは慎重に答えないと危険だ。


「……少しばかりってどれくらいだ? お主にとって少しとは言って居らぬぞ~……みたいな事を言って、俺を殺して魂を全て奪ったりはしないよな?」


 警戒する意図を込めて発言すると、セラはギョッとした顔で驚いた。


『な、なんと非道なっ! さすがの我輩もそれは考えつかなかった』


 おや? ちょっとイメージとズレて来たぞ。


『だが、決して少なくは無い……。そうじゃな、お主ら人間の基準で20分の1くらいかの』


「意外とリーズナブルだ!」


 命を助けるのと引き換えに要求するくらいだし、しっかり半分くらいは持って行かれると思っていたのだけど、まさかたったの5%とは思わず拍子抜けしてしまった。

 だが、俺の言葉を聞いたセラは青ざめながらこちらを凝視している。


『自らの命を削り取られるのにリーズナブルとは……。お主、自分で何を言っているか理解しておるのか?』


「あ、ああ、良心的だと思う……けど?」


 確かに寿命が減るのは嫌だけど、そもそも俺が呆けてトラックに轢かれそうになったのが原因だし、それを寿命5%で助けてくれるのなら十分に良心的だろう。

 俺が子供の頃に会った天使なんて、自分でミスしたくせに無条件で俺の死を要求してきたくらいだし。

 その極悪さに比べれば、セラの出した条件なんて可愛いもんだ。


『それでは承諾という事で……良いのじゃな?』


「ああ、宜しく頼む」


 即答する俺を見て、さらにショックを受けた顔で……って、もうそれはいいから。


『で、ではこれより分魂の儀を執り行うぞ』


 セラが俺の首に大鎌を当てながら何か呪文のようなものを唱えると、足下に巨大な魔方陣が現れ、俺の全身から漏れた光を吸い込み始めた。

 もしかすると、これが魂なのだろうか……。


『この者の魂を我が術をもって……えっ!?』


 突然、魔方陣に巨大なヒビが入り、景色がぐらりと歪んだ。

 さらに、今まで魔方陣に吸い込まれていたはずの光が大蛇のように渦巻くと、そのままセラの首に絡みついた!


『っ!? ……くっ……なんなのじゃ!』


 必死に絡みつく光の帯を振り払おうとするものの、首をねじ切らんとばかりに締め付けが激しくなり、セラは苦しそうに藻掻もがいている。

 白黒の景色が歪み、ノイズを走らせながら世界がいびつに色付き始めた。


「お、おい、大丈夫かっ!?」


『だ……駄目じゃ……このまま戻しては……ならぬ!!』


 セラは奥歯をギリリと鳴らして目を見開くと、大鎌を振り上げた。


『せめて……最後まで……グリム……スプ……リッ……!』


 その直後、景色が光に包まれて……





「あれ?」


 気づいたら自室のベッドで寝ていた。

 枕元に置いてあるスマホのスリープを解除してロック画面を見た俺は驚愕。


「10月26日……何これ、ひどい夢オチ?」


 さっきまで10月25日の金曜日だったはずなのに、気づけば土曜日になっていた。

 だけど、昨晩に何があったのかを全然思い出せない。

 下校中にトラックに轢かれそうになって、自分を死神だと名乗る美人なお姉さんに会って、気づけば朝って……。


『むにゃ……』


 だが、俺の左腕に何やら不思議な感触があった。

 まるで子供に抱きつかれているような?


「……」


 布団をそっとめくると、小さな女の子が幸せそうに寝息を立てていた。


「……ホント何これぇ」


 改めて自分の状況を考えてみよう。


 1.昨晩から記憶が無い。


 2.見知らぬ女児と同衾どうきん


 3.事案。


 4.じぽきん。


 ……俺の頭の中を色々マズイ単語が駆け巡る。


『んぁー……?』


 寝ぼけまなこでモゾモゾと這い上がってきた女の子は、濃紫の長い髪に金色の瞳、健康的な褐色肌~……って、この容姿どっかで見たような。

 あ、目が合った。


『……?』


「……」


『……ひ』


「ひ?」


『ひゃああああああああーーーーーっ!!!』


 いきなり叫ぶ姿を見て焦った俺は、思わず羽交い締めにして手で口を塞いだ。

 女の子は涙目で首をブンブンと横に振り、命乞いをするかのように俺の目を見つめている。

 ……あ、この絵面はイカンやつだ。


「落ち着け! 俺もたった今、目覚めたばかりでサッパリ状況が分からない!」


『っ!? ……っ!(ウンウン)』


「俺はお前に危害を加えるつもりは無いから、落ち着け!」


 大事なことなので2度言いました。

 少女も少し冷静になれたのか、身体の力を抜いてこちらの目をじっと見つめてきたので、俺は素直に解放してやった。


『ふぅ……。お主、躊躇ためらいなく我輩の口を塞ぐとは、幼子おさなごの誘拐に手慣れておるのか?』


「ヒドい言い掛かりはヤメて!!」


 なんて恐ろしいコトを言いやがるんだコイツは!


「んで、その口調ってことは……セラ?」


『いかにも。お主の魂から一部を切り取ろうとした瞬間、魔力が暴走しての……』 


 魔法陣が砕けていたのが一瞬見えたけど、アレが暴走だったのだろうか。


「ところで、何で縮んだの?」


『分からぬ……このような事態は初めてじゃ』


 セラが困惑した表情で、鏡に映る自らの姿を眺めている。


『何か術を試してみるか……』


 そう言いながら右手を振り上げようとした直後、部屋の壁に巨大な魔方陣が出現した。


「これをセラが出したのか?」


『こ、これは我輩のモノではないっ! この術式……まさかっ!!』


 セラが魔法陣の正体に気づくと同時に、部屋の中に光り輝く白い羽が降り注いだ。

 そして、壁の魔方陣からゆっくりと姿を現したのは……かつて俺に『いますぐ転生して頂けませんか?』と要求した天使だった。


わたくしの名は天使カナ……。お久しぶりです、勇者様』

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